『誘拐されたオルタンス』は小説論であり、小説の書き方を語る本でもあり、美しく魅力的なオルタンスとポルデヴィアの皇子の恋の物語であり、高貴な猫アレクサンドル・ウラディミロヴィッチの物語であり、ああ、とにかく素晴らしい。
 かつてこのシリーズの一作目『麗しのオルタンス』で、あのオルタンスの、そして、猫のアレクサンドル・ウラディミロヴィッチの魅力の虜(とりこ)になったあなたは、もちろんのこと、小説とは何かを考えているあなた、小説を書いてみたいと思っているあなたも、是非本書をお読みください。
 あ、そんなに面倒くさいものではありません。ちょっと気どって書いてみただけです。
 数学者、詩人、そして小説家、12月5日生まれのジャック・ルーボー氏のこの作品が、すべてをあなたに教えてくれます。と、私は思う。
 一作目『麗しのオルタンス』を先に読んでいたほうがいいのか?  そのほうがいいことはいいのです。オルタンスの恋の始まりが書かれていますし、図書館というものの特性についても詳しく書かれていますし(これはとてもためになります)、アレクサンドル・ウラディミロヴィッチがエウセビオス夫人の前に現われた当時のことも書かれていますし……。
 が、読んでいたからといって、何かがはっきりわかるわけではありません。
 本作から読み始めてもそれは同じ。わかってもわからなくても、オルタンスは魅力的で、猫たちも、犬も、ポニーも、謎の美青年たちも、あなたを混乱させ、惑乱させ、気がつけば、パリ・マレ地区のヴィエイユ・ド・タンプル通り界隈に似た街に置き去りにされている自分に気がつきます。
 いいですねえ……。
 誘拐されたオルタンス奪還の試みの場面を読む頃には、もう夢見心地で、ワクワクしながらページを繰っているでしょう。
 なんて素敵なミステリ……なのか?
 今回、尊敬する円城塔さんが解説を書いてくださいました。
 つまり、あなたはルーボー氏描くところのオルタンスをめぐる物語を、フランス人読者の数百倍楽しめるというわけです。
 数学の徒にして作家である円城さんの解説を読むことができないフランス人読者のみなさん、なんと気の毒な……。
 ところで、カバー絵に蝸牛(かたつむり)がいますが、この蝸牛は単なる飾りではなく、物語のとても重要な要素です。

(カバーイラスト=樋口たつの カバーデザイン=東京創元社装幀室)


(2017年2月16日)



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