〈心のガンマン〉&〈心の名探偵〉必読の書。
全著書をいつも参考にさせて頂いている小林さんが、
ミステリと銃に関するとびきりのエッセイを書かれた。
今宵は脳内西部か脳内暗黒街のバーでグラスを傾けながら
至福の読書としゃれ込もう。
――作家・月村了衛氏、推薦

 小説やコミック、映画でおなじみの小道具「銃」。日本国内ではそうそうお目にかかれないものですが、フィクションの世界では――とりわけミステリやサスペンスでは――まさに欠かすことの出来ない「名脇役」です。
 しかし、これほどまでに描写が難しい小物もなかなかないと思います。そもそも、拳銃と散弾銃と機関銃の違いってなに? 9ミリ口径と38口径、45口径はどう違う? リボルバーとオートマチックって、形以外に違いはあるの? などなど、初歩的なことだけでもたくさんの疑問が湧きます。



 例えば、あなたが小説を書いていて、ある人物が銃殺されるシーンが必要とします。銃を構え、被害者に銃口を向けて引き金を引く――さて、それでいいのでしょうか?  銃の種類は……拳銃として、ええと、オートマチック銃でいいや。安全装置を外す。あれ、どこについてるの? 撃鉄を起こす……いや、そもそもその銃はシングル・アクション? それともダブル・アクション?
 と、こんな単純なことですら、混乱を来すほど説明に困ります。
 では銃社会であるアメリカの小説であれば、銃の描写は正しいのか――いいえ、「実際に銃を扱ったことがある人」でさえ、銃器描写を誤ってしまうこともあるのです! また、銃器用語の独特さもあり、英語に堪能というだけでは、正しく翻訳することも難しい。  そんなとき、翻訳者や編集者、校正者が銃の構造に通じていれば、誤りを回避することが可能です。
「銃」を扱うシーンは理屈抜きに格好いいもの。その格好良さを最大限に引き出すためには正確な描写が不可欠です。


 現在、サバイバルゲーム・ブームの影響もあり、沢山の銃器解説書が刊行されています。カラー図版がたくさんあるもの、事典形式のものなど、用語から引けたりDVD付だったりと、優れた解説書は数多いのですが、本書は特に「活字を読む読者のために」エッセイ形式で書かれた、初心者にとても優しい解説書なのです。
 図版がたくさんあっても、どこから読めばいいかわからない。映像を見ても、活字でどう表現するべきかわからない――そんなあなたに贈る、名翻訳家にして銃器研究家による最新の一冊。ぜひお手元に置いて参照してください!


 ちなみに、担当者が銃に興味を持ったきっかけは、朝日新聞に連載されていた「カラシニコフ 銃・国家・ひとびと」という記事を読んだ事です。取り扱いが容易でかつ安価で壊れにくい「カラシニコフ」銃――AKの存在が、戦争の質を大きく変えたことが取り上げられました。
 また、当時健在だったカラシニコフへのインタビュー(これが単に設計者としての責任を追及するものに終わらず、「なぜ」AKが生み出されなければならなかったか考えさせられる、非常に深いものです)や、AKがアフリカにもたらした混乱も追っていきます。
 その後、この連載は『カラシニコフⅠ・Ⅱ』(朝日文庫)にまとめられました。銃という一つの工業製品をキーワードに、人と世界を読み解いていく素晴らしいルポルタージュで、銃器のみならず、国際紛争に興味のある人にとっても必読の本と言っていいでしょう。強くお勧めします。

 もう少し柔らかい話題を。工業製品として興味深いのは、よく海外ドラマや小説に出てくるオーストリアのポリマーフレーム銃「グロック」です。この銃は安全装置がトリガーと連動しており(トリガー・セーフティ)、引き金を引く動作で安全装置が解除されるという、ピタゴラ装置のようなアイデアが光る一品で、こういう工夫が銃の種類によって異なるところなどが個人的には大好きです。ダン・シモンズの小説でしょせんプラスチックとかdisられていましたが、素っ気ない形状もふくめて「いいな」と思う銃の一つです。


(2015年7月6日)




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