ホネのある相棒との謎解きはドキドキ!
大学講師のジョージアとおしゃべりな骸骨シド。
ふたりはシドが人間だった昔のことを調べだす。
その途中、起きたての殺人事件に出くわして!?
ホラー要素ゼロ、海外ドラマ感覚の痛快ミステリ
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ポップでキュートなほのぼのミステリ登場!
上條ひろみ
英語には"a skeleton in the closet"または"a skeleton in the cupboard"というクリーシェがあります。クリーシェというのは決まり文句のこと。ベティ・カークパトリック著、柴田元幸監訳の『英語クリーシェ辞典』(研究社)によると、「恥ずべき秘密のこと。殺された人の遺体が戸棚に隠されて、もう白骨化しているという発想。19世紀中頃にクリーシェとなった。今日でも広く使われており、恥ずべき秘密もいっこうに減っていない」。ミステリでもよく出てくる表現で、外聞の悪い家庭内の秘密を表すことが多いようです。
以上をふまえると、A Skeleton in the Family(家族のなかのガイコツ)という原題で、しかもミステリとくれば、何か秘密のある家族の話だろうと思いますよね。外聞をはばかる家庭内の秘密を意味するfamily skeletonという言葉もありますし。でも、本書『ガイコツと探偵をする方法』ではたまたまそのままの意味。そう、骸骨が家族の秘密なのです。とある家に住みつくことになったこの骸骨くんの名前はシド。ふだんは屋根裏で暮らしていて、たまに衣装ダンスのなかに隠れたり、スーツケースのなかにはいってお出かけだってしちゃいます。しかも、シドはしゃべったり歩いたりできる骸骨なのです。だから秘密にしなくちゃいけないわけ。
幽霊ならまあよくあるとしても、しゃべったり歩いたりする骸骨ですよ? これはなかなか画期的だと思うのです。なんだかすごくポップじゃないですか。
といってもこの物語の主人公は、骸骨のシドではなく三十六歳のシングルマザー、血も肉もあるジョージア・サッカリー。故郷であるニューイングランド地方の街ペニークロスにあるマクウェイド大学の非常勤講師の職を得たジョージアは、十四歳の娘マディソンとともに両親の家に引っ越してきます。そろってマクウェイド大学の英文科教授である両親が、長期休暇で留守のあいだ住んでもいいと言ってくれたからです。そして、この家の屋根裏には、ジョージアの親友が住んでいます。初めて会った六歳のときから、三十年たった今もまったく変わらない骸骨の姿で。それがシドです。ちなみに衣装ダンスは、家に客が来たときの緊急避難用にと、両親がシドのためにわざわざ買ったもので、シドにとっては絶好の盗み聞きの場所にもなっています。
骸骨と聞いて、みなさんは何をイメージしますか? 骸骨みたいにガリガリに痩せている人じゃないですよ。骨そのものです。人体を形成する骨、その一式、人ひとりぶんの骨の集合体です。わたしは理科室の骨格標本が思い浮かびます。あれがうちにいるわけです。幽霊や、ましてやゾンビや腐乱死体だったら、怖くてたまらないでしょう。でも、白くてクリーンな骸骨なら(白さを保つにはそれなりの苦労があるのですが)、しかも動いたりしゃべったりする骸骨だったら、これはもうディズニーやジブリのノリ。ごく自然にパラノーマルな世界にはいりこむことができ、怖いどころか、なんだかかわいいとさえ思えてしまいます。ジョージアの専門が現代アメリカ文学のポップカルチャー系で、マディソンが日本のマンガやアニメが好きというのも、いい感じにリンクしていて、違和感がありません。
骸骨のシドは、食べたり飲んだり眠ったりはしないけど、しゃべれて目が見えて耳が聞こえるし、理科室の骨格標本とちがって針金などでつなげられていないけど、普通に立ったり歩いたりできます(落ちこんでいるときは、骨と骨の結びつきが弱まります)。バラバラになってスーツケースにはいることもできるし、頭蓋骨をはずしてもしゃべれます。ちなみに、シドをハグするのは「よく乾いたクリスマスツリー用の木を、家に持って帰ろうとして抱えたとき」のような感覚なんだとか。
どうです、なんだか楽しそうでしょう、骸骨のいる暮らし。犬みたいに言うな、とシドに怒られそう。ちなみに犬はシドの天敵です。理由は……わかりますよね? もちろん、おやつだと思われてしまうからです!
でもシドには生前の記憶がまったくありません。シドというのもジョージアがつけた名前で、声や話し方からすると若い男性のようなのですが、なぜ死んだのかもわかりません。しかしある日、ある人物を見たのをきっかけに、ほんの少しだけ記憶がよみがえり、ジョージアと力を合わせて三十年まえに何があったのかを探り出そうとします。
骨ミステリといえば、真っ先に思い浮かぶのは、やっぱり『古い骨』に代表されるアーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズでしょうか。といっても、シドのような骸骨が探偵というわけではなく、人類学教授のギデオン・オリヴァーが、警察からの依頼で現場に残された骨を鑑定し、事件の謎に迫るという内容です。骨をフィーチャーしたタイトルと表紙が印象的なシリーズでした。ほかにも、被害者などの骨を手掛かりにして謎を解くミステリは数え切れないほどあります。骨は多くを語るということですね。テレビドラマ「BONES -骨は語る-」もこのタイプです。
でも、本書の状況は明らかに「BONES」系ではなく、むしろディズニー・チャンネルのコメディドラマ「ブログ犬 スタン」に似ているような気がします(骨とは関係ないけど)。家族の秘密が、家族内でも秘密になっているからです。「ブログ犬 スタン」では、飼い犬のスタンがしゃべれる上にブログも書いていることを知っているのは、この家の三人の子供たちだけで、親たちにはバレないように気をつけています。本書では逆に、親たち(ジョージアと姉のデボラとふたりの両親)がシドの存在を知っていて、知らないのはジョージアの娘であるマディソンだけです。マディソンはもう高校生なので、ジョージアはだいぶまえから娘に秘密を打ち明けたいと思っているのですが、なぜかシドは反対しています。でも、それには思わず涙しそうになる理由があるのです。たしかに、しゃべる骸骨のほうが、しゃべる犬よりさらにぶっ飛んでますけどね。シドならブログだって書けそうですし。
コメディ要素も似ています。スタンがしょうもない犬ギャグを飛ばすように、シドも骨ギャグを飛ばすのです。“指が骨になるまで働いたよ”とか、“ボーン・レンジャー”とか、まあ脱力系のやつですね。
骸骨特有の動作がまた笑えます。嫌になっちゃうよ、という仕草で両手を投げ出すと、指がバラバラになって床に落ちるし、肩をすくめるとやかましい音がするし、崩れ落ちるときは本当にガラガラと崩れ落ちるし。これらがウケねらいなのかどうかはよくわかりませんが。
そんなシドと深い絆で結ばれているジョージアのキャラクターも魅力的です。シドのために謎を解こうと奮闘する姿はもちろん、愛情たっぷりだけどいい感じに力の抜けたマディソンへの接し方もすてきで、読んでいてなんだかほのぼのします。恋のお相手も登場しますが、デートに行くまえにはかならず娘が相手をチェック。それだけでも、母と娘がとてもいい関係を築いていることがわかります。でも、おつきあいするとなると、いずれはシドのことを話さねばならず、果たしてこの人は信用できる(秘密を守れる)のだろうかと考えてしまい、かなり慎重にならざるをえないようです。
レイ・ペリーのホームページ(www.leighperryauthor.com)ではマンガチックでキュートなシドのイラストを見ることができます。写実的な原書のカバーイラストと比べてみてください。こっちのシドも骨格標本チックでなかなかいけてるでしょ? ちなみに、カバーイラストで仲よく共演しているわんちゃんは、アキタ犬のバイロン。気になるこの二者の関係については、ぜひ本編をお読みください。
レイ・ペリーはもともとトニ・L・P・ケルナー名義でミステリの長編を十一作、短編を二十作以上発表しており、こちらのホームページ(www.tonilpkelner.com)では、なんと実写のシドを見ることができます!
皮膚も筋肉も内臓も、いっさいを取り去った真っ白な骨だけのシドは、ピュアさの象徴なのかもしれません。ひょうきんで明るくて紳士的。心やさしくピュアでナイーブ。彼こそ本物のスケルトン探偵。『ソウルイーター』の死神様も、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のジャック・スケリントンも、シドみたいでなんだかかわいいと思ってしまうほど、骸骨ファンになってしまいました。
本書はシリーズ一作目。現在原書は三作目まで出ているので、またシドに会えるのを首の骨を長くして待ちたいと思います。
(2017年9月15日)
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
海外ミステリの専門出版社|東京創元社