ミステリー文学資料館編『大下宇陀児(うだる) 楠田匡介(きょうすけ) ミステリー・レガシー』(光文社文庫 820円+税)は、今年パブリック・ドメインとなった二人の作家の長篇が楽しめるお得な復刊です。

 ヘロイン中毒で、そのための万引きが見つかって大学を退学になった四宮は、自殺しようと伊豆の断崖へ向かいます。そこで製薬会社の社長令嬢に見咎(みとが)められ、その会社で働くことになりました。その四宮のもとを、四宮を殺すように頼まれたという男が訪ねてきます。男の「金を渡すから自殺したことにしてほしい」という誘いをうけて、中毒が抜けない四宮は金目当ての偽装自殺をすることになり――大下宇陀児『自殺を売った男』

 大下の創作時期では晩年の作で、先だって復刊された『見たのは誰だ』と似た無軌道なアプレ・ゲールを主人公に据えたものです。とはいえ本作は、薬物中毒者の巻き込まれ型サスペンスというあまり類のない内容で、普通の探偵ものや倒叙ではない筋を書くよという作者の宣言どおり、先の読めない意外性があります。

 彫刻家の大村が、衆人環視の密室状態のアトリエで何者かに射殺されました。残された凶器の拳銃には、不思議なことに大村が作った等身大のマネキン人形の指紋が残っているというのです。警視庁の田名網警部は、大村が死に際に残した言葉を手がかりに捜査を進めますが、人形にからんだ事件はなおも続き――楠田匡介『模型人形殺人事件』

 楠田の処女長篇で、代表作としてよく名前があがる作品の嬉しい復刊です。楠田というと多種多様な不可能犯罪をえがいたトリック・メーカーとして知られ、この長篇でも密室トリックを扱っているのですが、本作での密室はちょっと拍子抜けするもので期待はできません。どちらかというと、ピグマリオン嗜好(しこう)に拘泥(こうでい)した作品世界そのもののほうが、乱歩「人でなしの恋」などの系譜として後世に伝えるべきだろうとは思います。楠田の奇抜なトリックを期待する方には今後復刊されるだろう短篇群をチェックしていただきたいです。

 福永武彦『加田伶太郎(かだれいたろう)作品集』(P+DBOOKS 650円+税)は、中村真一郎・丸谷才一とともに海外ミステリに関するエッセイ『深夜の散歩』を刊行するなどミステリ好きとして知られた純文学作家の福永武彦が、「誰だろうか?」のアナグラムから名づけた加田伶太郎のペンネームで発表した短篇ミステリを中心にまとめた、桃源社版『加田伶太郎全集』の復刊です。

「完全犯罪」「温室事件」「赤い靴」あたりの収録作はたいへん質が高いものでおすすめです。かつて扶桑社文庫から復刊された際の増補資料などが収録されなかったのは、原本どおりの復刊を基本としているこの叢書ではやむをえないところでしょうか。ただ本書独自のボーナストラックとしては、初出で加田名義で発表され、後に福永名義に変えてエッセイ集に収録された掌編が収録されています。

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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年9月27日)



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