――パルタージュ partage とはフランス語で「分割」「共有」「分有」の意。
 小林秀雄は〈美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない〉と書いたが、想像力というようなものはなく、あるのはただ、個々の想像だけだとも思う。
 それでもなお、想像力(を分有すること)をこの文章の目的に置いて、インタビューを含む取材を始めたい。予定しているインタビュイーはそれぞれの領域の最前線におられる方たちであり、そこはまさに想像と想像力の境界線なのだから。そしてこれまで同様、これからのSFの言葉もまた、その線の上に存在するに違いない。


『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』
第13回 気持ちいい線のゆくえ――主観のかたまりからすべてが生まれる【前編】

高島 雄哉 
yuya TAKASHIMA(写真=著者/カット=村田蓮爾)

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 ぼくはこれまで同人活動をしたことがなく、同人誌即売会にもあまり行ったことがなかったのだけれど、この日だけは特別だった。ぼくは緊張しつつ、東京ビックサイトに向かった。
 駒場寮の後輩である藤岡聡くんは、大学卒業後に起業をして『よっちゃんイカ』のソフビ人形や『鳥かごの少女』というオリジナルデザインのフィギュアなどを作っていた。最近その会社を売却し、新たに株式会社GoFという会社を立ち上げて、今は日々ダンボールを刃が上下動するレシプロ式のカッターで裁断して組み合わせたダンボール家具を作る傍ら、京都精華大学で「プロダクト講座」の講師をしている。企画の作り方を教える授業なのだという。なかなか勉強になりそうだ。彼とは何かと親しくしていて、忘年会か新年会でこのエッセイの話をしたところ、ありがたいことに彼は毎回読んでくれていて――この文章がSFの臨界点を模索していることを理解していて――少し考えてから、イラストレーターの村田蓮爾さんを紹介しましょうかと言った。村田さんも同じ大学で教えているのだ。もちろん村田さんは「イラスト講座」だ。
 イラストレーターの村田蓮爾さんは二十代の頃から現在まで――およそ四半世紀――第一線で活躍されている。イラストを見れば、多くの人が見たことのある絵だとわかるはずだ(村田蓮爾さんの公式ホームページhttp://www.pseweb.com)。
 ぼくが初めて村田さんの絵を見たのは地元のゲームセンターだったと思う。村田さんが初めてキャラデザインをしたアーケード用格闘ゲーム『豪徳寺一族』はかなりやりこんだ。1993年の秋から稼働しているから、ぼくが遊んだのは高校一年の頃だ。翌年、村田さんは月刊コミック誌『快楽天』(ワニマガジン社)でも表紙イラストを担当し始めて、思春期だったぼくは――思春期はあまり関係ない気もするけれど――奇しくも、村田さんのデビュー時点からのファンになったのだった。
 その村田さんを紹介してもらえるなら是非にと答えたものの、村田さんは常に複数の仕事を抱えていて、なかなかインタビューの時間を確保することができないという。そこで初め藤岡くんは駒場寮らしい自由さで、京都精華大学に向かう新幹線のなかでインタビューしたらどうかと提案してきた。村田さんもぼくも都内に住んでいる。一緒に京都まで行けばいいと言うのだ。
 いま思うと案外それも面白かったかもしれないが、新幹線の片道二時間半は貴重な休息時間かもしれないし、お仕事をされるかもしれないのに、初対面でずっとお邪魔するというのは――ぼくも駒場寮の寮生的な図々しさを持っているとはいえ――さすがに気が引けて一旦考えさせてもらった。藤岡くんは「インタビューが終わったら高島さんは途中で降りて東京に帰ればいいんすよ」と言っていたが、さらに数日後、東京ビックサイトで開催される同人イベント――コミティアに村田さんが参加するからそこで話が聞けると電話をくれた。
 ということで後輩の助けを大いに借りて、村田蓮爾さんにお会いできることになったのだった。コミティアというのはオリジナルの――二次創作ではない――同人誌の即売会だ。
 東京ビックサイトに来たのは数年前のコミケ以来だろうか。九十メートル四方のホールが三つ繋がっている巨大な会場に、長机が何百何千と並んで、そのあいだをもっと多くの人々が行き来している。後で調べたところ、今回のイベントの参加サークルは五千を超えていたから、客としての参加者も含めて何万人もいたのは間違いない。
 村田さんのサークル〈PASTA'S ESTAB.〉は行列ができるため、ホールの壁に沿った広いスペースに配置されていた。いわゆる壁サークルだ。ぼくが行ったのは昼過ぎだったけれど――通常はイベント開始直後の午前中に混雑することが多いというが――このときも十人以上が並んでいて、ぼくは村田さんへの挨拶もそこそこに、行列の整理をすることになった。村田さんは村田さんで売り子をしているからインタビューどころではないのだ。
 ようやく人が途切れて、ぼくは机の向こう側に入れていただいた。そこに藤岡くんも来て、店番をするからインタビューをしてていいっすよと言うので、早速始めさせてもらった。
 壁には村田さんの近作のポスターが貼ってある。

01poster.jpg  こちらは村田さんの『快楽天』での連作イラスト「futuregraph」の#149だ。掲載号の2016年2月号は電子書籍でも読むことができる。
 最近ひさしぶりにまとまった休みをとったという村田さんだが、今はまたお忙しくされている。 「寝る時間を削るしかないですね」
 女の子のイラストを依頼されることが多いとのお話だったけれど、村田さんが描く渋い男性キャラを愛するファンも少なくない。ぼくや妻もそうだ。
 村田さんのファンは世界中にいる。さっきも海外から来たというファンが片言の日本語で一生懸命に村田さんと話し、サインをもらって何度も御礼を言って去って行ったばかりだった。  上の写真を見れば明らかだけれど、村田さんのイラストの最大の特徴は――魅力的な人物造形はもちろんのこと――多彩でリアルなガジェットの〈存在感〉と、キャラクターとガジェットの自然な〈統一感〉だ。基本的にこの二つの特徴は相反するものだろう。あるものが存在を主張すれば作品全体の統一は失われる。
 ところが、上に描かれている女の子と彼女の服とバッグとそれから彼女が座る椅子は、それぞれに違う素材として描き分けられながら、しかもどれもが圧倒的な熱量で描かれているのに、〈統一感〉はいささかも失われていない。
 これはいかにすれば可能なのか。
 村田さんは非常に気さくな方で、まったく飾らず、色々と興味深いお話をしてくださった。まず衝撃的だったのは、このイラストの椅子も鞄も〈想像〉だけで描かれたということだった。参考資料は特にないというのだ。
「なくてもこれくらいは描けますよ」
 ぼくが驚きを伝えると、
「椅子も鞄も作ったことがありますから。どういう組み合わせ、どういう縫製をするとこういう形になるか、わかるんです。無理のない形が、ですね」
 かつて村田さんはカーデザイナーを志望して、大学ではデザイン学科のインダストリアルデザインのコースにいた。今は服や財布、時計などを自らデザインしている。バッグや椅子も作ったことがあるという。ちなみに冒頭で登場した藤岡くんと村田さんが出会ったのは、十年以上前、村田さんがデザインしてネットなどで発表していたソファを藤岡くんが商品化しようと試みたときだった。残念ながら採算が合わなかったそうで、そのときの試作品が今も村田さんのアトリエに置かれているという。
「実際にその〈ガジェット〉を作ったときに、違和感がないように形や素材には気を付けますね。こういう形にしたら補強材を入れないと持たないんじゃないのとか、デザイン的にはきれいな形だから見えないところで上手く補強できないかなとか。キャラとは違うところでそういうことを考えるのは楽しいです」
 村田さんのイラストの秘密の一端がわかってきたように思えた。様々な〈ガジェット〉を描く際、ほとんど何も参考にしないということは、いつも作品ごとにキャラに合った服や道具を〈デザイン〉しているということだ。既存のものを書き写すのと違って、〈デザイン〉するためには、対象を深く深く理解していなければならない。何万も描いているはずのキャラクターに負けず劣らず充実したガジェットの〈存在感〉と、それらを美しく調和させた作品全体の〈統一感〉は、村田さんが描く対象を〈デザイン〉できるまで理解しているからなのだ。

(2016年3月7日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。





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