新聞記者の古市加十(ふるいちかじゅう)は、ひょんなことから親日家の安南国皇帝の知遇を得てその妾宅(しょうたく)に招かれました。翌日の会食も約束されて高台のアパートメントを辞した古市の眼の前に、ついさっきまで顔をあわせていた皇帝の愛妾が墜落してきて――。昭和9年の大晦日(おおみそか)から翌元旦にかけて、帝都東京で巻き起こった奇妙な事件はこうしてはじまりました。
ジョイムズ・ジョイス『ユリシーズ』がダブリンの24時間をえがいたのになぞらえて、魔都東京の30時間をえがくジャンル分け不能の十蘭小説です。事件は起こり捜査は進むものの、すべてが御伽噺(おとぎばなし)のようです。また読み心地がとても不思議で、モダンな講談を聞いているようでもあります。これは十蘭の小説が口述筆記で書かれたためでもあるでしょう。
ちょっと残念なのは、本作の初出連載時には事件発生からのタイムチャートを時計の盤面に模した印象的な挿絵がついていたのですが、これが収録されなかったことですね。ぜひ全集版などで見ていただきたいものだと思います。
その3巻の収録作は、作者の言葉を借りれば「いわゆる不良少年物」の作品が多くを占めます。3巻目ともなると、さすがに飛鳥の作風は本格よりもサスペンスに比重が偏っていることがよくわかると思います。その中でも巻頭の長篇『死刑台へどうぞ』は、飛鳥の短篇の先入観がある読者ほど驚くはずです。青年の探偵行がむかえる結末には、こういう筋の作品を書いていたのかとあっと言わされることでしょう。こう復刊が続いてくれると、もう少し長篇を読ませてほしくなりますね。本格ミステリでは『死にぞこない』、サスペンス寄りのものでは『顔の中の落日』『ガラスの檻』あたりの作品は十分に楽しめるはずです。
収録作はいずれも素晴らしい。筆者は若者の青春小説的な側面のある藤原作品が抜群に良いと思っていますので、10巻の長篇『あたしにも殺させて』や、5巻収録の表題作「若い刑事」をおすすめしますが、いろいろな読書嗜好の方にそれぞれ引っかかる作品がある稀有(けう)なシリーズでしょう。
ひとつことわっておきたいのは、藤原はミステリ・プロパーの作家ではありませんから、このシリーズは「警察ミステリの傑作」ではなく「警察小説の傑作」だということです。謎を投げっぱなしで終わったり、そもそも謎など無かったりと、ミステリを前提に読むと落胆しかねません。犯罪小説もあれば人情噺もある、多彩なジャンルを書きわけた藤原の名人芸にひたすら没頭するのが正しい読み方でしょう。
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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。
(2017年7月28日)
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