失われた手稿譜
 1963年にイタリアのトスカーナ州リヴォルノに生まれ、11歳で作曲を始めたという著者フェデリーコ・マリア・サルデッリは、古楽アンサンブル〈モード・アンティクオ〉を創設し指揮者として活躍する、日本にもファンの多い音楽家の一人です。彼は指揮者としての活動だけでなく、作曲家としても知られ、さらにリコーダーやフルートの演奏家でもあり、フィレンツェの音楽アカデミーで指導もしています。
 しかも彼は音楽学者でもあり、特にヴィヴァルディ研究の第一人者と言われています。
 2014年にはドイツの図書館に保管されていた無署名の楽譜が、若き日のヴィヴァルディの作品であることを突き止め、一大センセーションを巻き起こしました。

 このように音楽の世界で大いに才能を発揮している彼ですが、実は、画家である父親の才能も受け継ぎ、12歳で諷刺雑誌に漫画を寄稿するようになり、現在も同誌の看板作家の一人として活躍中です。画家としても版画家としても作品は多く、その多才ぶりは、ダヴィンチを思わせると言っても決して過言ではないと思うのですが、いかがでしょう。
 なにしろ、本書を発表すると、その年の優れた小説に与えられるジョヴァンニ・コミッソ賞を受賞してしまったのです。音楽、美術に加えて、さらに新たな才能が認められたのですから……

 Federico Maria Sardelli や Mode Antiquo でgoogle 検索していただければ、情報はたっぷりあります。
 
 例えば以下の動画をご覧いただくと、残念ながらヴィヴァルディではなく、フランスの作曲家リュリの曲ですが、サルデッリのドラマチックな指揮ぶりを見ながら、モード・アンティクオの演奏を聴くことができます。



 そして本書ですが、ヴィヴァルディの楽譜がたどった運命を追うことで見えてくるのは、純粋に手稿譜に興味のある古書愛好家の存在、価値のまったくわからない無知な修道士、名家の窮乏につけ込んで楽譜を買い叩こうとする欲にまみれた司祭等々、人間の様々な姿。さらに、サルデッリがしっかりと書き込んだのは、ユダヤ人学者のヴィヴァルディ再発見の業績が、当時吹き荒れたファシズムの嵐によって葬り去られ、ファシズム寄りの詩人エズラ・パウンドの活動が評価されてしまったという、思いもよらなかった歴史の真実です。この記述に、改めて反ユダヤ主義というものについて考えさせられました。
 
 ぜひヴィヴァルディを聴きながら、お読みください! いえ、本書を読めば、きっとヴィヴァルディを聴きたくなるはずです。
 素敵な装丁は、柳川貴代さんによるものです。

(2018年3月20日)



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