全国のみなさん、こんにちは。東京創元社翻訳ミステリ班のSでございます。前回の「世界でもっともだいじなリーディングのおはなし」、今回はそれに関連して、世界最大の規模を誇る「フランクフルト・ブックフェア」について取り上げてみたいと思います!

前回、原書をリーディングして出版する作品を決めているとお話しました。ではその原書をどうやって探すのか? いろいろな方法がありますが、原書探しの最大のチャンスが「ブックフェア」に参加することなのです。

*「ブックフェア」とは何ぞや?

さて、「ブックフェア」というのは、要するに書籍の見本市です。東京、ロンドン、ニューヨークなどたくさんの場所で開かれていますが、世界最大が「フランクフルト・ブックフェア(以下FBFと表記します)です。例年10月半ば、ドイツのフランクフルト・アム・マインで開催されています。各国から出版社やマルチメディアの業者が集まり、幕張メッセみたいなめちゃくちゃ広い展示場にブースを出して、書籍やソフトウェアの紹介をします。海外の本を日本に紹介したいなと思っている出版社の人間はその見本市に行って、おもしろそうな作品を教えてもらうわけです。会社によってはその場で版権を買って、翻訳刊行を決めてしまうこともあります。

わたしは2013年と2014年のFBFに行ってきました。目的は各国の出版社とミーティングをして、おすすめの本を紹介してもらい、検討してみたいな~と思う作品があれば「原稿を送ってね」と言ってくること。ちなみに、最近はまだ書籍の形になっていない段階で紹介されることが多く、原書ではなくPDFやWordの原稿がメールで送られてくることが多いです。

*予習がだいじ!

わたしがFBFに参加するにあたって先輩編集者からまず言われたのが「予習がだいじ!」ということです。

まずは、版権管理のエージェントさんに頼んで、いろいろな国の出版社の人とミーティングを設定してもらいます。ミーティングは30分で1ワクで、5日間の期間中9時から19時半までワクがあります。エージェント経由で各社から都合のいいミーティング時間、場所、担当者の名前などを教えてもらい、アポイントメントを取ります。

さて、ミーティングのスケジュールが確定したら、今度はその出版社のブック・カタログをチェックします。各社でFBF用のカタログを作成しており、目玉の本や今年デビューする作家についての情報などが掲載されています。これをひたすら読んで、いざ直接担当者と会ったときに困らないよう、ミーティングする会社がどのような本を出版しているのか研究するのです。すべての会社のカタログが送られてくるわけではないのですが、全部英語なので読むだけでも大変です。飛行機に乗るまでに間に合わなかったので、PDF化したカタログをiPadに入れて、フライト中も読む羽目になりました……。

*ここは本読みにとっての天国や!

さて、ブックフェア当日。フランクフルト中央駅から徒歩10分くらいのブックフェアの会場に向かいます。会場は「メッセ・フランクフルト」というドイツで二番目に大きい展示場で、車のモーターショーも開けてしまうくらい広大なところです。会場内に地下鉄の駅がありますしね。まじで広いので、方向音痴のわたしにとってはアマゾンの奥地に匹敵するような印象でした……。「どこやねん、ここ」と迷うこと数知れず……。

しかしまあ、いたるかしこに本! 本! 本! とにかく本ばっかりなので、ぐるぐる見てまわると楽しいですよ~。「おおっ! ペンギン・ブックスのブースがある!! やっぱりペンギンかわいい!」とか。ギリシャの出版社が集まったエリアでは、ギリシャの犯罪小説の歴史が紹介されているパネルがおもしろかったり。作家のトークショーが行われていたり、最新の電子書籍のコーナーでは端末に触れたりもします。あとブースによってはエコバックやしおりなどといったノベルティももらえます。

あとすごいのは、毎年変わる「ゲスト国」の展示! 2014年のゲスト国はフィンランドで、展示会場のひとつにおしゃれなスペースが設けられ、フィンランドの小説や文化が映像で紹介されていました。なんというか、フィンランド=ムー●ンという貧しいイメージだったのが覆されましたね。フィンランド料理が味わえるカフェスペースがあったり、なんと脳波を測定して詩を作ってくれる驚きのコーナーがありました。

美術書や写真集といったヴィジュアル本を集めた会場もおもしろかったです。言葉がわからなくても見ているだけで楽しいですし。また、文房具を直接買える会場もあり、おしゃれかつ便利なものがたくさん展示されていました。わたしはドイツのLEUCHTTURM(ロイヒトトゥルム)のノートを愛用しているのですが、日本で買うときの半額くらいで売られていたので、思わず数年分を買ってきてしまいました。他にもスマホやタブレット関連の便利グッズなどもあり、雑貨好きにもたまらない感じでしたね。

*地獄のミーティングざんまい

えーと、なんか遊びに行ったような様子になってましたが、しっかり仕事もしてましたよ! ここからはミーティングの流れをご説明いたします。

まずは、なんとかして目当ての会社のブースに辿り着きます。会場では細かくブース番号が書いてあるので、それを見て場所を探します。例えば、「8.0 R25」というのは、英語圏の出版社が集まる8号館の1階で、R列25番目のブース、という意味です。慣れれば探すのは簡単なのですが、とにかく広くて人が多いので移動が一苦労でした。一度、なぜか8号館から出られなくなり(出口がわからなくなったんですよ!)、一時間くらい同じようなところをぐるぐる回る羽目になり、いい年してまじで泣くかと思いました。

そしてようやくお目当てのブースに辿り着いたあとは、怒濤の英語でのミーティング。わたしは読むのはともかく、たいして英語がしゃべれるわけではないのですが、ミーティングに必要な英語は限られているので大丈夫です! 「ミステリかファンタジーかSFを紹介して」「原稿送ってね」「それは検討しません」。これだけ言えれば大丈夫!! あとは先輩編集者に教えてもらった「ノー・ロマンス! ノー・エロチカ!」で乗り切りました(注釈:2012年ごろから『フィ●ティ・●ェイズ・オブ・●レイ』が世界を席巻しており、ミステリやSFの会社だと言っているにもかかわらず、どこの出版社からもやたらとロマンス小説や官能小説をおすすめされたのです……)。

どこの出版社も自社のおすすめを熱く語ってくれるのでたいへん刺激を受けましたし、おもしろそうだと感じたら即リクエストして、原稿を送ってもらいました。ですがねえ、普段英語をしゃべり慣れていない人間からすると、30分のミーティングが何個も続くのはさすがにつらい……。わたしは一日で最大7社、4日間で23社とミーティングしましたが、先輩編集者には4日間で31社という恐ろしい量をこなした猛者も……。まあ、何回かエージェントさんが通訳してくださるミーティングもあるのですが、だいたいは一人で会うので、疲労が半端ないです。

そして一日のミーティングがすべて終わっても、ホテルに帰ってからはひたすら報告書の下書きをします。リクエストしてきた作品のタイトルやあらすじを簡単にまとめておかないと、記憶がどんどん薄れていくからです。この整理の時間が案外大変で、急いで取ったメモの字が読めなかったり、カタログに載っていない超最新の作品のあらすじをまとめなきゃだったり……。

海外旅行自体に慣れていないこともあり、ミーティング日程の終わりのほうでは、けっこうやばい精神状態になっていました。なんでか「森のくまさん」の歌詞が頭から離れなくなり、気がついたら「ある~日、ある~日、森のなか、森のなか」と口ずさんでおり、軽くあぶない人になっていました。でもこのことを他社の編集さんに話したところ、「わたしもいつの間にか口笛を吹いてました!」と明るく言われたので、ブックフェアではよくあることなのかもしれません。

*報告書を出すまでがブックフェアです

とまあ、ここには書ききれないくらいものすごくいろいろなことがあるブックフェアですが、朦朧としながらもミーティングをこなせば、いつの間にか終わっているものです。無事に日本に帰りついてからは、報告書作りにいそしむことになります。ミーティングの際に原稿を送ってねと依頼したタイトルやあらすじを簡単にまとめ、他の編集者が閲覧できるようにします。そして原稿が送られてきたら、それぞれリーディングしてもらいます。2014年には80作品をリクエストしてきました。近年はメールで原稿のやりとりをすることも増えて、出版社の人と直接会うブックフェアの存在感も薄れがちではあるのですが、一気にこれだけの作品を出版検討できるわけで、やっぱりフェアはすごいなと思います。他にも、会場の雰囲気やゲスト国の展示について、他の会社の編集者との交流についてなども報告書に書きます。

普通ならこれで終了、となると思うのですが、弊社の場合「裏・報告書」を書かなくてはならないのです。正規の報告書に記載するほどのことではない、写真入りの旅日記みたいなもののことです。ドイツで食べたおいしいものや、エージェントさんとの打ち上げの様子、フライトまでの短い時間を利用したフランクフルト観光の感想、帰りの飛行機で見た映画の感想などを盛り込みます。まぁ正直なくても困らないものなんですが、実はこの「裏・報告書」のほうが、海外出張のお役立ち情報が載っているのでありがたかったりします。ほら、おいしいラーメン屋さんの情報とか、大切じゃないですか……。

参考までに、電車とコアラ好きの先輩編集者K(Twitter:@209_500)が書いた「裏・報告書」の冒頭をお見せします。

第63回フランクフルト国際ブックフェア出張報告書(その2)
期間:2011年10月11日(火)~17日(月)
出張者:T. K(編集部)
出張目的:フランクフルト国際ブックフェアでのタイトルのリクエスト、ならびに各種情報収集

※正規版と記述が重複している箇所がありますが、こちらは非公式報告書ということでご容赦ください。

10月11日(火)
 かつて辻調理師学校の創設者・辻静雄は、海外で食べ歩きをして情報を得たいという講師の志願に対しこう即答した。「取れるものはすべて取ってこい。金はいくらかかってもかまわん」。金を使いまくると会社に机がなくなるのでそれは断念し、取れるものはとりあえずすべて取ってくる、との方針で今回の出張に臨んだ。そのために正規版報告書のような準備をしたものの、時間に追われ、十全の準備ができたとはとても言い難く、反省すべき点である(あとでたいへんな目に遭った)。 
 ●●駅を7:30発。普段使いのノートパソコン(A4サイズ)を持っていくことにしたせいで、間違って漬物石を入れたかというくらい重く往生する。東京駅でそばを食べ、9:00発のガラガラの成田エクスプレスで成田空港に10:00頃着(結局、待ち時間を含めると在来線で行っても大した違いはなかったが、あとのことを考えるとさすがに辛いと思う)。チェックインと両替(1ユーロが106円。80,000円が750ユーロに)を済ませ、会社に連絡したのち、のど飴を購入。成田空港を定刻12:15に離陸(JAL407便)。通路側でとても助かる。ちなみに窓際の黒人男性は飛行中一度もトイレに立たず、人ごとながら心配になる。終始愛想が悪かったのは余裕がなかったのだろうか。

すごいでしょう、この力の入った書き出し! この報告書はなんと原稿用紙24枚分にもおよび、小説の短編なみの分量になっていました。わたしも正規の報告書と別に書きましたが、編集部以外の部署の社員にとっては、この「裏」のほうが熱心に読まれるんですよね~。

*長くなりましたが、いよいよ今回のおすすめ本!

ふう、長くなってしまいましたがフランクフルト・ブックフェアについてでした! 年に一度のお祭りですが、出版関係者でも行く人は少ないかなと思うので、何かしらの参考になりますと幸いです。あと今回のおすすめは、ブックフェア会場のフランクフルト周辺が舞台の警察小説である、ネレ・ノイハウスの『深い疵(きず)』です。

ホロコーストを生き残り、アメリカ大統領顧問をつとめた著名なユダヤ人が射殺された。凶器は第二次大戦期の拳銃で、現場には「16145」の数字が残されていた。司法解剖の結果、被害者がナチスの武装親衛隊員だったという驚愕の事実が判明する。そして第二、第三の殺人が発生。被害者の過去を探り、犯行に及んだのは何者なのか。

ナチスがらみの複雑怪奇な連続殺人、さまざまな嘘とミスリードの嵐、男女の刑事コンビによる捜査、という魅力たっぷりの警察小説です。ぜひお手に取ってみてください!

(東京創元社S)



(2015年12月7日)




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