心の栄養、心のビタミン

山本弘 hiroshi YAMAMOTO



 前にも書きましたが、このシリーズでは僕自身の青春時代の思い出と、現代の若者たちの青春をミックスして描いています。現代の若者の参考にしているのは、もっぱら、うちの娘です。
 いやー、中高一貫のインターナショナル・スクールに通わせたのは正解でしたね。普通の学校ではありえない変わったエピソードばかりで、ネタに困らない!
 特に今回出てきたワンダー・ウィーク。名前は変えてありますが、本当にこんな行事のある学校なんですよ。信じられないでしょ? 事実は小説より奇なりです。
 作中のエピソードにしても、娘の実体験をしばしば使わせてもらっています。三巻の『世界が終わる前に』で、小学生時代の寿美歌(すみか)が、芦辺拓(あしべたく)さんの『電送怪人』(学研)を夢中で読みふけったというくだりも、実際に娘の小学三年の時のエピソードです。すっかりのめりこんでしまい、「早く寝なさい」と言っているのに「最後まで読みたい」とだだをこね、結局、午後一〇時過ぎまでかかって読み終えた……というのも、まったく作中の通り。
 もっとも娘の場合、寿美歌のようなミステリ・マニアにはならず、立派な腐女子に育つんですが(笑)。反抗期なんてものとは無縁の、元気だし素直だし聞き分けのいい娘なんですけどね。今は大学生ですが、しばらく前から『刀剣乱舞』にハマっていますし、今年(二〇一七年)は『宇宙戦隊キュウレンジャー』のスティンガーにハマってしまい、休日になるたびに関西一帯の遊園地の戦隊ショーを回る日々です。
 小さい頃から僕といっしょにアニメを観てました。でも成人してみると、アニメにまったく抵抗はないものの、意外にアニメファンにはなってないんですね。今も観ているのはアニメ版の『刀剣乱舞』ぐらいです。
 他にもSFファンに育てようと企んで(笑)、いろいろSFを読まそうとはしたんですが、まったく興味を示しませんでした。SFは趣味に合わないらしいです。うまくいかないものです。いちおう僕の小説は読んでくれてるらしいんですが。
 なぜ腐女子になったのかというと、やはりこの巻でミーナの話として書いた平坂読(ひらさかよみ)『ラノベ部』(MF文庫J)がきっかけだったそうです。不思議ですね。『ラノベ部』ってたいしてエッチなシーンなんかないし、BLものでも何でもない作品なのに。
 
 今回の主なテーマはマンガとライトノベルです。
 近年、マンガやアニメの表現規制に関する議論が盛んです。表現規制を進めたい人たちは、自分の目から見て不快な要素があるとすぐ、「子供に悪影響を与える」と主張します。
 僕も創作者の一人ですから、小説やマンガに読者への影響力があることは否定しません。実際、僕の小説を読んで「影響を受けた」という人はいくらでもいます。下手なことを書いたら、悪影響だってあるでしょう。だから小説を書きながら、読者に悪い影響を与えないよう、常に肯定しないようにしています。他にも、小説のストーリーやテーマが@誤{あやま}って解釈され、犯罪につながることがないよう、配慮しています。
 今回、中学時代に空(そら)をいじめていた連中に仕返しをしなかったのも、それが理由です。いじめの犯人を痛い目に遭わせれば、読者はすかっとするでしょう。でも、それって暴力で問題を解決するのを肯定しているということで、一巻の『仮面ライダークウガ』についてのくだりで書いたことと矛盾するんじゃないのか……と判断して、やめにしました。そもそも現実のいじめ問題なんて、相手を殴って復讐すれば解決するなんて安直なもんじゃありませんしね。
 
 そもそも、創作物が読者に与える影響って、「エッチなシーンを読んだら性犯罪者になる」なんて分かりやすいものじゃ決してないんですよ。娘の例のように、まったくBLじゃない作品を読んでBLにハマっちゃうことがある。
 三巻にちらっと名前を出した松岡圭祐(まつおかけいすけ)『テレビもゲームも催眠術』(ジャパン・ミックス)は、松岡氏がまだ催眠療法カウンセラーだった頃の実体験を書いた本です。その中で、性的不感症の男性を治療するために、催眠術による年齢退行を試してみたら、その原因が五歳の時に観た『帰ってきたウルトラマン』だったと判明するくだりがあります。その男性は、ウルトラマンがナックル星人とブラックキングにやられるシーンを観て、子供心に性的トラウマになっていたんだとか。
 実はこういう子供向け番組で性的影響を受けた人って、けっこう多いんですよ。大槻(おおつき)ケンヂさんはウルトラセブンがボーグ星人に押し倒されるシーンで性に目覚めたそうです。岡田斗司夫(おかだとしお)さんは実写版『鉄腕アトム』で、アトムが胸の中の真空管を抜き取られるシーンで生まれて初めて勃起を経験したそうです。中村うさぎさんは五歳の時に観た人形劇番組『伊賀の影丸』で、お姫様が悪人に捕らわれて縛られるシーンで欲情したと言います。
 毎回、この〈BISビブリオバトル部〉シリーズで紹介する本はどれも、僕が読んで面白いと思った本ばかりです。なるべく健全な本を選んでいるつもりです。でも、人によって感性はみんな違いますから、同じ本を読んでも、読者が受ける影響は千差万別です。読者にどんな影響を与えるかなんて予想できません。
 ゴドウィンの「冷たい方程式」を読んで、少女が宇宙空間に放り出されて死ぬ場面に性的興奮を覚える子供だっているかもしれません。あるいは『アンネの日記』で、アンネが自分の性器の形を描写しているページをむさぼるように読む子供とか――絶対いますよね?
 だからマンガの中に女の子の裸が出てきたぐらいで「子供に悪影響が」と騒ぐのは滑稽なんです。裸の絵なんかなくても、ごく普通の子供向けのヒーローものや人形劇からでさえ、子供は性的に影響を受ける場合があるんです。
 ただけでエロい写真や絵なんかいくらでも見つかるこの世界で、マンガの絵の「悪影響」だけを論じるのに意味があるんでしょうか?
 
 性的な問題だけじゃありません。二巻の『艦これ』論争で、部長は「僕たちの発表を聞いて、戦争に興味を持って、本を読み漁って……その結果、戦争が好きになる人間がいないと断言できるか?」と危惧を表明しています。戦争の話はどうしても政治的な問題と関係していますから、そうした危険は避けられません。実際、反戦的な内容の映画からも、好戦的なメッセージやヘイトスピーチを(勝手に)読み取ってしまう人はよくいます。
 だからといって、そうした悪影響を与える可能性のある本を禁止することはできません。本を読まないことによる悪影響の方が、はるかに大きいでしょうから。
 僕は『ニセ科学を10倍楽しむ本』(ちくま文庫)の中で、食品にごく微量に含まれる有害物質を恐れることの愚かさを説き、このように書いています。

ママ「結局、何がいちばん健康にいいのかしら?」
パパ「そりゃあ、いろんなものをまんべんなく食べることだろう。野菜や魚や肉や乳製品をね。そうすれば栄養やビタミンはかたよらないし、有害な物質も体にたまらない。毎日、肉ばかり、お菓子ばかり、ファストフードばかり食べてたら、もちろん健康に悪い。でも、何日かにいっぺん肉を食べたり、たまにお菓子を食べたり、ファストフードを食べたりしたって、何も悪くはないよ。大人だったら、たまにお酒を飲んだっていいだろう。ほどほどの量ならね」

 これは身体の話だけじゃなく、心の栄養、心のビタミンについても当てはまると思います。
 本を読まなかったり、同じような本ばかり読んでいたら、心の栄養が偏って有害です。 マンガでも小説でもノンフィクションでもいい。いろんな本を読み、いろんな知識を身につけ、いろんな考え方に触れることで、子供は心のバランスが取れた人間に育つんじゃないでしょうか?

二〇一七年 七月 山本弘



山本弘(やまもと・ひろし)
1956年京都府生まれ。78年「スタンピード!」で第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選。87年、ゲーム創作集団「グループSNE」に参加。作家、ゲームデザイナーとしてデビュー。2003年発表の『神は沈黙せず』が第25回日本SF大賞の、また07年発表の『MM9』が第29回SF大賞の候補作となり、06年の『アイの物語』は第28回吉川英治文学新人賞ほか複数の賞の候補に挙がるなど、日本SFの気鋭として注目を集める(『MM9』は連続TVドラマ化もされた)。11年に『去年はいい年になるだろう』で第42回星雲賞を、16年に「多々良島ふたたび」で第47回星雲賞を受賞。他の著作に、『時の果てのフェブラリー』『シュレディンガーのチョコパフェ』『闇が落ちる前に、もう一度』『地球移動作戦』『アリスへの決別』など著作多数。 http://homepage3.nifty.com/hirorin/