ウィーンにあって唯一賞賛できるものは、ねたみ。
ウィーンにあって唯一満足できるもの、それは死だ。
――ヘルムート・クヴァルティンガー(俳優・作家・歌手)


みなさまこんにちは。いよいよ『探偵レミングの災難』(シュテファン・スルペツキ/北川和代訳/創元推理文庫)の刊行です! この作品、さまざまな魅力が満載の楽しいミステリなので、その一端をお伝えできればと思います。

まずはあらすじを……。

レオポルト・ヴァリシュ、あだ名は“レミング”。刑事時代、犯人の逃走車輛の前に思わず飛び出したのを集団自殺するネズミのようだと言われ、以来その名前で呼ばれている。訳あって警察を辞め、現在は興信所の調査員だ。ある日、浮気調査で元教師を尾行中、目を離した一瞬の隙に彼が殺害されてしまい……。後先考えないお人よしの探偵が、事件の真相を求めてウィーンを駆ける!

この「探偵レミング」のシリーズは今まで4作が刊行されており、オーストリアやドイツ語圏で人気を博しています。シリーズ第1作の『探偵レミングの災難』はドイツ推理作家協会賞新人賞(フリートリヒ・グラウザー賞)を受賞。そのほかの三冊も、すべて何らかの賞を受賞しており、2009年には映画化もされています。

まずはなんといっても主人公で探偵役の〈レミング〉のキャラクターがおもしろい! 彼は刑事時代、最低最悪の相棒に嫌気がさし、泥酔した結果自暴自棄になって町中を裸で走り回って懲戒免職になり、現在は興信所でしがない調査員をしています。そんな彼が浮気調査中に殺人事件に巻き込まれ、集団自殺する(と言われる)ネズミ、〈レミング〉と呼ばれるほどの後先考えない性格ゆえ、事件に深く足を突っ込んでいきます。

この〈レミング〉氏、ほんとーに後先考えないし、お人よしすぎるし、事件の捜査で高校に行ったときに暗い青春時代を思い出してしょんぼりしちゃうようなタイプなんですが、なんだか不思議と応援したくなる、とってもいい探偵なのです。やたらと不憫(ふびん)な目にあうのですが、それでもめげない。今回、わたくし担当編集者Sは、本書の編集作業中に、世の中には「不憫萌え」という感情もあるのだなあという新たな発見をしました。人生、常に発見があるものですね……。

本書のもうひとつの魅力、それはオーストリア、ウィーンが舞台ということです!! ウィーンについて詳しくなくても、行ったことがなくても、本書を読めば、その複雑で謎めいた街や文化を好きになること間違いなしです!! 本書を翻訳された北川和代先生の訳者あとがきでもこのように言及されています。

古い歴史と独特な文化を持ち、発展する現代ウィーンで育った人々は快活で諷刺(ふうし)好き。著者は、主人公の‟レミング”をはじめ、そうした愛すべきウィーンっ子たちを魅力たっぷりに描いている。……推理小説の構成に、ウィーンをめぐる多様な歴史的事柄が織りこまれている。著者のすぐれた知性が、本作を味わい深いものとしている。

この「探偵レミング」のシリーズはウィーンという街そのものが生き生きと描かれ、しかもそれが推理小説としての深みにしっかりつながっているのです。華やかに見える都市でも、その背景にはさまざまな歴史的事実や、知られざる秘密があるのですね。この記事の冒頭にあるクヴァルティンガーの文章は、本文で引用されていたものですが、まさに「ミステリの舞台」としてのウィーンという街を表すのにぴったりな表現だと思います。

ちなみに、わたしがウィーンと聞いて思い浮かんだのは、クラシック音楽と映画『第三の男』でした。特に『第三の男』で有名な観覧車は、本書でも印象的なくだりで登場するので、どうぞお楽しみに。

『探偵レミングの災難』は7月28日ごろ発売です。暑い夏、おうちに引きこもって読書にふけるには最適の一冊だと思いますので、ぜひお手にとってみてください!

(2017年7月26日)



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