〈週刊文春ミステリーベスト10〉1994年の第1位!
大人気警察小説シリーズ、記念すべき第1作!
ほんとに24時間戦う男、フロスト警部登場
その実体は、読んでみなくちゃわからない。
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本書は、イギリスの地方都市、デントン市の警察署犯罪捜査部警部、ジャック・フロストを主人公とする警察小説シリーズの第一弾である。
よれよれのレインコートにえび茶色のマフラーがトレード・マークのジャック・フロストは、権威と規律が重んじられるデントン署内では異質の存在である。きわどい冗談を連発し、服務規定を守らず、地道な捜査と書類仕事が大の苦手、上司の命令を平気で忘れ、叱責されれば空とぼけ、同僚に馬鹿にされればふてくされ、食らいついた相手にはしつこくつきまとい、ひとり暴走してはへまをしでかし、それをごまかそうと冷や汗をかきながら奔走する。なんとも不器用で、恰好の悪い主人公である。そして、とても人間臭い。恰好悪くて人間臭い主人公という設定は、もちろん本書の作者ウィングフィールドの専売特許でもなんでもないが、普通はそういう不器用な生き方を貫く主人公が描かれている場合、逆の意味で恰好良く思えてくるものだ。ところが、フロストには、“恰好の悪さ”を“恰好の良さ”に変える要素、“己れの生き方を貫く”覚悟が欠落している。もちろん、フロストも自分の規範に照らして自分のペースで行動するのだが、そこには“己れの生き方を貫く”というような力強い原動力は微塵(みじん)もない。なにごとも“結果オーライ”、徹底的に力が抜けているのである。力が抜けている分、フロストはしぶとい。眉間(みけん)に皺を寄せて渋い顔などしてみせなくとも、威勢のいい台詞など口にしてみせなくとも、しぶとく生き延びることで、己れを通していく。訳者はそこが何より気に入った。
脇役たちも、フロストに負けず劣らず人間臭い。能率主義の権化(ごんげ)、アレン警部、気のいい部長刑事、アーサー・ハンロン、うだつのあがらない万年巡査部長、ウェルズ、ロンドンからやってきた新米エリート刑事、クライヴ・バーナード。なかでも、デントン警察署の署長、マレットの上昇志向に凝り固まった俗物ぶりは、読んでいて思わずにやりとさせられる。「個性豊かな登場人物を配した、大胆で歯切れのいい作品」と『リテラリー・レヴュー』紙に紹介されたのも頷けるというものだ。
いくつもの事件が、時間差攻撃のようにほぼ同時に発生し、それを刑事が追いかけていく小説をモジュラー型警察小説と呼ぶそうだが、本書はその典型のような作品で、『オックスフォード・タイムズ』紙の書評にも「……巧みに配された謎、たるみのない筋運び」と紹介されたように、複数の事件が彩りよく盛り込まれていて、その謎解きの過程をたっぷりと堪能できるようになっている。筋立ても奇を衒(てら)ったところがなく、オーソドックスにあくまでも手堅くまとめあげている。小説としては本書が処女作になるウィングフィールドだが、そうやって地味にかっちりと土台作りをしておいて、そこにフロストをはじめとする、いささかエキセントリックで強烈な個性を持った人物たちを配するあたりのバランス感覚は、なかなか見事である。が、彼の場合、“新人離れした作家”と評するとちょっと語弊があるかもしれない。R・D・ウィングフィールドは、ラジオのスリラー物や連続ドラマ、コメディ映画の台本など幅広く手掛けている、現役の脚本家なのだ。
アメリカ版ペイパーバックの表紙見返しに載っていた作者紹介によれば、R・D・ウィングフィールドは、ロンドンのセント・メアリ・ル・ボウ教会の鐘の音ならぬ「切り裂きジャックの犯行現場からの悲鳴が聞こえる」範囲で生まれ、1970年まではある石油会社の販売部門に勤務。その傍(かたわ)ら、余暇を利用して犯罪物のラジオ・ドラマの脚本を書いていたが、ラジオの仕事が軌道に乗ったのをきっかけに、「昼間の仕事にさよなら」し、フル・タイムの脚本家に。その後、多作な脚本家として精力的に活躍しながら、1984年に本書でミステリ作家としてデビュー。87年にはシリーズ二作目『フロスト日和(びより)』を、92年には三作目『夜のフロスト』を上梓し、寡作ながらミステリ作家としても順調な活動を続けている。現在は夫人とひとり息子と共に、エセックス州ベイジルドンに在住。本書の舞台となったデントンは架空の市(まち)とのことだが、案外、彼の住んでいる、そのベイジルドンあたりがモデルになっているのかもしれない。
本シリーズの評判のほうも本国イギリスでは上々なようで、二時間枠のテレビシリーズにもなっている。92年のクリスマスから放送が始まり、すでに2シリーズ14話が放送されており、現在は3シリーズ目を製作中、さらに4シリーズ目の製作も決定しているとのこと。アメリカやヨーロッパでも人気を博しているシリーズだそうなので、日本で見られないのが残念だ。
本書では、お得意の直感捜査で新米刑事のクライヴ・バーナードをさんざっぱら翻弄したフロストだが、二作目ではまた新たなパートナーを得て、あいかわらずのしぶとさを発揮し、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の活躍ぶりを見せてくれる。もちろん、マレット署長をはじめとするデントン警察署の面々も健在だ。邦訳のほうも、なるべく早く紹介できればと思っている。
最後になったが、本書の訳出に際してはさまざまな方(かた)にお力添えをいただいた。なかでも、イギリス人アーティストのサイモン・ストックトン氏には、原文の不明な点を教示願ったり、イギリスの生活習慣にまつわる話を聞かせていただいたりと、何かとお世話になった。また、東京創元社編集部の方々にも貴重なアドヴァイスをたくさんいただいた。この場を借りてお礼を申しあげたい。
《ジャック・フロスト警部シリーズ作品リスト》
●長編
1 Frost at Christmas 1984 『クリスマスのフロスト』創元推理文庫
2 A Touch of Frost 1987 『フロスト日和(びより)』創元推理文庫
3 Night Frost 1992 『夜のフロスト』創元推理文庫
4 Hard Frost 1995 『フロスト気質(かたぎ)』創元推理文庫
5 Winter Frost 1999 『冬のフロスト』創元推理文庫
6 A Killing Frost 2008 『フロスト始末』創元推理文庫
●短編
1 Just the Fax(マイク・リプリー編のアンソロジー Fresh Blood II 1997 に収録)「ファックスで失礼」(〈ミステリマガジン〉98年6月号/〈ミステリーズ!〉vol.82)
2 Early Morning Frost(Daily Mail, 2001/12/22,24,26)「夜明けのフロスト」(〈ジャーロ〉2005年冬号/『夜明けのフロスト』光文社文庫)
【編集部付記】R・D・ウィングフィールドは2007年7月31日に逝去しました。享年79。
【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『クリスマスのフロスト』訳者あとがきの転載です。
(2016年12月19日/2017年6月26日)
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
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