一見猟奇的な事件の被害者が判明した後、真っ先にクローズアップされるのは、彼にいかに敵が多かったか、である。先述のように、生徒たちの多くに慕われていたと記述されはする。しかし、それはいわば「さらりと触れられる」程度に過ぎず、読者が読む場面に顔を出し台詞(せりふ)を持つ人々――登場人物一覧に名前が記される人物――は、その大半が強固なアンチ・パウリーであり、殺人の動機になるような事情を抱えているのだ。十指(じっし)に余る人物が容疑者となり、しかも終盤になるまでなかなか絞られてこない。被害者と各容疑者の敵対の実態を、作者は殊更(ことさら)丁寧に描いており、オリヴァーとピアも慌てず騒がずじっくり捜査に取り組む。結果、読者の前には、被害者を中心とした、地域社会における、敵意の壮大な相関図が浮かび上がる。……こう書くと、テンポがゆったりとした小説と誤解されそうだが、さにあらず。各シークエンスは要領よく、手短に提示され、話自体はさくさく進む。意外な急展開も結構なペースで挿入され、読者を飽きさせない。加えて、オリヴァーとピアは、仕事である捜査には慌てず騒がないものの、私生活では盛大に慌てて騒ぎ、小説のダイナミズムに一役買う。終盤の、手に汗握る展開と、意外な真相、華麗な伏線回収も綺麗に決まる。総合すれば、丁寧に、そして上手(うま)く組み立てられた警察小説といえるだろう。ドイツ社会の、いや現代社会の闇に果敢に切り込む姿勢が見えるのも頼もしい限りだ。
物語は、奸智(かんち)に長(た)けた犯人と捜査陣との頭脳戦に加えて、キャサリン・ダンスが左遷から復帰することができるか否かを、興味の焦点に据えて進行する。巧みなストーリーテリングとスリリングな展開は、二段組で500ページ近い長さを全く感じさせない。人を駒のように考えて、パニックを起こして悦に入る自分勝手な犯人の造形は、さすがディーヴァーでお手の物だ。ダンス自身の人生の物語としても読み応えがあり、冒頭の失敗という挫折からの克己(こっき)は読んでいて胸がすく思いである。私生活でも大きな動きがあるのは、シリーズのファンとしては楽しい限りだ。
(2017年1月26日)
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