2017年11月に刊行される『サーチライトと誘蛾灯』は、第10回ミステリーズ!新人賞を受賞した表題作を含む、ミステリ連作集です。その刊行を記念し、著者の櫻田智也氏に執筆秘話をメールでお伺いしました。

――まず本作の基本設定は、昆虫好きのとぼけた青年・魞沢(えりさわ)が、行く先々で事件に遭遇し、探偵役として真相を解くスタイルです。その形式はどのようにして決めたのでしょうか?

1話目の「サーチライトと誘蛾灯」を書いていた頃、山間の町に住んでいました。夏の夜に散歩にでれば、街灯の下でカブトムシやクワガタムシを簡単にひろうことができる。それは、かつて少年だったぼくにとって、心はずむ体験でした。夜の公園に集う人間たちの話を書こうとしたとき、ある人物の目的が昆虫採集だというのは、とても自然な登場の仕方に思えたんです。

――悲しい真相の事件があっても、ひょうひょうとした魞沢の姿勢に救われるところもあります。魞沢はどのようにして誕生したのでしょうか?

「サーチライトと誘蛾灯」は、チェスタトンの短編集『ブラウン神父の秘密』のなかの「大法律家の鏡」で、神父が詩人について語る場面から着想を得ました。ぼくはホームズ型よりブラウン神父型の探偵が好きで、魞沢くんにもそういった雰囲気をもたせたいと考えました。仕上がってみると、思った以上に饒舌で小憎らしい感じになってしまいましたが。
温泉ガイドブックでみつけた「魞の湯」という浴場が、彼の名前の由来です。

――本作に収録されている5編は、どれも昆虫が重要なモチーフになります。それはどのようにして決めたのでしょうか?

連作にするからには、探偵役の魞沢くんが登場する理由が必要です。1話目の彼の様子からして、それは虫以外になさそうでした。ただ5話目の「アドベントの繭」については、彼が教会を訪ねる動機を虫と結びつけることができなかったので、1話目のエピソードと絡める形で礼拝にでかけてもらいました。

――ご執筆する際は、トリックから思いつくのでしょうか。それとも、ストーリー、キャラクター、モチーフのどれかでしょうか?

ミステリ的なトリックは、どの話にもほとんどないのですが、たとえばある人がある理由から嘘をついていたというような、真相の部分から思いつきます。次に、そのことで起こるちょっとした誤解や違和感はなんだろうと考え、それを解くために必要な手掛かりをどうやって探偵役に与えるかで今度は悩みます。ストーリーやキャラクターは手掛かりを検討するうちにできてくるように思います。このあたりまで決められたら、作品になりそうな気がしてくるので、文章を書きはじめます。で、書きはじめてから上手くいかないことに気づき、冒頭数ページを半泣きで何度も書きなおします。

――事件の舞台も、夜の公園、人気のない高原、街外れのバー、川沿いの町、雪降る街の教会など様々ですね。

最初の2話は魞沢くんが昆虫をさがしにやってきた場所が舞台だったので、3話目以降はちがう設定にしたいと考えました。そうすることで、季節にも変化を与えたいという思いがあったんです。四季の順に収録されているわけではありませんが、1話目が夏、2話目が春、3話目が秋、4話目と5話目が冬になっています。

――本作は、キャラクター同士のユーモアにあふれた掛け合いも魅力です。執筆する上で工夫した点、あるいは苦労した点はありましたか?

正直、文字上の会話でやりたかったことは1話目でほとんどやってしまいました。2作目以降で同じことを繰り返しても仕方ないし、無理に笑いの要素を入れようとすると本筋と無関係なドタバタになりかねない。結果的に、1話目と5話目ではずいぶん異なる印象になったと思います。

――本作でのお気に入りのキャラクターはいらっしゃいますか?

キャラクターでいうなら「サーチライトと誘蛾灯」の登場人物はみなイキイキしていて好きです。書いてから時間が経つので、他人の作品のような気がして読んでいて楽しい。 2話目の「ホバリング・バタフライ」を経て、できるだけ人間を、それもありふれた人間を描こうとした3話目「ナナフシの夜」は、どの人物も個人的に印象深く、最後の場面で魞沢くんが差しだしたハンカチは、ぼくからのハンカチでもあります。

――書いていて楽しかったシーンはありますか?

序盤で作品中に潜り込ませた昆虫が、後半になって象徴的に顔を覗かせてくれたときは嬉しくなります。

――反対に、書くのが大変だったシーンはありますか?

魞沢くんはなぜこの場所にいるのか。なぜ事件に首を突っ込むことになるのか。なぜ推理を語る立場に置かれてしまうのか。虫は小説のなかに上手く紛れ込んでくれたのか。
魞沢くんは催促されないと自分の考えを話してくれないので、伏線の回収を進めていくための会話の流れをどうするのか。

――その他、お気に入り、あるいは印象的だったシーンはありますか?

3話目の「ナナフシの夜」は、構想のかなりはやい段階で最後のセリフを思いつき、そこに向かって物語をつくっていきました。4話目の「火事と標本」のラストは、『亜愛一郎の狼狽』のある短編へのオマージュです。気づいてもらえるでしょうか?

――選考などでは泡坂妻夫先生の作品との類似点も語られていますが、意識した点はありますか?

作品を包む雰囲気については、泡坂さんの初期短編をおおいに意識しました。泡坂風の「奇妙な論理」で挑戦してくるライバルはいても、みかけを似せてくる人はいないだろうと思ったからです。比較されて減点されるリスクより、「そっちを真似てきたか!」と面白がってもらえる可能性をとりました。

――あとがきでは、敬愛する泡坂妻夫先生への想いも語られています。ずばり、泡坂作品のどのようなところがお好きなのでしょうか?また、お気に入りの作品は?

真相へのヒントが提示されるタイミングのはやさと大胆さ。とくに<亜愛一郎シリーズ>や、『煙の殺意』に入っている「開橋式次第」のようなひょうきんな短編では、雰囲気自体が目くらましになり、大胆に記されている伏線が文章中で浮かない。そこを真似したいと考えました。
泡坂作品は、なんでも好きです。<亜愛一郎><海方><S79号>も、『妖女のねむり』『猫女』『旋風』も、『ゆきなだれ』『折鶴』『揚羽蝶』も、『トリック交響曲』『泡坂妻夫マジックの世界』『春のとなり』も、なんでもです。
いちばん印象に残っているのは、はじめて読んだ「DL2号機事件」。刑事が亜から送られてきた写真をみるラストシーンは、何度読んでも不思議と泣きそうになります。「サーチライトと誘蛾灯」にカブトムシがでてくるのは、この短編にもカブトムシがでてくるからです。

――泡坂作品以外で、お好きなミステリについてお聞かせください。

とにかくチェスタトンが好きで、泡坂さんの『亜愛一郎の狼狽』を手にとったのも、そのタイトルが<ブラウン神父シリーズ>を想起させたのが理由でした。「DL2号機事件」同様、「青い十字架」のラストでも、いつも泣きそうになります。
いちばん数を読んでいる作家は西村京太郎さん。『血ぞめの試走車』『夜の探偵』といったノンシリーズ、『ゼロ計画を阻止せよ』などの左文字シリーズ、『七人の証人』など初期の十津川シリーズ、どれも興奮して読みました。もっとも忘れがたいのは『終着駅殺人事件』。読後しばらく身悶えていました。
今年読んで面白かったのは、ウィリアム・ケント・クルーガーの『ありふれた祈り』と、連城三紀彦さんの『処刑までの十章』。良いミステリは、このまま謎が解かれなくてもいいからずっと読みつづけていたい……という気持ちにさせてくれます。

――今後の展望をお聞かせください。

作品集を1冊だしただけですので、なにか語っても展望ではなく妄想にしかならないような……。地道に書いていきます。はい。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

まとめるのにかかった4年という時間のぶん、可愛かった魞沢くんも、ほんの少し凛々しくなり、趣きの異なる物語が集まりました。
収録された5編はどれも、当代風のミステリであることより、オーソドックスな推理小説であることを意識して書いたものです(ミステリ・フロンティアというレーベルでそれはどうなんだという話だけれども)。ちぐはぐな会話がやがて結ぶ事件の焦点を、面白く感じてもらえたなら、これ以上の幸せはありません。
単行本のポップな装画は、1話目に登場するキャラクターを、舞台であるドングリ公園の周囲にぐるりと配置したイラストになっています。小説中の描写とはまたちがった解釈で各人がイラスト化されているので、読み終えたらぜひ、ぐるりと回して眺めてみてください。黒猫!?

――本日はありがとうございました。


櫻田智也(さくらだ・ともや)
1977年北海道生まれ。埼玉大学大学院修士課程修了。2013年「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞。軽妙な語り口と緻密な構成が光る、期待の新鋭。

(2017年11月6日)



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