全米図書館協会アレックス賞受賞作&
全国大学ビブリオバトル2014グランドチャンプ本!
すべての本好きに贈る物語、待望の文庫化。
単行本版解説+文庫版解説を全文掲載!
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これは、まさにぼくたちのための青春冒険小説だ!!!
とビックリマークつきで叫んでも、「ぼくたちって誰だよっ!」って突っ込みが入るだけだろう。
だからまずキーワードを列挙しよう。いくつかに興味を惹かれたなら、あなたは「ぼくたち」だ。
古書店、稀覯(きこう)本、電子書籍、グーグル、秘密結社、暗号解読、愛書家、最高の本、3Dスキャナ、『ドラゴンソング年代記』、データ・ビジュアライゼーション、活版印刷、フォント、活字、博物館アーカイブ、地下の図書館、オッパイ物理学、インターネットコミュニティ、キンドル、kobo、コンピュータ、ハッカー、特撮、特異点(シンギュラリティ)、書体、ブックスキャナ、魔法使い(ウィザード)、テーブルトークRPG。
そして、チャーミングで青春でミステリーでファンタジーで魔法がハイテクで大冒険でカオスでクレバーな物語が好きな人。
もうひとつチェック。本書の中心人物ふたりのやりとりを引用してみる。
「みんながみんなじゃありません。いまだに、その……本のにおいが好きな人はたくさんいますよ」
「におい!」ペナンブラがオウム返しに言った。「人がにおいについて話しだしたらおしまいだよ」
というわけで、いま、あなたが手に持っているのは、ぼくたちがいま読むべき本ベスト1長編小説Mr. Penumbra's 24-Hour Bookstoreの全訳である。
2013年度アレックス賞(全米図書館協会がヤングアダルト読者にすすめたい一般書に与える賞)の受賞作で、「村上春樹のお伽話的なチャームと、ニール・スティーヴンスンと初期ウンベルト・エーコの魔術的な小説技巧をあわせもつ傑作」なんて紹介されているのだから期待するなというほうが無理。
ぼくは、本職がゲームデザイナー。デジタルゲーム「ぷよぷよ」「バロック」等の企画監督脚本を手がけた。読書も好きで、紙の本が大好きで、電子書籍も好き。本を紹介する原稿をいろんなところに書いたりもしてる。対面で電子書籍を販売する「電書フリマ」ってイベントを開催したり、iPhoneの「電書カプセル」っていう電子書籍配信アプリ(無料だ)のディレクションをしたりもした。最近はアナログゲーム「想像と言葉」を製作中だ。ぼくは、本とコンピュータとゲームを巡るこの小説のうってつけの読者で、同じくうってつけの読者にぜひ読んでもらいたくて、うずうずしている。
もし、解説を先に読んでる人がいたら、さっさと小説世界に飛び込むことをオススメする。
主人公は、不況により失業した元デザイナーのクレイ・ジャノン。窓に貼られた店員募集のビラを見つけ〈ミスター・ペナンブラの二十四時間書店〉でアルバイトをはじめる。
店番をするのは三人で、ペナンブラ爺が朝を担当し、午後のオリヴァー・グローンにバトンを渡す。彼は考古学マニアだ。そして深夜から早朝はクレイが担当しペナンブラ爺に引き継ぐ。
二十四時間営業だが、ほとんど客は来ない。そこで、クレイは、ささやかな経営立て直しに乗り出す。
隣の店のプロテクトされてないWi-Fiに接続して、地元のレビューサイトに書き込みをし、フェイスブックグループを作り、グーグルのハイパーターゲティング広告プログラムに十ドルで広告を出す。このあたりの具体的な記述で、ぼくはもうすっかりこの小説に夢中になった(27ページあたり!)。
〈ミスター・ペナンブラの二十四時間書店〉は、実は二軒の店が一軒にまとまっている。
手前の店では古本を売っている。
奥の店にも本はある。だが、梯子付きの高い棚に並んでいるのは“グーグルが知るかぎり存在しない作品ばかり”だ。それらの本は少人数の常連客に貸出されているだけ。
しかも、店主のペナンブラから、棚に入っている本の中身を見てはならないと厳命されている。
「ここは単なる書店ではないんだ。おまえさんも気づいているにちがいないが。一種の図書館でもあり、同種のものが世界のあちこちにある。ロンドンにひとつ、パリにひとつ――全部で十二カ所あるな。同じものはふたつとないが、働きは一緒だ」
さらに、客とのやりとり、客の様子、どのように本を請求したか、どのように受けとったか、すべてを業務日誌に記録することも求められる。
この奇妙な古書店は何のためにあるのか? 客がほとんどいないのにどうやって運営しているのか? 店主の目的は何なのか? やってくる常連客は何をしようとしているのか?
怪しく魅惑的な謎からスタートして、最新のハイテク技術を駆使したテクノロジーアクションとクラシカルな怪奇冒険譚のハイブリットな世界が展開する。
とはいえ、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』みたいな大掛かりな国家レベルの大活劇にはならない。あくまでも青春小説、ぼくらの冒険だ。
最新ハイテクアクションといっても、ダンボールを組み立てて作る書籍用スキャナ、グーグル・ストリートビュー、ハドゥープ、メカニカル・ターク(知らなくてもだいじょうぶ、読めば分かる! 最新技術テクノロジーノウハウ本としても役に立つ)なんてのは、現実に、いま、ぼくたちが利用しようと思えば国家秘密情報機関とつながりがなくても可能だ。
いやまあ、グーグル社員のガールフレンドがいないとできないかなってことも出てくるけどね。
そう、クレイと冒険をともにする仲間を紹介しよう。ハイパーターゲティング広告を見て二十四時間書店にやってきた女の子キャット・ポテンテ。彼女はグーグル社員、クレバーなヒロインだ。
そして幼なじみのニール・シャー。クレイとはテーブルトークRPG仲間であり、『ドラゴンソング年代記』のファンつながりの親友。しかも、いまや業界標準規格となったオッパイ・シミュレーション・ソフトウェアの最初のバージョンを開発した男で、そのソフトウェア会社のCEOだ。
二十四時間書店のオーナー、元コンピュータ・オタクのペナンブラも大活躍する。
クレイの表現を真似るなら、パーティーのメンバーは、ならず者(ローグ)クレイ、魔法使い(ウィザード)キャット・ポンテ、賢者ベナンブラ、盗賊(シーフ)ニール・シャーってところか。
ところで、2014年3月9日にスタートした動的ニュース生成サービス「EPIC」をご存知だろうか?
仕掛けたのは、グーグルとアマゾンが合併した企業「グーグルゾン」。EPICは、グーグルの情報収集力とアマゾンの顧客情報と巨大商業インフラを駆使したニュース配信サービスだ。コンピュータアルゴリズム自身が、ネット上で集めた情報ソースから事実やテキストを抽出し、それらを再構成することで、パーソナライズした記事を配信する。大雑把に言えば「コンピュータ自身があなた個人に向けてニュースを書く」というものだ。
――っていう「EPIC2014」(https://www.robinsloan.com/epic/)というムービーが2004年に公開されて、大きな話題になった。
2014年に「メディア史博物館」(架空の存在だ)が製作した映像という設定で、1989年から2014年までのメディア史が描かれる。2004年に作られたものなので、同年以降はフィクションであり予測であり予言として映し出されている。
この見事な映像を作った作者のひとりが、ロビン・スローン。この本の著者だ。
「それは最良の、そして最悪の時代。2014年、ひとびとは前世紀には想像もしえなかった膨大な情報にアクセス可能になる。誰もがメディア空間にいる。マスコミは姿を消した」
多くの人が、「EPIC2014」のビジョンを起こりえる未来、いやすでに起こりつつある現実としてとらえた。
2014年になってしまったいま、再度この映像を見返しても驚愕する。グーグルとアマゾンは合併していないが、ここで描かれている仕組みは、ほぼ現実のものとなった。予言は的中した。
同時に、この映像は、物語が現実に与える衝撃的な力をぼくたちに指し示した。グーグルゾンはキーワードとなり、話題となり、議論が繰り広げられた。
そのロビン・スローンの小説だ。当然、虚実入り乱れている。どこからどこまでが実際にあることなのか、ちょっと分からない。グーグルの食堂は個人仕様にカスタマイズされているってのは、どっちなんだろう(Facebookで聞いてみると議論になって、「本当だって言われたら信じるよ、それは! グーグルならやってそう、いや本当であってほしい」という希望的観測の結果「本当」と結論した)。
ロビン・スローンのサイト(https://www.robinsloan.com/)もぜひ見てほしい。本書の原型になった物語が公開されているし、関連記事へのリンクや、著者の語る映像もある。いろいろ楽しい(英語なので、グーグル翻訳を使ってどうにかこうにか読んだのだけど)。
Ajax Penumbra 1969というショートストーリーもあって、これも簡単に手に入る(キンドルで数秒もかからず)。
わー、まだまだ語り合いたいことはたくさんある。本が出たら、ネット上で読書会をしよう。ツイッター @yonemitsu で告知するからチェックするか、検索してみてくれ。
では(最初に言ったのに、まだ先に解説を読んでいる血塗られた手の同志へ)、最高の本に飛び込んで、最高の冒険を堪能してください。
2014年4月25日初版の単行本解説につづいて、ここからは文庫版解説。
祝文庫化。
さて、解説というのは、本を手に取った人にしか読まれない。
それでは困るのだ。
ネット上のテキストの海を泳ぐ人に(溺れてる人にも)、この本を届けたい。
というわけで、解説をまるごとWEB「エキサイトレビュー」と東京創元社の「Webミステリーズ!」に再掲させてもらった。
すると「マガジン航」編集人の仲俣暁生さんからメールが来た。
これぞまさにスティーブ・ジョブズが言っていた「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」で書かれた小説ですよ! と興奮している。
さらに、ブック・コーディネイターの内沼晋太郎も巻き込んで、話が盛り上がる。
結局、下北沢の書店〈B&B〉でイベントを開催することになった。
「本が出たら、ネット上で読書会をしよう」と解説に書いたが、リアルなイベントでも読書会を行うことになったのだ。
それが、2014年10月23日に開催した“米光一成×仲俣暁生×内沼晋太郎「デジタルと本のハイブリッド小説が問いかけるもの」 『ペナンブラ氏の24時間書店』刊行記念”。
刊行記念と銘打ってるが、刊行からすでに六ヶ月経っていた。出版社主導の宣伝イベントではなく、読者である我々が語りたくてしょうがないということでスタートしたイベントのため、けっこうなタイムラグが生じてしまったのだ。
イベント冒頭の会話を少し紹介しよう。
仲俣:書店で見かけて、最近よくある本屋小説ねって思ってスルーしちゃったの。ところが、米光さんの解説をWEBで読んで、あの「EPIC2014」の共同制作者であるロビン・スローンの小説だと知り、「あわわわわ」となったのです。これが面白くないわけがない! で、読んで、びっくり仰天したわけですよ。とにかくこれをなんとか多くの人に読んでもらって、一緒に話題を共有したいと思ってる。この本の話をできる人がいない。それがもうちょっと困るんで。
米光:フェイスブックとか激しかったもんね。読まないと友達の縁を切る、みたいな。
仲俣:友達じゃない。でもやっぱり、すごく面白い本を一緒にわいわい喋りたいなーと思って。
ここから怒濤のトークになり、世代、ネット、書店、書物、アーカイブ、本との出会い問題、オールドナレッジ、情報などの話題が飛び交う。
しかも、一回のイベントでは喋り足りず、11月6日の「第十六回図書館総合展」において、同じメンバーで「あなたは今年いちばんの図書館小説『ペナンブラ氏の24時間書店』を読んだか?」と銘打ってイベントを開催した。
2014年12月14日に開催された「全国大学ビブリオバトル2014~京都決戦~」のことも紹介しておきたい。
ビブリオバトルというのは、発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まり、順番にひとり五分間で本を紹介し、発表後に二~三分のディスカッションをし、最後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票をして、チャンプ本を決めるイベントだ。
『ペナンブラ氏の24時間書店』を紹介したのは、北九州市立大学文学部比較文化学科一年の半田鈴音さん。
「彼等は一冊の本によってめぐりあい、一台のコンピュータによって翻弄され、本によって狂わされた人々との出会いを経て何かを手に入れ何かを失います。さあ平成二十六年、もう年の瀬です。みなさんは今年たくさんの本を読んでこられたのではないでしょうか。しかし、もしこの本を読んでいただけるのなら、今年一番の読書体験を心からお約束します。さあ、本を愛するすべてのみなさん、“「秘密への扉」、この本にアリ”です。ぜひ一度読んでみてください」
と力強く語る。
さらに、「書店小説だと、本のあるあるネタを期待するんだけど、そういうところありますか?」という質問にはこう答える。
「本あるあるというか、本好きあるあるなんですけれども、本が好きな人だったら、床から天井の高い本棚ではしごを使わないと本が取れないというシチュエーションにドキっとすると思うんです。(単行本を手に持って)この表紙。床から天井までの本棚、はしごを使わないと本が取れない、こんな本屋さんに行きたいと思って、まず心を掴まれました」
見事、『ペナンブラ氏の24時間書店』がチャンプ本となる。
さて、著者ロビン・スローンのサイトでは、2017年に二冊目の本が出版されることが予告されている。楽しみである。
最後に、解説をWEBに掲載したとき冒頭につけたテキストをコピー&ペーストしておこう。
『ペナンブラ氏の24時間書店』の解説を、許可を得てまるまる紹介する。
というのも、この本は、ぜひネットを使ってる人に、このページにたまたま辿り着いたような人に読んでほしい本だからだ。
なにしろ、著者のロビン・スローンは、ネットの未来を予見したムービー「EPIC2014」を作ったひとり。
グーグルとアマゾンが合併した企業「グーグルゾン」がニュース配信サービス「EPIC」を開始した2014年(そう、今年だ!)の未来を予見したムービーを、2004年に公開して、大きな話題を呼んだ。
「コンピュータ自身があなた個人に向けてニュースを書く」という未来は、ある種の歪みを抱えながら、ほぼ現実のものになりつつあると言っていいだろう。
ネットにおけるテキスト生成がどうなるかという予見をしたロビン・スローンは、同時に書籍を愛する者でもあった。そのことは『ペナンブラ氏の24時間書店』を読むとクリアに理解できる。
“この小説は書物にまつわる技術発展に対する思索と、スリリングな冒険と、哀悼の表明からなる「本に宛てたラブレター」だ。”
ニューヨーク・タイムズ「サンデー・ブック・レビュー」の評だ。
というわけで「よし読もう!」と思った人には、長い蛇足になっちゃうけど、以下、『ペナンブラ氏の24時間書店』の解説テキストです。
【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『ペナンブラ氏の24時間書店』解説の転載です。
(2017年2月7日)
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
海外ミステリの専門出版社|東京創元社