みなさまはミステリーズ!新人賞をご存知でしょうか。
 東京創元社が主催する、ミステリ短編を対象とした公募の新人賞である本賞は、2003年に「ミステリーズ!短編賞」という名称で募集が始まり、2005年に「ミステリーズ!新人賞」に改称、2016年現在に至るまで累計6000編以上もの短編が応募されています。

 これまで、累計6000編もの応募作のなかから10編が賞の栄光を摑み、それを出発点として10人の才能が登場しました。
 この度、歴代受賞作だけを集めた作品集が、二分冊にて刊行されました。〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉という題を副えた、『砂漠を走る船の道』『監獄舎の殺人』です。

 ひとくちにミステリ短編といっても、謎解きに真っ向から挑んだ作品から、風変わりな設定が読者の意表を突く作品まで、ジャンルも歴史、ユーモア、奇妙な味……と様々です。 〈ミステリーズ!新人賞受賞作品集〉刊行を機に、多彩な魅力に満ちた受賞作の数々を改めてご紹介いたします。


『砂漠を走る船の道 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』の劈頭を飾るのは、ミステリーズ!新人賞最初の受賞作である高井忍「漂流巌流島」
 居酒屋の片隅で酒杯を傾けながら、時代映画のプロットを練る駆け出しのシナリオライターと監督。宮本武蔵と佐々木小次郎が剣を交えたという、かの有名な「巌流島の決闘」の真偽を推理していきます。
 本作を表題とした短編集『漂流巌流島』(創元推理文庫)は、同じ趣向で忠臣蔵や池田屋事件といった歴史上の出来事に隠されていた驚くべき真実を推理で導き出していく歴史ミステリ短編集になっています。

 次いで収められている秋梨惟喬「殺三狼」と滝田務雄「田舎の刑事の趣味とお仕事」は、同時受賞となった作品です。
 前者は少女と不思議な力を持つ老人が毒死事件の真相を追う異色の中華ミステリで、後者は田舎で起きた本ワサビ盗難事件と刑事の“趣味”をめぐるユーモアミステリ。 「殺三狼」を収録した『もろこし銀侠伝』をはじめとするシリーズは、ミステリに独自の分野を切り拓き、「殷帝之宝剣」『もろこし紅游録』所収)は第64回日本推理作家協会賞短編部門の候補にもなって評価を得ています。
「田舎の刑事の趣味とお仕事」も、受賞作を表題とした第一短編集をはじめ、2012年には板尾創路さん主演でTVドラマ化もされた人気シリーズです。現在〈ミステリーズ!〉に読切が掲載されている〈不良品探偵〉の連作では、笑いの腕にも一層磨きがかかって、ユーモアミステリの旗手としての期待が高まります。

 続く沢村浩輔「夜の床屋」は、二人の大学生が田舎の無人駅で遭遇した奇妙な出来事を描いた短編です。
 深夜、無人駅の傍に佇む理髪店から点る、ひとつの灯り。道に迷って待合室で野宿していた二人の大学生は、不思議な理髪店に興味を持って店を訪ねます。その顚末にひねりを加えつつ端正に仕上げた短編です。
 本作を表題とした第一短編集『夜の床屋』(創元推理文庫)を読めば、その変幻自在なアイディアの数々に唸らされること間違いないでしょう。

 そして、表題にもなっている巻末の梓崎優「砂漠を走る船の道」では、「夜の床屋」ののどかな日本の田舎から、遠く砂漠の地へ物語が飛びます。
「砂漠の船」と呼ばれるラクダに乗って、行商のためサハラ砂漠を渡るキャラバン(商隊)。雑誌の取材のため同行していた主人公は、旅のさなか、砂漠のまんなかで殺人事件に遭遇します。同行者たちが次々と凶刃に倒れるなか始まる砂上の犯人探しに、謎解きの醍醐味が存分に味わえる一編です。
 本作を収録した連作短編集『叫びと祈り』は、各種年末ミステリ・ランキングの上位や2011年本屋大賞にノミネートするなど、破格の評価をもって迎えられました。
 その後、著者の第一長編『リバーサイド・チルドレン』の第16回大藪春彦賞受賞も、記憶に新しいのではないでしょうか。


 ここまでご紹介した五編のそれぞれ、ふたつとない個性を有した受賞作ばかり。
 五人の新鋭たちの輝かしい原点を一冊に綴じ込めた贅沢な短編集になっております。

 そして、第7回から最新第12回の受賞作全五編を収録した『監獄舎の殺人 ミステリーズ!新人賞受賞作品集』。これからのミステリの新時代を担う作家たちの才気あふれる作品群は、また別の記事にてご紹介します。

(2016年12月21日)



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