東京創元社が主催しているミステリ短編を対象とした公募の新人賞、ミステリーズ!新人賞。
第1回の募集が始まって10年以上が経った2016年現在に至るまで、累計6000編を超える短編が応募されています。
そして、6000編もの応募作のなかから、これまで賞の栄冠を戴いた10人の才能――彼らの記念すべき第一歩となった10編のミステリ短編を集めて、二分冊にて刊行しました。〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉と題した、『砂漠を走る船の道』と『監獄舎の殺人』です。
ひとくちにミステリといっても舞台からその作風や用意されている仕掛け、読み心地まで実に様々です。『砂漠を走る船の道』紹介記事をあわせて読んでいただければ、ミステリーズ!新人賞ひとつをとっても、一作として似たものがないことがわかります。
〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉刊行を機に、多彩な魅力に満ちた受賞作の数々を改めてご紹介したいと思います。
『監獄舎の殺人 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』の巻頭に配される美輪和音「強欲な羊」は、それまでの受賞作とは違った雰囲気を纏った作品です。
旧家の屋敷で美しい姉妹が繰り広げる、邪悪な事件の数々。読者を惹きこんでいく語りの妙で、最後には奈落に突き落とされるような怖ろしさを堪能させてくれる作品です。
本作を表題とした連作ミステリ『強欲な羊』(創元推理文庫)のヒットを始め、11月には待望の新作『ゴーストフォビア』が文庫オリジナルで刊行されました。暗所恐怖症や人形恐怖症といったフォビア(恐怖症)を題材に、著者の本領が存分に味わえる連作ミステリになっています。
続く近田鳶迩「かんがえるひとになりかけ」は、歴代受賞作のなかでも一、二をあらそうトリッキーな作品。殺害された「私」が胎児となって意識を取り戻して母胎のなかで真相を探るという、新機軸の「幽霊探偵」を描いた異色作です。ほとんど類を見ない風変わりな設定から、更に予想もできない結末が待ち受けます。
『ミステリーズ!vol.79』に掲載された受賞後第一作「ちいさな尊厳のうた」は、本作とはひと味もふた味も違った、喜劇的なセンスが光る犯罪小説。受賞作からは想像もつかなかった筋運びの上手さに、次はどんなものを見せてくれるのか楽しみです。
喜劇的という点では、櫻田智也「サーチライトと誘蛾灯」も見過ごせない魅力があります。主人公の老人がボランティアで見回りをする公園に、深夜どこからともなくやってくる変わった人々。老人と彼らの一見とぼけた読み味のあるやりとりですが、その背後に仕掛けられたトリックには唸らされます。選評では、泡坂妻夫の名前も引き合いに出された、企みに満ちた一品です。
受賞後は〈ミステリーズ!〉誌上にて精力的に新作を発表、受賞後第一作「緑の女」は本格ミステリ作家クラブ編『ベスト本格ミステリ2015』にも選ばれました。第一作品集の刊行が待ち望まれます。
バラエティに富んだミステリ短編が肩をならべる本賞のなか、浅ノ宮遼「消えた脳病変」は、いまのところ唯一の医療ミステリにして、ストレートな謎解きが用意された本格ミステリでもあります。
患者が脳に抱えていた病変が、忽然と消えてしまった――脳外科の臨床講義で投げ掛けられた異様な謎を、初老の講師と学生たちがディカッションによって解き明かしていく本作。本業である医師としての経験が活かされたディテールの細やかさと、学生たちと一緒に読者も参加して推理しているような謎解きの醍醐味があります。
11月に刊行されて本作も収録している連作集『片翼の折鶴』では、医療+本格ミステリを切り拓いていく著者の実力が遺憾なく発揮されています。
そして、〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉の二冊が刊行された現時点で最新の受賞作である伊吹亜門「監獄舎の殺人」は、明治維新後の京都を舞台に置いた時代ミステリです。
翌日には斬首が決まっていた筈の死刑囚が獄中で毒殺されるという不可解な謎に、当時の司法卿であった江藤新平と司法少丞の主人公が挑みます。山田風太郎の明治小説のスタイルを汲みながら、この時代だからこその別解と余韻を残しています。
本作は、日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2016』と本格ミステリ作家クラブ編『ベスト本格ミステリ2016』の両アンソロジーに選ばれました。また、『ミステリーズ!vol.80』に掲載された受賞第一作「佐賀から来た男」は、本作で探偵役を務めた二人の出会いの物語になっています。
本書に名を連ねる五人は、まさにミステリの「これから」を築きあげていくであろう作家たち。最前線を走ろうとスタートダッシュを切った彼らの、輝かしい予感に満ちた短編集になっています。
『砂漠を走る船の道 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』と併読すれば、「ミステリーズ!新人賞」を軸に、この10年のミステリの潮流を定点観測することも出来るのではないでしょうか。
ミステリ小説の月刊ウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
第1回の募集が始まって10年以上が経った2016年現在に至るまで、累計6000編を超える短編が応募されています。
そして、6000編もの応募作のなかから、これまで賞の栄冠を戴いた10人の才能――彼らの記念すべき第一歩となった10編のミステリ短編を集めて、二分冊にて刊行しました。〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉と題した、『砂漠を走る船の道』と『監獄舎の殺人』です。
ひとくちにミステリといっても舞台からその作風や用意されている仕掛け、読み心地まで実に様々です。『砂漠を走る船の道』紹介記事をあわせて読んでいただければ、ミステリーズ!新人賞ひとつをとっても、一作として似たものがないことがわかります。
〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉刊行を機に、多彩な魅力に満ちた受賞作の数々を改めてご紹介したいと思います。
『監獄舎の殺人 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』の巻頭に配される美輪和音「強欲な羊」は、それまでの受賞作とは違った雰囲気を纏った作品です。
旧家の屋敷で美しい姉妹が繰り広げる、邪悪な事件の数々。読者を惹きこんでいく語りの妙で、最後には奈落に突き落とされるような怖ろしさを堪能させてくれる作品です。
本作を表題とした連作ミステリ『強欲な羊』(創元推理文庫)のヒットを始め、11月には待望の新作『ゴーストフォビア』が文庫オリジナルで刊行されました。暗所恐怖症や人形恐怖症といったフォビア(恐怖症)を題材に、著者の本領が存分に味わえる連作ミステリになっています。
続く近田鳶迩「かんがえるひとになりかけ」は、歴代受賞作のなかでも一、二をあらそうトリッキーな作品。殺害された「私」が胎児となって意識を取り戻して母胎のなかで真相を探るという、新機軸の「幽霊探偵」を描いた異色作です。ほとんど類を見ない風変わりな設定から、更に予想もできない結末が待ち受けます。
『ミステリーズ!vol.79』に掲載された受賞後第一作「ちいさな尊厳のうた」は、本作とはひと味もふた味も違った、喜劇的なセンスが光る犯罪小説。受賞作からは想像もつかなかった筋運びの上手さに、次はどんなものを見せてくれるのか楽しみです。
喜劇的という点では、櫻田智也「サーチライトと誘蛾灯」も見過ごせない魅力があります。主人公の老人がボランティアで見回りをする公園に、深夜どこからともなくやってくる変わった人々。老人と彼らの一見とぼけた読み味のあるやりとりですが、その背後に仕掛けられたトリックには唸らされます。選評では、泡坂妻夫の名前も引き合いに出された、企みに満ちた一品です。
受賞後は〈ミステリーズ!〉誌上にて精力的に新作を発表、受賞後第一作「緑の女」は本格ミステリ作家クラブ編『ベスト本格ミステリ2015』にも選ばれました。第一作品集の刊行が待ち望まれます。
バラエティに富んだミステリ短編が肩をならべる本賞のなか、浅ノ宮遼「消えた脳病変」は、いまのところ唯一の医療ミステリにして、ストレートな謎解きが用意された本格ミステリでもあります。
患者が脳に抱えていた病変が、忽然と消えてしまった――脳外科の臨床講義で投げ掛けられた異様な謎を、初老の講師と学生たちがディカッションによって解き明かしていく本作。本業である医師としての経験が活かされたディテールの細やかさと、学生たちと一緒に読者も参加して推理しているような謎解きの醍醐味があります。
11月に刊行されて本作も収録している連作集『片翼の折鶴』では、医療+本格ミステリを切り拓いていく著者の実力が遺憾なく発揮されています。
そして、〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉の二冊が刊行された現時点で最新の受賞作である伊吹亜門「監獄舎の殺人」は、明治維新後の京都を舞台に置いた時代ミステリです。
翌日には斬首が決まっていた筈の死刑囚が獄中で毒殺されるという不可解な謎に、当時の司法卿であった江藤新平と司法少丞の主人公が挑みます。山田風太郎の明治小説のスタイルを汲みながら、この時代だからこその別解と余韻を残しています。
本作は、日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2016』と本格ミステリ作家クラブ編『ベスト本格ミステリ2016』の両アンソロジーに選ばれました。また、『ミステリーズ!vol.80』に掲載された受賞第一作「佐賀から来た男」は、本作で探偵役を務めた二人の出会いの物語になっています。
本書に名を連ねる五人は、まさにミステリの「これから」を築きあげていくであろう作家たち。最前線を走ろうとスタートダッシュを切った彼らの、輝かしい予感に満ちた短編集になっています。
『砂漠を走る船の道 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』と併読すれば、「ミステリーズ!新人賞」を軸に、この10年のミステリの潮流を定点観測することも出来るのではないでしょうか。
(2016年12月27日)
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