今回は翻訳が少なくて一作のみの紹介です、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー『バルコニーの男』(柳沢由実子訳 角川文庫 1080円+税)は刑事マルティン・ベックの長篇第3作の新訳版です。

 凶悪な連続強盗事件の捜査のなか、公園で少女が暴行のうえ殺されているのが見つかります。さらに別の少女が公園で殺され、事件は連続暴行殺人の様相を呈します。ベックらは、強盗事件が公園の近くで起きていることから、強盗犯が何かを目撃しているのではないかと思いつき……。

 ベックの部下コルベリが、実在の《ボストン絞殺魔》事件になぞらえて困難な捜査を案じるくだりが出てきますが、もともと本作はスウェーデンの実在の連続殺人犯をモデルに書かれたものとされます。殺人課の刑事それぞれの捜査から、読者に見えている真相にどうたどり着くかという構成なので、ミステリとしてみたときの謎は無く、その点では物足りないかもしれません。警察小説としては見事な筋運びで、ラーソン警部というベックと対照的なキャラクターが新たに加わることで、シリーズの安定感が増しているように思います。

 国内のほうではまず小泉喜美子『痛みかたみ妬み 小泉喜美子傑作短篇集』(中公文庫 740円+税)が嬉しい復刊で、入手難の同題短篇集の復刊にあたり中高生向け媒体で発表された作品などが増補されています。集中で目をひくのはやはり表題の短篇連作でしょうか、小泉のフランス・ミステリ好みが十二分に感じられます。筋だけみると小味のサスペンスのようですが、幻想的な作品世界じたいがこの人にしか書けないものでしょう。増補された作でも、例えば《小説ジュニア》に掲載された「またたかない星」などは、いかにも若者にジャプリゾの魅力を教えてあげようと言わんばかりです。「切り裂きジャックがやって来る」のようなサプライズを利かせた作品のほうが、かえって短篇集の中でいびつに浮いてしまって見えるのですから面白いものです。

 こういった作風にあらわれる小泉の好みは、エッセイや評論集で能弁に語られています。小泉作品の復刊を楽しんでいる読者には格好のブックガイドになろうかと思いますので、小説以外の著作についても復刊の企画があると嬉しいのですが。

 柴田錬三郎 『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』(末国善己編 創元推理文庫 1300円+税)は昭和の週刊誌で人気を博した時代小説のニヒルなヒーロー、眠狂四郎のミステリ的な作を集めた企画です。眠狂四郎ものの長篇は読切短篇を積み重ねた体裁になっていますので、こういうより抜いた形の復刊もできるわけですね。

 眠狂四郎の円月殺法が説明なしに通じるのは筆者の世代がぎりぎりでしょうか。その一連のシリーズにミステリに分類される作品があることまで知っているのは、かなり上の世代の方に限られそうです。柴田錬三郎のミステリには大坪砂男がプロットを提供していたのはよく知られるところで、新たな読者に興味を持ってもらうのにはとても面白い切り口だと思います。もともと男性向けの娯楽小説ですからエロティックな内容に偏っているのはご留意いただかないといけませんが、「からくり門」「髑髏(どくろ)屋敷」あたりは純粋に切れ味鋭いミステリとして楽しめるはずです。

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■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。

(2017年7月27日)



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