●『エクソダス症候群』が生まれるまで

 『エクソダス症候群』は、ずいぶん前から構想されていたんですよね。きっかけは何だったんですか?

宮内 最初にアイデアを思いついたのは、かれこれ14年ほど前です。さきほど少しお話ししたように、大学を出た当時のわたしは、就職活動もしないでアルバイトをしていたんです。そのときは、本が読める職場はないかと、いつ閉店してもおかしくないようなワンゲーム20円のゲームセンターに勤めていました。
 何しろ考える時間だけはありますから、自分のこの意識はどこから来るのだろう、とか、自分のこの認識は正しいのだろうか、とか。SFを読むような方でしたら、きっと誰しも一度は考えるだろうことを、また改めて……。そういったことを、外の景色をぼんやり見ながら考え、さらにそこから資料を集めて、妄想をちょっとずつノートに書きためていったのが、この『エクソダス症候群』の原型でした。

 今日は創作ノートを持ってきてくださったんですよね。

宮内 はい。当時のノートはどこかにいってしまったんですが、今回、この長編を書くにあたって新たに用意した創作ノートを持ってきました。

 この図はなんですか?

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宮内 精神医学の歴史を自分なりにまとめたものです。仮にフロイトを源流として先頭に置くとして、そこからドイツ方面に行くとユングやら、そういった並びにつながっていく。逆にアメリカに亡命したひとたちも精神分析を継承し、紆余曲折を経てようやく少し科学っぽくなってくるのですが、そこにまたロボトミーが発生してきて、他方にはまた、神秘主義的なトランスパーソナル心理学が生まれ……。つねに科学とオカルトの間を行ったり来たりしているようなところがあり、それがまた面白いので、全体像を把握してみようと図にした次第です。

 見ているだけでワクワクしてきますね。いずれ『エクソダス症候群』の限定版をつくって、付録につけたらどうですか? 専門家に注をつけてもらって。

宮内 専門家の目に耐えるものかどうかは、ちょっと。むしろ、あそこが違う、ここが違う、と指摘されそうです(笑)。
 このノートがまた、中二病ワード満載なのです。もう一つの図は、関連要素を2次平面にまとめたものなのですが、左下には「神話へのエクソダス」と書いてあるのですが、右下には「科学へのディアスポラ」とあります。

 かっこいいじゃないですか。

宮内 精神医学は、神話方面にエクソダスしていくひとたちと、科学方面にディアスポラしていくひとたちに分かれているのではないか、と勝手な仮説を立てまして、それで、真ん中にとりあえずフロイトを置き、周りに構造主義だのロボトミーだのを配置したところ、このような図が出来上がりました。

 SFファンはこういう見取り図が好きですよね。宮内さんは、いつも創作ノートを作ってから書き始めるんですか? 

宮内 作品によります。今回はテーマがテーマですので、先に計画を立てないと、とてもじゃないけれど進められないと思い、ノートを作りました。短編ひとつとっても、綿密に計画したものもあれば、勢いで書いたものもあります。『盤上の夜』を例に挙げると、表題作はかなり考えてプロットを練ったのですが、麻雀を題材にした「清められた卓」という話は、とにかく麻雀が好きだという勢いだけで、1日に100枚くらい書きました。あのときのスイッチをもう一度入れたいです(笑)。

 創作ってだいたい思い通りにいかなくて、うまく行き始めたら早いとは聞きますね。

宮内 その点で、『エクソダス症候群』は、だいぶ時間がかかってしまいました。精神医学とテラフォーミングという、答えの出しにくいテーマを二つも抱えてしまったので。




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