〈ミステリーズ!〉で好評不定期連載中の、「也寸美くんと朧月」(vol.30掲載作)、「也寸美くんの祝辞」(vol.32掲載作)に続くシリーズ最新作が〈webミステリーズ!〉に登場。
「也寸美くんって誰?」というシリーズ未読の方も、ぜひ「インタビュウ」から「也寸美くん名演技」へとお進み下さい。勿論既読の方も。




 約束の時刻にすこし遅れ、ホテルの会合室に入ってきたのは、トレイドマークのつもりであろう山高帽をかぶり黒眼鏡を掛けた、くだんの人物――ここでは通称どおり「也寸美くん」としておこう――と、そのマネージャーだという白髮をおかっぱにした老女。名刺の、白洲星音【しらすほしね】なる露骨な偽名に、うっかり噴き出しそうになる。「也寸美くん」からの名刺の呈示は無し。
 ふたり、革張りの長椅子に腰掛け、きょろきょろと部屋のなかを見回している。記者、向かいに坐って、テーブルにヴォイスレコーダーと、「也寸美くん」の最新刊を置く。

記者:この度は、弊誌のためにご足労いただきまして――。
也寸美くん:え、雑誌にも載るの?
記者:いえ、ウェブマガジンのみです。
也寸美くん:そう。でもいいよ、雑誌にも載せちゃって。
白洲星音:その場合も写真は背後からですよ。
也寸美くん:本業に差し支えるからね。
記者:生憎と弊社には雑誌がございませんで。
也寸美くん:「奇談!」は?
記者:あれには雑誌コードが無いんです。定期刊行する書籍、という扱いなんです。
也寸美くん:雑誌のような書籍なのか。逆に、書籍のような雑誌ってのもあるの?
記者:あり得ますね。どういう利点があるのか、想像がつきかねますが。
白洲星音:本棚で見映えがしますね。
也寸美くん:上製ならブックエンドが無くても立つしね。
記者:気づきませんでした。ええ、そろそろ本題に入らせていただいても?
也寸美くん:すぐ廃刊になっても無様じゃないし。
記者:(几上の本を示して)ご著書のお話をさせていただいても――?
也寸美くん:雑誌みたいな体裁にすればよかったかな。
記者:個人的には、この装訂が素敵だと思います。
也寸美くん:色?
記者:色もですが、デザイン全般に。
也寸美くん:赤が派手過ぎない?
記者:綺麗だと思います。
也寸美くん:(驚いたように)へえ。
記者:内容に触れさせていただいても?
也寸美くん:実話かどうか? うん、ぜんぶ実話。訊きたいのってそこでしょ?
記者:あの、こちらが質問し、それにお答えいただくかたちで、差し支えないでしょうか。
也寸美くん:いいよ。次の質問をどうぞ。
記者:ええと、こんなふうに書かれてきたことが一切実話だとして、でも――大雑把な云い方になりますが――内容の多くが違法行為の記録ですよね。
也寸美くん:そんな大それたもんじゃないよ。立証する価値も無い、ささやかなぺてんさ。相手も騙されて仕方がないような奴ばかりだけど、いちおう名前はいじってあるし。
記者:しかしモデルが判然としている作品もある。名誉毀損と看做されれば、色々な問題が生じるのでは。
也寸美くん:大丈夫。だって嘘ばっかり書いてあるから。
記者:さっきは実話だと。
也寸美くん:だから嘘の実話。もしくは実話の嘘。
記者:矛盾しておられます。
也寸美くん:狐雨みたいなもんだよ。晴れなのに雨。
記者:すなわち、巧みにフィクションを織り交ぜてあると?
也寸美くん:そんな面倒なことはしないよ。実話だけど、おれの著作。その時点で狐雨じゃない?
記者:(嘆息して)質問の角度を変えましょう。年齢、性別、出生、一切不詳。このプロフィールは、内容にまつわるトラブルの回避策ですか。それとも話題づくりのための戦略?
也寸美くん:おれもよく知らないんだ。それだけ。
記者:性別さえも?
也寸美くん:あなたは知ってるの? 自分の性別。
記者:ええ、もちろん。念のためですが、男です。
也寸美くん:女かと思ってた。
記者:ご冗談を。ひるがえってわたしの目に、あなたは男性ぶっている女性にしか映っていませんが。
也寸美くん:男性ぶっている女性ぶっている男性かも。
記者:を演じている女性にしか。
也寸美くん:人間ぶっている犬が猫被っているのかも。
記者:少なくとも犬や猫ではない。だってあなたは人間の、しかも女学校を出ていらっしゃる。四角整美【よすみまさみ】さん、ご存知ですね?
也寸美くん:(ぎょっと身を引いたのち、取り繕うような笑みを泛べ)――あの几帳面そうな女。いまどうしてるの?
記者:弊社で校正を担当しています。彼女、女学校時代のあなたをよく憶えているそうです。名前は海原翠【うみばらみどり】。成績優秀な生徒さんで、とりわけ得意だったのは――。
也寸美くん:待ってよ。慥かに四角さんのことは憶えているけど、学校で出合ったなんて一言も云ってませんが。
記者:では、どこでお知り合いに?
也寸美くん:たしか――SM倶楽部で意気投合して、部屋に遊びにいったんだよ。これがぐっちゃぐっちゃの汚い部屋でさ。
記者:彼女がSM?
也寸美くん:変? あ、詳しく知りたいのか。ねえSだと思う? Mだと思う?
記者:どっちなんですか。
也寸美くん:本人に訊きな。怒るかも。でも怒っているふりして内心喜ぶかも。
記者:――ともかくです、彼女の記憶によれば、海原さんには双児の兄もしくは弟がいた。しかし病弱で、気の毒にも若くして亡くなってしまった。
白洲星音:失礼ですが記者さん、立ち入りすぎじゃございませんこと?
也寸美くん:いいよ、続けて。
記者:その男きょうだいの、遺志を継ぐと申しますか、生前の夢想を代わって叶えようとしているのが、現在のあなたではないかと。
也寸美くん:そう四角さんが?
記者:ええ。しかし今ではわたしたちの、共通の見解でもあります。
也寸美くん:確認のため云っておくけど、慥かにおれは四角さんを知っている。一方彼女のほうは、おれを誰かと混同しているようだ。変に馴れ馴れしいと思ってた。
記者:あなたは海原翠ではない、と。
也寸美くん:そんな人、知らない。でもちょっと興味が湧いてきた。ねえ、死んだのって本当に双児のほうなのかな。死んだのは彼女で、その兄弟が代わって学校に通ってたって可能性は?
記者:女学校ですよ。
也寸美くん:だからこそ、おれならぜひ通ってみたいけど。
記者:身体検査だとかあるでしょう。
也寸美くん:あ、分かった。本当は両方とも生きてたんだよ。で、適当に入れ替わりながら暮らしていた。
記者:亡くなったのが翠さんであれ、両方とも生きていたんであれ、別人が代わりに通ってきたなら、いくらなんでも気づかれるのでは。男女の双児なら二卵性ですし、少なくとも身近な友人には。
也寸美くん:じゃあみんな、気づきながら黙ってたのかも。
記者:なんのために?
也寸美くん:例えば、全員が弱味を握られていた。
記者:(相手の口調に一瞬怖じけるも、やがて身を乗り出して)具体的には、どんな?
也寸美くん:即座には思い付かないな。ねえ、おれの口から出任せを、現実と混同してませんか。もっとも、ここまでの話を四角さんに伝えてみるのは一興かも。どんな反応を見せるかな。
記者:(準備してあった以降の質問の、無駄を悟り、手帖を閉じて)ここでいったん撮影とさせていただきましょうか。別室で待機しているカメラマンを――。
也寸美くん:もうやってるでしょ。
記者:は?
也寸美くん:あのワゴンの上のフラダンス人形。腰簑の下になにか隠してある。違う?
白洲星音:あら厭だ、カメラ? 真正面じゃないの。背後からでお願いします、と申し上げましたのに。
記者:とんでもない。ご提示の条件は厳守しています。なぜそんなふうに思われるのですか。
也寸美くん:おれならあそこに隠すから。
記者:ご覧に入れましょうか。(立ち上がり、ワゴンの人形を取って戻り、突き出して)どうぞ、お確かめを。
也寸美くん:(人形をひっくり返して眺め、振って音を聞き)――普通の人形ですね。
記者:ご納得いただけましたか。ではカメラマンを呼んでまいります。
也寸美くん:あ、オキュパイド・ジャパン製だ。これ貰ってっちゃっていいかな。
記者:ホテルの備品でしょうから、それは困ります。

 隠し撮りと云うといかにも不穏だが、ひとつご理解いただきたい、お互い、狐と狸の化かし合いを覚悟しての対峙だった。また記者の期待どおり、紳士的な会合でもあった。
 事前の僅かな遣り取りからも「敵」の人を喰った、それでいてどこか律儀な気質は明らかで、よって我々はこう心算していたのである。もし映像をまんまと録りおおせたならば、最後の最後に、事実を審らかにしよう。すると先方はその点における敗北を認め、映像のせめて一部は、ウェブでの公開を認めてくれるのでは――と。
 カメラの設置に関して、我々は事前の約束を厳守していた。撮影は背後から。しかし、静止画に限るとは指定されなかった。よって我々は「敵」に坐ってもらう長椅子の、背面の壁に、CCDカメラと集音マイクを仕込んだ。フラダンス人形は、視線をそちらに向けさせるためのいわば囮で、記者が持ち込んだ私物である。
 壁の中央に掛かった、一見すると切子の一輪挿は、弊社専属のカメラマン枕崎【まくらざき】の力作だった。つるつるに磨かれた表面がいかにも硝子めいているが、工作用の合成樹脂製。一面がごく薄くなっており、その向こうにカメラのレンズ、底面には高感度マイクが潜んでいる。挿されたガーベラはよく出来た造花である。茎はアンテナで、映像と音声は別室にいる枕崎のノートパソコンに転送、記録されていた。
 記者は枕崎を呼び出すべく、またそれまでの撮影の首尾を確認すべく、彼が待機している部屋へと移動した。
「どうだ? 録れてるか」
 灯りを落とした室内で、パソコンを食い入るように見つめている枕崎に問う。その表情の硬さに気づいて、吐息し、
「失敗か」
「録れてますよ。映像も音も、きれいに録れてます。ただ――」
「なんだ」
「さっきからこっちを向いてます。明らかにカメラを。あ、帽子を取った」
 記者はパソコンに駆け寄った。ディスプレイ上の、山高帽を脱いだ「也寸美くん」は、記者の印象を裏付けるかのように、いっそう女めかしい――が、さっきまでの会話が記者のなかで尾を引いているのか、男が、ことさら女っぽくふるまっているようにも見えた。
 一方で白洲星音は、なにやら布で顔を拭っている。「也寸美くん」が道化るようにその白髪を引っ張ると、下から黒々とした本来の頭が現れた。そこに「也寸美くん」が帽子を被せる。
 ふたり、カメラに向かって手を振っている。取り急ぎ、元の部屋へと駆け戻った記者だったが、はや蛻【もぬけ】の殻で、フラダンス人形も消えていた。



〈ミステリーズ!〉で好評不定期連載中の、「也寸美くんと朧月」(vol.30掲載作)、「也寸美くんの祝辞」(vol.32掲載作)に続くシリーズ最新作が〈webミステリーズ!〉に登場。
「也寸美くんって誰?」というシリーズ未読の方も、ぜひ「インタビュウ」から「也寸美くん名演技」へとお進み下さい。勿論既読の方も。



津原泰水(つはら・やすみ)
作家。1964年広島県生まれ。青山学院大学卒。89年より津原やすみ名義で少女小説を多数執筆。97年、現名義で『妖都』を発表、注目を集める。主な著作は『蘆屋家の崩壊』『ルピナス探偵団の困惑』『綺譚集』『赤い竪琴』『ブラバン』『ルピナス探偵団の憂愁』などがある。最新刊は『たまさか人形堂物語』。
http://www.tsuhara.net/