ミステリは難しい!
山本弘 hiroshi YAMAMOTO
『BISビブリオバトル部』シリーズの第三巻をお届けします。
言うまでもなくBISは、実際のインターナショナルスクールを参考にしていますが、架空の学園です。こういう架空の団体の名前を考える際には配慮が必要です。たとえば作中に悪徳企業を登場させる場合、自分が考えた名前を執筆前に検索して、すでに使われていないか確認しなくてはなりません。後になって同名の会社があることが判明したら問題ですから。悪役でなくても、同じ名前の団体があるというのは、何かとまずいでしょう。
インターナショナルスクールの場合、GISやOISやKISといった三文字の略称で呼ばれることが一般的なんですが、検索してみたところ、日本国内ではまだ「BIS」が使われていないことが分かりました(海外ではババリアン・インターナショナルスクールとか、ブリティッシュ・インターナショナルスクールとか、いくつもあります)。それで「BIS」にしました。
失敗したなと思ったのは、発売後、BISを「ビス」と読む人が多いと知ったことです。確かにSpace Intruder Detectorを「シド」、Very Important Personを「ビップ」と呼んだりする例はありますが、インターナショナルスクールの場合、たとえばOIS(大阪インターナショナルスクール)を「オイス」、SIS(関西学院千里国際中等部・高等部)を「シス」と読んだりしないんです。「オーアイエス」「エスアイエス」です。理由? もちろん、「オイス」より「オーアイエス」の方が語感がかっこいいからでしょう。
前にも書きましたが、僕は実際に娘をインターナショナルスクールに通わせていましたので、BISを「ビーアイエス」と読むのは当たり前だと思っていました。でも、一般読者のほとんどはそんな慣習を知らないわけで、「ビス」と読んでもしかたがない。配慮が足りなかったかと反省しています。
今回からBISには「ビーアイエス」というルビを振ることにしましたので、そう読んでくださるようお願いします。
さて、今回は「空の夏休み」と「世界が終わる前に」の二本立てです。
本をあとがきから読むという方のために、ネタバレになりそうなことは書きません。これから読まれる場合、まず「空の夏休み」を読んでから「世界が終わる前に」をお読みいただくようお願いします。読む順序が重要ですので。
「空の夏休み」は番外編という扱いで、ビブリオバトルをやりません。その代わり、空のコミケ初体験をじっくり描きました。
僕は一九八〇年代後半、まだ晴海の東京国際見本市会場で開催されていた頃から、サークル参加を続けています。最近はマンガやアニメでコミケが登場する機会が増え、NHKの番組で取材が入ったりして、一般の人の知名度もかなり上がってきているんですが、まだ多くの人は表面的なことしか知らないようです。「メインはコスプレ」とか「売っているのはエロ同人誌ばかり」とか誤解している人も多いんじゃないかという気がします。
その一方、キャリーバッグのマナーとか見本誌提出とか一斉点検とか森林保護募金とか、コミケ参加経験者なら常識であることが意外に知られていないんじゃないか……と思って、こんな話を書いてみました。
作中に出した『日本版〈アメージング・ストーリーズ〉のすべて』は、僕が実際に二〇一四年の夏コミで出した同人誌です。一五〇部だけ刷って完売しましたので、もう在庫はありません。こういうドマイナーな題材を扱った同人誌って、刷りすぎると在庫を抱える危険があるので、部数を絞らなきゃいけないんです。何部刷るかでいつも頭を悩ませます。「これは売れる」と踏んで大量に刷った本がぜんぜん売れなかったり、逆に新刊が昼までに売り切れたり……。
作中でも書いたように、商業出版物のような制約がなく(マンガの性表現には最低限の規制はありますが)、自分が好きなように好きな本が作れるのが同人誌の魅力です。空が買えなかった18禁本『チャリス・イン・ハザード』も、自分ではものすごく面白い小説だと思ってるんですが、題材が題材だけに、出してくれる出版社がなくて……。
後半は特撮関係の本の話。登場する本はどれもおすすめのものばかりです。あいにく作中の時間が二〇一四年夏という設定なので、丹羽庭さんの『トクサツガガガ』(小学館)を出せなかったのが心残りです。あれは特撮好きならおおいに共感するマンガです。
もう一本、「世界が終わる前に」はミステリです。ミステリ関係の本がたくさん登場するだけでなく、話自体がミステリ仕立てになっています。
この話は苦労しました。僕はSFはたくさん読んでるんですが、ミステリはその一〇分の一も読んでいません。しかも「お互いに知らない本を紹介し合う」というのがビブリオバトルのコンセプトである以上、『シャーロック・ホームズ』シリーズや『オリエント急行の殺人』みたいな知名度の高い作品は出しにくい。逆に「そんな小説があるのか!?」「そんな本を出してきたか!」という驚きと意外性こそ、ビブリオバトルの魅力のひとつだと思うのです。
僕の読んだことのあるミステリ作品で、現代の高校生が読んでいても不思議ではなく、意外性があり、ミステリ・ファンの方にも納得してもらえて、しかもなるべくなら同じ傾向に偏らず、バラエティに富んだ内容で、ストーリーと何らかの関係があって……という自分で課した厄介な諸条件をクリヤーするために、ずいぶん悩みました。まあ、SFミステリが多いのは僕の趣味なんで勘弁してください(笑)。
本当は初野晴さんの〈ハルチカ〉シリーズ(角川文庫)とかも出す予定だったんですが、執筆開始直前にアニメ化の情報が入ってきて、しかも放映時期がこの本の出版時期とかぶることが分かって断念。さすがにテレビで放映中の作品を出すのはためらわれます。
僕としては、自分が好きな本をこの『BISビブリオバトル部』の中でアピールして、もっと多くの方に読んでいただきたいんですが、かといって有名になりすぎると紹介しづらいというジレンマがあります。特にマンガとライトノベルに関しては、「これ、書いてる最中にアニメ化されたりしない?」と、いつも冷や冷やしています。いや、〈ハルチカ〉のアニメには期待してるんですけどね(この文章を書いている段階では、まだ第一話を観ていません)。
もうひとつ、今回、難関だったのは、ミステリであること自体です。
書きながら、「ええっと、こう書いたらアンフェアにならないか?」とか「ここまで書いちゃったら読者に見破られない?」とか「ここを矛盾なく切り抜けるにはどうすればいいのか」とか、悩むこと悩むこと。『僕の光輝く世界』(講談社)もそうでしたが、読者にイメージさせたい絵と、作中で実際に起きていることが違ってるんですよね。書きながら常にその両方をイメージしてなくちゃいけないので、書いているうちに頭の中でごっちゃになってきて、もう大混乱。「違う! ここは本当は×××から見てるんだから、こう書いちゃいけないんだ!」とか、何度直したことか。書き上げた後も、編集さんから「ここでこんなことを書いたらバレる」と指摘されて、何箇所も直しました。
いやあ、本職のミステリ作家の方々は、こんな大変な作業を毎回毎回やってるんですね。頭が下がります。
私見ですが、ミステリの魅力は「騙される愉しみ」だと思います。読みながら頭の中に抱いていたイメージが、根底からひっくり返される快感。「ちくしょう、騙されたー!」と思わず叫んでしまう瞬間。それがミステリの醍醐味なんじゃないかと。
この小説を読んで「騙されたー!」と叫んでいただけたら、作者としてはこれに勝る喜びはありません。
いつも原稿をチェックしていただいている立命館大学の谷口忠大先生、およびビブリオバトル普及委員会の皆様に感謝いたします。
次の巻では、いよいよワンダー・ウィークと文化祭、全国高等学校ビブリオバトルの出場者選抜、そして登場人物たちの恋の行方と、大きな山場がいくつも重なって押し寄せてきます。最も波乱に満ちた巻になる予定。お楽しみに!
二〇一六年 一月 山本弘
(2016年2月5日)
■ 山本弘(やまもと・ひろし)
1956年京都府生まれ。78年「スタンピード!」で第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選。87年、ゲーム創作集団「グループSNE」に参加。作家、ゲームデザイナーとしてデビュー。2003年発表の『神は沈黙せず』が第25回日本SF大賞の、また07年発表の『MM9』が第29回SF大賞の候補作となり、06年の『アイの物語』は第28回吉川英治文学新人賞ほか複数の賞の候補に挙がるなど、日本SFの気鋭として注目を集める。11年、『去年はいい年になるだろう』で第42回星雲賞を受賞。 http://homepage3.nifty.com/hirorin/
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