みなさんこんにちは。SF班国内担当(妹)です。
先月の「本の話題」が更新されたあと、編集部の人たちから「なんで“妹”?」ときかれました。
それはですね、海外担当のIが不在の時、みんながみんなわたしに向かって「”お兄ちゃん”どこ?」ときくからですよ!
SF班は国内担当(通称:妹)と海外担当(通称:兄)、そして国内・海外担当のボス(通称:おじさん)の三人で構成されています。よろしくお願いいたします。
さて今回は、年末に告知をいたしましたとおり、石川宗生さん『半分世界』の刊行を記念して、解説をお書きいただいた飛浩隆先生による石川さんへのインタビュウを公開いたします!
飛先生から石川さんへは、質問文と一緒にこんなメッセージが届きました。
『質問をたくさんご用意しました。もちろんこのすべてにご回答いただく必要はありません。不快な質問、興が乗らない質問、的を外してるなと思われる質問はどうぞスルーして下さい。
いっそ嘘八百でお答えいただくのも(作風から考えたらむしろその方が)楽しそうです。』
石川さんもこれに全力で応えてくださった結果、どれが嘘でどれが本当か絶妙に分からない(!)不思議なインタビュウが出来上がりました。
『半分世界』、気になるけどどんな話だろう? 石川宗生さんってどんな人だろう? と気になる方はぜひ、読んでみてください。
それではどうぞ。
***
――初の単行本刊行を間近に控えたいまの率直なお気持ちを。
やったね。
――基本データを。生年、身長、体重、髪型は? 「〇〇(有名人)に似てる」と言われたことはありますか。ふだん家では何を着ていますか。
1984年、179cm、67kg、ボブ七三分けだったりポニーテールだったり。
数々の有名人にたとえられますが、最近は板尾創路さんです。
ふだん家ではカーディガンを着ています。
――(ベタですが)ご自分の性格を言い表すとしたら?
はにかみ屋さんです。
――いま小説以外に、何かクリエーションしていますか。(作曲、絵を描く、写真を撮るなどなど。なお、ご本業の翻訳については後ほど改めて伺います。)
作曲や絵などを過去にしていましたが、最近はあまりしていません。強いてあげるなら、いまは粘土をこねています。
――記憶にある中でいちばん古い本、映画、音楽は。それらのどこが記憶に残っていますか。
記憶にあるいちばん古い本は『大どろぼうホッツェンプロッツ』です。登場人物から挿絵までみんな魅力的で、焼きソーセージやザワークラウトといった料理がとてもおいしそうに感じられました。そしてザワークラウトがどんな食べものなのか分からず、妄想に明け暮れました。
いちばん古い映画はディズニーアニメの『ふしぎの国のアリス』です。アルファベットの歌をうたういも虫からきらめく昼下がりをうたう花々、いかれ帽子屋のティー・パーティーまで歌も覚えたし、何度みても飽きませんでした。
いちばん古い音楽は『コンピューターおばあちゃん』です。NHKみんなのうたでやっていたような気がするのですが、おばあちゃんがコンピューターのボタンをあちこち押していたのが印象的でした。
――これまで惚れ込み、のめり込んだ本(フィクションに限らず)はありますか。著者、タイトル、どこにハマったか、など思い出を。
のめり込んだ本はJ.K.ローリングの『ハリーポッター』です。ファンタジー、エンタメ、ミステリー、恋愛要素とふんだんに盛り込まれており、魔法のお菓子だとかアイテムだとかディテールも豊かで、感心しきりで読みました。
――同じ質問を映画、音楽、その他(建築、ファッション、その他何でもこれというものがあれば)について。
のめり込んだ映画はターセム・シン監督の『落下の王国』です。ストーリーから映像、役者、邦題まで素敵すぎました。
のめり込んだ音楽はSlowdive、Grandaddy、World’s End Girlfriendなどです。中学生の時分はビートルマニアで、ポールのベースをたくさんコピーしたし、『I am the walrus』などの歌詞を丸暗記しました。
あとは旅行にはまりました。日常では出会えないような人々との出会いに惹かれ、中南米、欧州、中東、アジアなどに足を運びました。フェルナンド・ボテロに衝撃を受けて粘土をこねはじめました。
――それらはいまの石川さんに(生活に、作品に)影響を残していますか。あるとすればどこに。
すべてが作品のなかで息づいています。とくにメキシコやグアテマラでのスペイン語留学のとき、文学コースで学んだラテン文学は現在の作風の基礎になった気がします。
旅行も小説のみならず生活スタイルにも影響を与えています。現在でも中長期で旅行することがたまにあるので、それ自体がある意味生活の一環になっています。
――(少し話題を変えて)フリー翻訳家でもあると伺いました。1日をどのように過ごされていますか。起床から就寝まで、翻訳と小説の仕事をどのようにこなされているかを交えつつお聞かせください
かなりおおざっぱですが以下が一日のスケジュールです。
八時 起床
九時 コーヒー、粘土
一〇時 犬のスズちゃんの散歩
一一時 見回り
一二時 ごはん
一三時 翻訳または小説
一七時 スズちゃんの散歩
一八時 ごはん
一九時 見回り、お風呂
二〇時 読書、粘土
二四時 就寝
――自炊なさいますか、またそのメニューは(日常よく使うもの、ここぞというときのとっておき、などなど)
自炊はときどきします。とっておきの必殺技はキッシュですが、『こまったさん』シリーズに載っているものであればけっこう作ります。また一時期は『わかったさん』にはまって、ひそかにプリンやクレープを作っては友人知人に食べさせていました。
――いま石川さんのデスクの上やまわりにあるものを描写していただけますか? (「半分世界」、あの家の調度品など実に魅力的でしたので、あんな感じで)その中でこれはというお気に入りの一品を紹介してください。
デスクの上には分厚い画集や専門書が積み重ねられた本の山が二つあり、さらにその上にはパソコンとブックスタンドがそれぞれ置かれている。いずれの本の山も、パソコン画面とブックスタンドが目線の高さに合うように積み上げられたものだろう。そのほか目に付くのは開いたままの文庫本、ライトスタンド、ブリキのコースター。デスク脇の本棚には主に日本語と英語の文学書や専門書が並び、本の背表紙と棚のふちの間のわずかなスペースには、芳香剤やアンティーク風のマッチ箱や家のかたちをした紙細工などがところどころ無造作に置かれている。
といったところでしょうか。
お気に入りの一品は赤のリッケンバッカーベースです。
(そろそろ石川さんの小説、作品について)
――受賞作「吉田同名」は、創元SF短編賞のために一から着想されたものですか? それとももともと温めていた素材であったのでしょうか。執筆(着想と発展)から投稿までの経過をお聞かせください。
「吉田同名」ははじめ、「開門神事福男選び」という正月に大勢の男性が神社を走って一番を競う行事をテレビで目にしたときに、これがぜんいん同一人物だったらなんか面白そうだな、という軽い感じで思いつきました。
その後、一〇代の頃の個人塾の先生でもあった翻訳家の増田まもる先生から、創元SF短編賞の存在を教えていただき、それ向けに一本書いてみようと思いました。そしてどれがいいかなとアイデア帳を見返したとき、「吉田同名」ならうまい具合に書けそうだと思い、その直感を信じてSpeculative方向で発展させました。
――「吉田同名」は選考段階では、異変(SF的仮説)とエスカレーションを扱うアイディアストーリーとして評価されていまして、もちろんその通りなのですが、他方、収容所文学としてもちょっと類を見ないものだとも思います。その収容には一切の政治的理由がなく、そこにいるのは単一の人物であって、懲役も虐待もなされません。ここにあるのは現実はおろか虚構の中にさえ存在し得ない「純化された収容所」であって、この実験性にSFとしての(そして現代文学としての)眼目があるように読みました。
さて、石川さんはご自分がこのような収容生活を送るとなったとき、どのように感じられますか(天国とするのか地獄と感じるのか)。無数の石川宗男の一人として、そこで生き抜くために必要なことは何でしょう。
あのような収容生活を送ることになったら、さすがにだいぶ気は滅入るでしょうし、あれだけ数がいるのだから即座に脱走計画を練ると思います。
ですがその一方では、天国的な面もおそらく多分にあって、無数のぼくとすこしは遊ぶとも思います。たとえばかつてバンドをしていたときに感じたことなのですが、仮にぼくが四人、五人といたら望みどおりの音を持ったバンドをやれるのではないか、と。脱走するのはそういうのを一通り楽しんだあとでしょうか。その雰囲気なら、脱走計画を練ることすら楽しめそうです。
そういった意味では生き抜くために必要なのは吉田大輔と同じですね、楽しむことです。みんな楽しんでいれば、争いも起きないので。
――「吉田同名」は発端のアイディアの秀逸さが評判ですが、飛が一読してまず印象深かったのは、ディテールの豊かさです。吉田大輔氏の生い立ち、日常行動、思考様式、持ち物の一点一点までを読んでいく体験そのものがなんとも快いのです。
こうした細部への傾倒は今回収録された四編に共通しています。ていねいな観察とよい趣味を湛えつつ、文章を煽らずに部を連坦させていくこの作風は、どのようにして培われたのでしょう。
好きな画家のひとりにエドワード・ホッパーがいます。彼の作品はどれも物語性に満ちており、なかでも『ホテル・ルーム』という絵が好きなのですが、そこから、登場人物の顔の向き、服装、持ち物、部屋の明暗や家具調度といったささいなディテールの集積が物語を喚起させるのだということを学びました。そこで、「吉田同名」などではオブジェクトはもちろんのこと、もう一歩踏み込んで生い立ちから行動、思考までディテールにこだわり、『ホテル・ルーム』風にカンバスに丁寧に描き込んでいくような感覚で書きました。
――ディテイルと並んで印象的なのは、作品ごとに設定される「ルール」です。このルール(及びそこからの逸脱)に導かれて作品の中ではさらに多くのディテイルが触発されていくように思えました。
作品を書かれるときに、こうしたことを意識されていますか。
(あるいは)小説を書かれるときに、意識していること、禁じていること、などありますでしょうか。
いちおう書く前に大まかなプロットを作りますが(ルールふくめ)、最終的には書いているときにひらめいたアイデアを優先して(ディテールふくめ)、それをもとにまた別のところへ、といった偶然の連続性を大事にしています。あくまでぼく個人の感覚ですが、最初に思い描いたとおりに書くとあまり面白くないものになるような気がするので(それはやはり書く前から見通せていたものでしかないので)。
――そのように共通する部分はありながらも、収録作は石川さんの力量をそれぞれ別の方向に発揮されていて、その対照、コントラストも読みどころになっています。
短いあいだにこの質とバラエティでこの量を書けるのは羨ましい限りです。
そこで執筆のスピードをお尋ねするのですが「バス停夜想曲」を例にとると、この作品を書き上げるのに要した時間はどのくらいでしたか。
「バス停夜想曲」は今回の収録作のなかでいちばんはじめに書いた作品で、大まかに言えば三回の大きな手直しをしたのですが、手直しのあいだにほかの作品に取りかかったりしたため正確な時間は分かりかねます。ぜんぶで三ヶ月ぐらいでしょうか。
――ちなみにこの作品のタイトルは、イアン・マクドナルドのSF小説『火星夜想曲』を意識されていましたか。
もしそうであるならあの作品について何かコメントがありましたら。そしてそのタイトルを引用された意図などありましたら。
「バス停夜想曲」はアントニオ・タブッキの『インド夜想曲』からすこしインスピレーションをもらったので、そこからタイトルを引用しました。しかし某大手ECサイトであらすじを読んでみたのですが、『火星夜想曲』にもなんとなく雰囲気が似てそうです。さっそく読んでみます。
――(前の方の質問とかぶって恐縮ですが、また大変失礼な問いであると恐縮しつつ伺うのですが)マクドナルドに限らず、この作品に影響を与えていると考えられる先行作、あるいは作家がありましたら。
フリオ・コルタサルなどです。また、ディエゴ・リベラの壁画にも影響を受けました。
――「バス停夜想曲」では、一点突破的着想、ルールと逸脱、ディテイルの耕しといった点で他の4作と共通していますが、「語り手を複数にしたこと」「複数の語りが現れては消えていくこと」「その連続において、とある幻想的景観の誕生と消長を描いていること」という点で、新しい境地へ進まれたと思います。
本作執筆の段階では書籍デビューも視野に入れておられたのではとも思いますが、本作を執筆するにあたって、心中期しておられたこと、目標として設定されていたこと、がありましたらお聞かせください。
前述のとおり、書き直しにつぐ書き直しだったので、ほかのことはあまり考えず、ただ必死に書いていました。あえて言うなら、心中にあったのは、果たしてこの作品は読者に受け入れてもらえるのか、狙い通りブッカー国際賞は取れるだろうかという幾ばくかの不安でしょうか。
――さいごに書店の店頭で本書を手にとる読者に、ひとこと。
どうも初めまして。
***
石川宗生さん『半分世界』(創元日本SF叢書)は1月22日頃発売予定です。お楽しみに!
ミステリ・SFのウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
先月の「本の話題」が更新されたあと、編集部の人たちから「なんで“妹”?」ときかれました。
それはですね、海外担当のIが不在の時、みんながみんなわたしに向かって「”お兄ちゃん”どこ?」ときくからですよ!
SF班は国内担当(通称:妹)と海外担当(通称:兄)、そして国内・海外担当のボス(通称:おじさん)の三人で構成されています。よろしくお願いいたします。
さて今回は、年末に告知をいたしましたとおり、石川宗生さん『半分世界』の刊行を記念して、解説をお書きいただいた飛浩隆先生による石川さんへのインタビュウを公開いたします!
飛先生から石川さんへは、質問文と一緒にこんなメッセージが届きました。
『質問をたくさんご用意しました。もちろんこのすべてにご回答いただく必要はありません。不快な質問、興が乗らない質問、的を外してるなと思われる質問はどうぞスルーして下さい。
いっそ嘘八百でお答えいただくのも(作風から考えたらむしろその方が)楽しそうです。』
石川さんもこれに全力で応えてくださった結果、どれが嘘でどれが本当か絶妙に分からない(!)不思議なインタビュウが出来上がりました。
『半分世界』、気になるけどどんな話だろう? 石川宗生さんってどんな人だろう? と気になる方はぜひ、読んでみてください。
それではどうぞ。
***
――初の単行本刊行を間近に控えたいまの率直なお気持ちを。
やったね。
――基本データを。生年、身長、体重、髪型は? 「〇〇(有名人)に似てる」と言われたことはありますか。ふだん家では何を着ていますか。
1984年、179cm、67kg、ボブ七三分けだったりポニーテールだったり。
数々の有名人にたとえられますが、最近は板尾創路さんです。
ふだん家ではカーディガンを着ています。
――(ベタですが)ご自分の性格を言い表すとしたら?
はにかみ屋さんです。
――いま小説以外に、何かクリエーションしていますか。(作曲、絵を描く、写真を撮るなどなど。なお、ご本業の翻訳については後ほど改めて伺います。)
作曲や絵などを過去にしていましたが、最近はあまりしていません。強いてあげるなら、いまは粘土をこねています。
――記憶にある中でいちばん古い本、映画、音楽は。それらのどこが記憶に残っていますか。
記憶にあるいちばん古い本は『大どろぼうホッツェンプロッツ』です。登場人物から挿絵までみんな魅力的で、焼きソーセージやザワークラウトといった料理がとてもおいしそうに感じられました。そしてザワークラウトがどんな食べものなのか分からず、妄想に明け暮れました。
いちばん古い映画はディズニーアニメの『ふしぎの国のアリス』です。アルファベットの歌をうたういも虫からきらめく昼下がりをうたう花々、いかれ帽子屋のティー・パーティーまで歌も覚えたし、何度みても飽きませんでした。
いちばん古い音楽は『コンピューターおばあちゃん』です。NHKみんなのうたでやっていたような気がするのですが、おばあちゃんがコンピューターのボタンをあちこち押していたのが印象的でした。
――これまで惚れ込み、のめり込んだ本(フィクションに限らず)はありますか。著者、タイトル、どこにハマったか、など思い出を。
のめり込んだ本はJ.K.ローリングの『ハリーポッター』です。ファンタジー、エンタメ、ミステリー、恋愛要素とふんだんに盛り込まれており、魔法のお菓子だとかアイテムだとかディテールも豊かで、感心しきりで読みました。
――同じ質問を映画、音楽、その他(建築、ファッション、その他何でもこれというものがあれば)について。
のめり込んだ映画はターセム・シン監督の『落下の王国』です。ストーリーから映像、役者、邦題まで素敵すぎました。
のめり込んだ音楽はSlowdive、Grandaddy、World’s End Girlfriendなどです。中学生の時分はビートルマニアで、ポールのベースをたくさんコピーしたし、『I am the walrus』などの歌詞を丸暗記しました。
あとは旅行にはまりました。日常では出会えないような人々との出会いに惹かれ、中南米、欧州、中東、アジアなどに足を運びました。フェルナンド・ボテロに衝撃を受けて粘土をこねはじめました。
――それらはいまの石川さんに(生活に、作品に)影響を残していますか。あるとすればどこに。
すべてが作品のなかで息づいています。とくにメキシコやグアテマラでのスペイン語留学のとき、文学コースで学んだラテン文学は現在の作風の基礎になった気がします。
旅行も小説のみならず生活スタイルにも影響を与えています。現在でも中長期で旅行することがたまにあるので、それ自体がある意味生活の一環になっています。
――(少し話題を変えて)フリー翻訳家でもあると伺いました。1日をどのように過ごされていますか。起床から就寝まで、翻訳と小説の仕事をどのようにこなされているかを交えつつお聞かせください
かなりおおざっぱですが以下が一日のスケジュールです。
八時 起床
九時 コーヒー、粘土
一〇時 犬のスズちゃんの散歩
一一時 見回り
一二時 ごはん
一三時 翻訳または小説
一七時 スズちゃんの散歩
一八時 ごはん
一九時 見回り、お風呂
二〇時 読書、粘土
二四時 就寝
――自炊なさいますか、またそのメニューは(日常よく使うもの、ここぞというときのとっておき、などなど)
自炊はときどきします。とっておきの必殺技はキッシュですが、『こまったさん』シリーズに載っているものであればけっこう作ります。また一時期は『わかったさん』にはまって、ひそかにプリンやクレープを作っては友人知人に食べさせていました。
――いま石川さんのデスクの上やまわりにあるものを描写していただけますか? (「半分世界」、あの家の調度品など実に魅力的でしたので、あんな感じで)その中でこれはというお気に入りの一品を紹介してください。
デスクの上には分厚い画集や専門書が積み重ねられた本の山が二つあり、さらにその上にはパソコンとブックスタンドがそれぞれ置かれている。いずれの本の山も、パソコン画面とブックスタンドが目線の高さに合うように積み上げられたものだろう。そのほか目に付くのは開いたままの文庫本、ライトスタンド、ブリキのコースター。デスク脇の本棚には主に日本語と英語の文学書や専門書が並び、本の背表紙と棚のふちの間のわずかなスペースには、芳香剤やアンティーク風のマッチ箱や家のかたちをした紙細工などがところどころ無造作に置かれている。
といったところでしょうか。
お気に入りの一品は赤のリッケンバッカーベースです。
(そろそろ石川さんの小説、作品について)
――受賞作「吉田同名」は、創元SF短編賞のために一から着想されたものですか? それとももともと温めていた素材であったのでしょうか。執筆(着想と発展)から投稿までの経過をお聞かせください。
「吉田同名」ははじめ、「開門神事福男選び」という正月に大勢の男性が神社を走って一番を競う行事をテレビで目にしたときに、これがぜんいん同一人物だったらなんか面白そうだな、という軽い感じで思いつきました。
その後、一〇代の頃の個人塾の先生でもあった翻訳家の増田まもる先生から、創元SF短編賞の存在を教えていただき、それ向けに一本書いてみようと思いました。そしてどれがいいかなとアイデア帳を見返したとき、「吉田同名」ならうまい具合に書けそうだと思い、その直感を信じてSpeculative方向で発展させました。
――「吉田同名」は選考段階では、異変(SF的仮説)とエスカレーションを扱うアイディアストーリーとして評価されていまして、もちろんその通りなのですが、他方、収容所文学としてもちょっと類を見ないものだとも思います。その収容には一切の政治的理由がなく、そこにいるのは単一の人物であって、懲役も虐待もなされません。ここにあるのは現実はおろか虚構の中にさえ存在し得ない「純化された収容所」であって、この実験性にSFとしての(そして現代文学としての)眼目があるように読みました。
さて、石川さんはご自分がこのような収容生活を送るとなったとき、どのように感じられますか(天国とするのか地獄と感じるのか)。無数の石川宗男の一人として、そこで生き抜くために必要なことは何でしょう。
あのような収容生活を送ることになったら、さすがにだいぶ気は滅入るでしょうし、あれだけ数がいるのだから即座に脱走計画を練ると思います。
ですがその一方では、天国的な面もおそらく多分にあって、無数のぼくとすこしは遊ぶとも思います。たとえばかつてバンドをしていたときに感じたことなのですが、仮にぼくが四人、五人といたら望みどおりの音を持ったバンドをやれるのではないか、と。脱走するのはそういうのを一通り楽しんだあとでしょうか。その雰囲気なら、脱走計画を練ることすら楽しめそうです。
そういった意味では生き抜くために必要なのは吉田大輔と同じですね、楽しむことです。みんな楽しんでいれば、争いも起きないので。
――「吉田同名」は発端のアイディアの秀逸さが評判ですが、飛が一読してまず印象深かったのは、ディテールの豊かさです。吉田大輔氏の生い立ち、日常行動、思考様式、持ち物の一点一点までを読んでいく体験そのものがなんとも快いのです。
こうした細部への傾倒は今回収録された四編に共通しています。ていねいな観察とよい趣味を湛えつつ、文章を煽らずに部を連坦させていくこの作風は、どのようにして培われたのでしょう。
好きな画家のひとりにエドワード・ホッパーがいます。彼の作品はどれも物語性に満ちており、なかでも『ホテル・ルーム』という絵が好きなのですが、そこから、登場人物の顔の向き、服装、持ち物、部屋の明暗や家具調度といったささいなディテールの集積が物語を喚起させるのだということを学びました。そこで、「吉田同名」などではオブジェクトはもちろんのこと、もう一歩踏み込んで生い立ちから行動、思考までディテールにこだわり、『ホテル・ルーム』風にカンバスに丁寧に描き込んでいくような感覚で書きました。
――ディテイルと並んで印象的なのは、作品ごとに設定される「ルール」です。このルール(及びそこからの逸脱)に導かれて作品の中ではさらに多くのディテイルが触発されていくように思えました。
作品を書かれるときに、こうしたことを意識されていますか。
(あるいは)小説を書かれるときに、意識していること、禁じていること、などありますでしょうか。
いちおう書く前に大まかなプロットを作りますが(ルールふくめ)、最終的には書いているときにひらめいたアイデアを優先して(ディテールふくめ)、それをもとにまた別のところへ、といった偶然の連続性を大事にしています。あくまでぼく個人の感覚ですが、最初に思い描いたとおりに書くとあまり面白くないものになるような気がするので(それはやはり書く前から見通せていたものでしかないので)。
――そのように共通する部分はありながらも、収録作は石川さんの力量をそれぞれ別の方向に発揮されていて、その対照、コントラストも読みどころになっています。
短いあいだにこの質とバラエティでこの量を書けるのは羨ましい限りです。
そこで執筆のスピードをお尋ねするのですが「バス停夜想曲」を例にとると、この作品を書き上げるのに要した時間はどのくらいでしたか。
「バス停夜想曲」は今回の収録作のなかでいちばんはじめに書いた作品で、大まかに言えば三回の大きな手直しをしたのですが、手直しのあいだにほかの作品に取りかかったりしたため正確な時間は分かりかねます。ぜんぶで三ヶ月ぐらいでしょうか。
――ちなみにこの作品のタイトルは、イアン・マクドナルドのSF小説『火星夜想曲』を意識されていましたか。
もしそうであるならあの作品について何かコメントがありましたら。そしてそのタイトルを引用された意図などありましたら。
「バス停夜想曲」はアントニオ・タブッキの『インド夜想曲』からすこしインスピレーションをもらったので、そこからタイトルを引用しました。しかし某大手ECサイトであらすじを読んでみたのですが、『火星夜想曲』にもなんとなく雰囲気が似てそうです。さっそく読んでみます。
――(前の方の質問とかぶって恐縮ですが、また大変失礼な問いであると恐縮しつつ伺うのですが)マクドナルドに限らず、この作品に影響を与えていると考えられる先行作、あるいは作家がありましたら。
フリオ・コルタサルなどです。また、ディエゴ・リベラの壁画にも影響を受けました。
――「バス停夜想曲」では、一点突破的着想、ルールと逸脱、ディテイルの耕しといった点で他の4作と共通していますが、「語り手を複数にしたこと」「複数の語りが現れては消えていくこと」「その連続において、とある幻想的景観の誕生と消長を描いていること」という点で、新しい境地へ進まれたと思います。
本作執筆の段階では書籍デビューも視野に入れておられたのではとも思いますが、本作を執筆するにあたって、心中期しておられたこと、目標として設定されていたこと、がありましたらお聞かせください。
前述のとおり、書き直しにつぐ書き直しだったので、ほかのことはあまり考えず、ただ必死に書いていました。あえて言うなら、心中にあったのは、果たしてこの作品は読者に受け入れてもらえるのか、狙い通りブッカー国際賞は取れるだろうかという幾ばくかの不安でしょうか。
――さいごに書店の店頭で本書を手にとる読者に、ひとこと。
どうも初めまして。
***
石川宗生さん『半分世界』(創元日本SF叢書)は1月22日頃発売予定です。お楽しみに!
(2018年1月22日)
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