昔の青春と現代の青春
山本弘 hiroshi YAMAMOTO
小学生の頃、父がよく中間小説誌を買ってきては、家の中に無造作に放り出していました。僕は自然とそれを読むようになりました。もちろん、載っているのはみんな大人向けの小説です。山田風太郎さん、梶山季之さん、宇能鴻一郎さんなどの、かなりエッチなシーンのある作品も、小学校五年ぐらいでごく普通に読んでいました。
でも、親からは何も言われませんでした。父が会社を潰してしまったせいで借金に追われたり、けっこう苦しい家庭事情でしたが、読書に関してだけはいい環境だったと思います。
ミステリや時代小説も読んでいましたが、中でもSFが好きでした。小松左京さんや星新一さんの作品を初めて読んだのも、父の買ってきた小説誌です。筒井康隆さんの「アフリカの爆弾」も雑誌で読み(〈オール讀物〉一九六八年三月号。初出時のタイトルは「アフリカ・ミサイル道中記」)、ターザンまで出てくるハチャメチャな展開に「すごい作家が現われたな」と興奮したものです。
同じ頃、小学校の図書室で、筒井さんのSF童話集『かいじゅうゴミイ』(盛光社)を見つけました。そこに収録されていた「うちゅうをどんどんどこまでも」の不道徳な結末に、「子供向けの本にこんなこと書いていいの!?」と驚き、逆に嬉しくなってしまったものです。ちなみに、僕の児童SF『夏葉と宇宙へ三週間』(岩崎書店)は、「うちゅうをどんどんどこまでも」へのオマージュのつもりで書きました。
中学に入ると、やはり図書室で、筒井康隆編著『SF教室』(ポプラ社)という児童向けのSF入門書を借り、夢中になって読みふけりました。僕のSFの知識の多くは『SF教室』から学んだものです。この『SF教室』、長いこと絶版だったのですが、二〇一四年、日下三蔵編『筒井康隆コレクションⅠ 48億の妄想』(出版芸術社)に再録されました。ええ、僕もすぐに買いましたよ。特に筒井さんの執筆したパートは、今読んでもエキサイティングで、おすすめです。
ですから僕にとって、筒井康隆さんの影響はものすごく大きいのです。
高校に入って、本格的にSFにハマりました。もっとも、家はあまり裕福ではなかったので、そんなに本は買えません。毎月、〈SFマガジン〉を買う以外には、学校の図書室で早川書房の〈世界SF全集〉を借りて読むぐらい。学校帰りには、駅前の書店に一時間以上も入り浸り、ハヤカワ文庫SFや創元推理文庫を立ち読みする毎日でした。さぞ迷惑な客だったでしょう(笑)。書店員さん、ごめんなさい。でも、何冊かは買いましたよ。僕の生涯のフェイバリットとなったC・L・ムーアの『暗黒神のくちづけ』(ハヤカワ文庫SF)も、その書店で買ったものです。
高校一年の時、図書室で借りた〈世界SF全集〉の一冊、『世界のSF 短編集(現代編)』を学校で読んでいたら、「おや、いい趣味ですな」と声をかけてきた奴がいました。それが隣のクラスのHとの出会いでした。
Hの家は(造り酒屋ではありませんでしたが)すごく大きくて裕福でした。Hはまだ高校生だというのにSFコレクターで、古書店をめぐって買い集めたハヤカワSFシリーズや創元推理文庫や〈SFマガジン〉のバックナンバーを大量に所有していました。僕にとってはまさに宝の山です。僕は彼に頼みこんで、〈SFマガジン〉や単行本を片っ端から借りて読むようになりました。
おかげでずいぶんたくさんのSFに接することができました。僕の星雲賞受賞作『去年はいい年になるだろう』(PHP)のヒントになったジャック・ウィリアムスン『ヒューマノイド』(ハヤカワSFシリーズ)も、Hから借りて読んだものです。僕がSF作家になれたのも、Hとの幸運な出会いがあったおかげです。
この『BISビブリオバトル部』シリーズには、そんな僕の青春時代の実体験がいろいろ反映されています。『翼を持つ少女』の第一章、空が初めて武人の祖父のコレクションを目にするシーンは、Hの家を初めて訪れた時の思い出を脚色しています。空が「私、エッチなネタはぜんぜん平気です」(三九四ページ)と言うのも、小中学校時代の僕がそうだったからなんですよね。エッチなネタが苦手だったら、筒井さんの作品、読めません(笑)。
じゃあビブリオバトル部の六人の中で、僕自身にいちばん近いのは空なのか……というと、それも違うんです。ノンフィクション、それも戦争や差別に関するシリアスな本を読み漁る武人も、間違いなく僕の分身です。それを言うなら、明日香がいっぱい読んでいる科学関係の本も、聡や銀が選ぶ本も、それぞれに僕の趣味です。
ミーナだけはちょっと違います。僕は腐女子じゃないもんで(笑)。ただ、彼女の特撮やマンガに関する趣味は、やっぱり僕に近いです。
彼ら六人が選ぶ本は、ジャンルは様々ですが、どれも僕が読んで面白いと思った本ばかりです。自信を持っておすすめできます。
この小説には、僕の若い頃の体験だけでなく、現代の若者の青春も反映させています。具体的に言うと、僕の娘です。今年、大学に入学しましたが、執筆を開始した時にはまだ一一年生、ミーナと同じ歳でした。
舞台となるBIS(美心国際学園)はもちろん架空の学園ですが、娘が今年の春まで通っていた学園がモデルです。文化祭や体育祭で何度も行ったことはあるのですが、この小説を書きはじめるにあたって、娘から学校での体験をいろいろ聞きました。プライバシーの問題があるので、事実をそのまま書くのは避けましたが、いろいろとヒントにさせてもらいました。
ビブリオバトル部はありませんが、「男女比が一対二」「外国人や混血の生徒が多い」「制服がない」「チャイムがない」「校則がない」「プロムがある」「入学式がフリーダム」などなど、すべて事実です。アンスケやロボクラという略語も娘に教わりました。今回の『ウルトラセブン』「ノンマルトの使者」に関するエピソードも、娘が授業で本当に体験したことです。話を聞いて、「そんな学校、通いたかった!」と思いましたね、真剣に(笑)。
前作の作中では、「ワンダー・ウィーク」というものに、ちらっと言及しています。これもその学校に実際にある行事なんですが、名前は変えてあります。これはさすがに、一作目からいきなり作中に出すのをためらわれました。「こんなことをやってる学校なんて現実にあるわけない!」と言われそうで。あるんですけど。
「ワンダー・ウィーク」については、次の巻で明らかにする予定です。
今回のメインのテーマは「戦争」です。
作中でも書きましたが、戦争の記憶の風化というのは深刻な問題です。今年は戦後七〇年。僕ももちろん戦後世代ですが、たとえば七〇歳の老人でも終戦当時は赤ちゃんで、戦争なんか覚えてないわけです。今や日本人のほとんどは、小説やマンガや映画でしか戦争を知らない。
当然、戦争に関するイメージが歪んでいる人もよくいます。太平洋戦争を美化したり、もういっぺん戦争をしたいと思っている人は、若い世代だけじゃなく、僕より上の世代にもいます。
僕ら戦争を知らない世代が、戦争とどう向き合えばいいのか──この問題について、作中の空や武人たちといっしょに考えました。登場する本を選ぶ作業も難航しました。思想的に偏向しないように配慮しつつ、六人の性格や趣味の違いも考慮して、悩みに悩んだ末に六冊の本を選んだわけです。でも、これが正解だとは思いません。他にも戦争に関する良書はたくさんあります。
結局、大事なのは本を読むこと。歴史を知ること。この世界を知ること──それに集約されるんですよね。戦争についての本だけでなく、できればいろんな本を。
この『BISビブリオバトル部』のシリーズを読んで、読書の楽しみに目覚める人が増えてくれるといいなと願っています。
ビブリオバトルの考案者の谷口忠大先生には、連載中、ビブリオバトルに関する記述に間違いがないかチェックしていただきました。この場を借りて深く感謝いたします。
また次の巻でお会いしましょう。
二〇一五年五月 山本弘
(2015年6月5日)
■ 山本弘(やまもと・ひろし)
1956年京都府生まれ。78年「スタンピード!」で第1回奇想天外SF新人賞佳作に入選。87年、ゲーム創作集団「グループSNE」に参加。作家、ゲームデザイナーとしてデビュー。2003年発表の『神は沈黙せず』が第25回日本SF大賞の、また07年発表の『MM9』が第29回SF大賞の候補作となり、06年の『アイの物語』は第28回吉川英治文学新人賞ほか複数の賞の候補に挙がるなど、日本SFの気鋭として注目を集める。11年、『去年はいい年になるだろう』で第42回星雲賞を受賞。 http://homepage3.nifty.com/hirorin/
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