相棒は最高の友人(ガイコツ)と自慢の愛娘!
娘の通う高校で、殺人事件が起きた!
――と言い張る親友の骸骨シドを信じた
大学講師ジョージア、家族で事件に挑む!

ニヤニヤ&どきどき&ほのぼのミステリ



 まさか骨に感情移入させられるとはね!

 本書『ガイコツは眠らず捜査する』は、『ガイコツと探偵をする方法』に続くシリーズ第二作である。主人公は大学の非常勤講師、ジョージア・サッカリー。高校生のひとり娘マディソンと暮らすシングルマザーで、隣家にはやり手の錠前店経営者である姉のデボラが住んでいる。アキタ犬のバイロンも家族の一員だ。
 それと、もうひとり同居人がいる。屋根裏部屋を自室にしているシドだ。ジョージアが六歳のときから三十年にわたって一緒に暮らす(ジョージアの仕事の都合で離れていた期間もあるが)、彼女のよき相談相手であり友人であり、素人探偵の相棒でもある。
 と、ここまでなら普通。だが、ちょっと違うことがある。実はシドは生きた人間ではなく、生きる骸骨(ガイコツ)なのである。
 予備知識なしでこの解説を読んだ人は何を言われているのかわからないと思うが、まずはシドのこれまでについて紹介しておこう。
 ジョージアがシドに出会ったのも六歳のときだ。移動遊園地が停電し客がパニックになった中、幼いジョージアは危険な目に遭いかけた。それを救ったのが、遊園地のお化け屋敷前に展示されていた骸骨だ。突然動き出した骸骨はジョージアを車まで送り、そしてその二週間後からジョージアの家で暮らし始めた。
 シドは動けるし喋れるしコンピュータも扱える。自分の体中の骨を(というか骨しかないんだが)自由自在にばらしたり組み立てたりもできるし、頭蓋骨だけ離れた場所に置いておいたりもできる。口も達者で骨がらみのダジャレが得意。
 もちろん、そんな骸骨の存在を他人に知られるわけにはいかない。文字通りサッカリー家のトップシークレット(英語のイディオムでSkeleton in the closetは「家族の秘密」という意味)だ。はじめは娘のマディソンにも内緒にしていたが、シリーズ第一作で無事に彼女にも受け入れられ、晴れてオープンな(家族内だけだが)存在となった。
 となれば当然、シドって何者だ、という疑問が湧く。作り物ではなく正真正銘、本物の人骨なのだ。つまり生きていた誰かが何らかの理由で死に、骨と意識だけが残されたということになる。だがシド自身に生前の記憶はない。シドという名もジョージアがつけたものだ。第一作の『ガイコツと探偵をする方法』は生前のシドがどこの誰で、なぜ今の姿になったのかを調査する話だ。
 第二作の本書は、マディソンが所属する演劇クラブの「ハムレット」公演に、小道具としてシドの頭蓋骨を使いたい、と言い出す場面で幕を開ける(第一作のラストに、それに近い会話があったのをご記憶の方もいるだろう)。普段、外出といえばスーツケースに詰められて運ばれるだけのシドも大乗り気。ところがある日、マディソンは練習場所である講堂にシドの頭蓋骨を置き忘れて帰宅してしまう。翌日、慌てて回収に行ったジョージアに、シドは驚くべきことを告げた。夜中に、誰かの口論と人が殴り殺されたような音、そしてその現場を掃除するような音を聞いたというのだ。本当に校内で殺人があったのか? シドと母娘は事件を調べ始めるが事態は思わぬ方向に……。

 主人公がペアやチームで事にあたるというミステリは枚挙にいとまがないし、そのペアを組む相手が人間以外のものという話も決して珍しくはない。代表的なものといえば、猫と人間のタッグで事件を解決するリリアン・J・ブラウンの「シャム猫ココ」シリーズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)や赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズ(角川文庫他)だろう。犬なら宮部みゆき『パーフェクト・ブルー』『心とろかすような』(創元推理文庫)や、スペンサー・クイン『助手席のチェット』(創元推理文庫)に始まる「名犬チェットと探偵バーニー」シリーズがいい。
 またパラノーマルものだと、E・J・コッパーマン『海辺の幽霊ゲストハウス』『150歳の依頼人』(創元推理文庫)がある。母娘が購入した家に前オーナーと私立探偵の幽霊が憑いていたというミステリだ。また、アリス・キンバリーの「ミステリ書店」シリーズ(ランダムハウス講談社文庫)もいい。書店経営者のシングルマザーと、その書店に取り憑いている私立探偵の地縛霊がペアを組む。これらはほんの一例で、ライトノベルやロマンス小説まで広げればパラノーマルものはさらに増える。
 このジャンルに共通するのは、動物なり幽霊なりの、人間にはない特殊能力を上手に謎解きに利用しているという点だ。鼻が利く、狭い隙間からでも出入りできる、相手に気づかれることなく近くに寄れる、超常現象を起こせる、消えることができる、などなど。探偵役が手がかりを入手する手段が格段に増えるわけで、ありていに言えば便利な設定である。
 だが便利なだけでは面白くない。人間でないからゆえの困難も同じくらいある。動物なら情報を人に伝える手段を持たないとか。幽霊なら、見聞きしたものを証言させることができないとか。地縛霊はその場所を動けなかったり、吸血鬼なら日光や十字架に弱かったり。その便利さと弱点のバランスが物語を面白くしているわけだ。
 さて、骸骨である。この設定が実に巧い。
 幽霊ものとの最大の違いは、物理的に存在しているので他人にも姿が見えるという点。人にばれてはいけないという大前提があるので、他人がいるところでは隠れるとか置物のふりをするとかの対応を迫られる。頭蓋骨だけ持ち運べるだの一体分の骨をバラバラにして運べるだのという利点はあるが、逆に言えば、人の手を介さないと移動できない(シドは自分で自由に動けるが人目のある街を歩くわけにはいかない)ということでもある。頭蓋骨と手の骨と携帯電話だけ現場に隠しておけば見たものをメールしてくれたりもするし、彼の能力が功を奏する場面も多いのだが、総合的に見れば不便が勝ると言っていい。制約が多すぎるのだ。
 だからこそ面白い。
 素人探偵ものにつきものの弱点として「なぜ素人が出しゃばるのか」という問題がある。作家たちは知恵を絞り、親しい人が疑われたとか、主人公の恋人や家族が刑事だとか、主人公がミステリマニアだとか、さまざまな設定を生み出してきた。だが本書はそれのどれでもない。シドが犯人捜しに乗り出すのは、存在証明のためなのである。
 前述したシドの困難は、探偵としてだけではなく、暮らしていく上での困難でもある。家から出られない。隠れて暮らさなくてはならない。外に出るにはサッカリー家の人の手助けがいる。生きている(?)のに、読書やDVD鑑賞やインターネットしかすることがない。食事はしないので金銭的な負担はないが、隠し事という精神的な負担をサッカリー家に強いている。たとえ家族がそれを重荷とは思っていなくても、シドにしてみれば、迷惑をかけているという思いは消えない。
 だからこそ、役に立ちたい。できることを見つけたい。
 冒頭で、「まさか骨に感情移入させられるとはね!」と書いたのは、ここだ。
 シドはお茶目でやんちゃで、子どもか!とツッコミたくなるような振る舞いや物言いについつい笑ってしまうが、その合間に見え隠れする「役に立ちたい」という気持ちが時々とても切ないのだ。マディソンが通う高校に殺人鬼がいるかもしれない、だったらマディソンが安心できるように犯人を捕まえたい。そうすれば自分もこの家族の役に立てる。自分がここに存在していい理由になる……。
 人は、ただ生きているというだけで尊いものだと思う。役に立たないものは要らないなどというのは歪んだ選民思想に過ぎない。けれど当人にしてみればそう割り切れるものではない。生きている楽しみや、ここにいていいという自信が必要なのだ。だからシドは犯人捜しに乗り出すのである。
 本書はとても楽しいユーモアミステリだ。その楽しさは特異なキャラクターやダジャレなどによるものではない。それぞれ問題や不安をかかえた家族が、ケンカしたり拗(す)ねたり、でもなんとか仲直りしようと様子を窺ったりというごく普通の日常風景や、家族の誰かが悩んでいたらごく自然に助け合う様子をリアルに生き生きと描いているということからこそ生まれている。シドが骸骨だということさえ除けば、そこにあるのは、誰もが身近に感じる家族の姿だ。シドが骸骨なのは、そのテーマを過剰に深刻にすることなく、ユーモラスに描くためなのである。
 前作ではジョージアとシドのふたりで事件に挑んだが、今回はマディソンやデボラも入ったチームでの活躍になっていることに注目していただきたい。四人がそれぞれ、自分の得意分野で活躍する。できる人ができることをし、できないところは補い合って犯人に迫る。その中でシドもマディソンも成長する。なんて素敵なチームだろう。
 本書を最後まで読んでワクワクした。骸骨のシドは、どうやら新たな生きる楽しみを見出しそうだ。続刊ではそこで事件が起きるのかもしれない。骸骨のシドは進化を続けている。本国では今年五作目が刊行されるというこのシリーズを、末長く追いかけていきたい。


【Webミステリーズ!編集部付記】本稿は創元推理文庫『ガイコツは眠らず捜査する』解説の転載です。



大矢博子(おおや・ひろこ)
書評家。ブックナビゲーターとしてラジオ出演や講演、イベント司会、読書会主宰などを中心に活躍中。著書に『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新聞社)、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』 (日経文芸文庫) 。創元推理文庫ではリーバス&ホフマン『偽りの書簡』、マクラウド『おかしな遺産』、ウォルターズ『養鶏場の殺人/火口箱』などの解説を担当。

(2018年6月14日)




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