去る2016年7月29日(金)、ベルサール飯田橋駅前において第7回創元SF短編賞贈呈式およびトークイベントが行われました。
「吉田同名」(『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』に収録)で受賞された石川宗生(いしかわ・むねお)氏に、小社社長・長谷川晋一より賞状と記念品の懐中時計が贈呈されました。
なお、受賞作は単体の電子書籍として販売中です。
「吉田同名」Kindle版販売ページ
贈呈式のあと、レギュラー選考委員の大森望氏・日下三蔵氏とゲスト選考委員の山本弘氏、司会の編集部・小浜徹也が登壇し、トークイベントの始まり……のはずが、山本弘さんの姿がない!?
小浜 実は、ゲスト選考委員の山本弘先生は、なんとついさっき急遽TBSのテレビ取材が入ってしまい、遅れていらっしゃることになっています。間に合うのか心配ですが、トークを始めたいと思います。
■まずは選考会の振り返り/最終候補作について
小浜 今年の選考会も比較的短時間で終わりましたね。
日下 議論が錯綜することなく(笑)、スムーズに進みました。応募作については、長所と短所が明確な作品が多かった印象でしたね。もちろん、どの作品にも長所と短所はあるので、選考委員の好みで推す作品が分かれる傾向がありました。ただ、だいたいどの選考委員が推す作品も、納得のできる理由があったので、非常にストレスのない選考会だったと思います(笑)。
大森 一致点が見いだせそうな作品が「吉田同名」しかないだろうということは、最終選考の一次投票の結果で明らかでした。全員がイチオシというわけではないけれど、皆が面白く読んだ、という感じでしたね。日下さんがおっしゃったように、長所と短所がはっきりしている作品が多かった中で「吉田同名」は誰が読んでもマイナス点がつかなかった。その反面、ちょっと物足りなさもありましたね。
小浜 それはどのあたりですか?
大森 いかにSF的にエスカレートさせていくか、というところがポイントの小説ですが、ものすごくびっくりするっていうところまではいかないのが惜しかった。感心はするけど、感心止まりであるとも言えますね。今日、ちょうど映画『シン・ゴジラ』を観てきたんですが、あの映画は「もしゴジラみたいな生物が出現したら、日本政府はどのように対応するのか」っていうところが面白くて、楽しめるんですよ。「吉田同名」もそういう面白さがあると思います。ただ「吉田同名」の場合は、役所や政府がどう対応するかっていうよりは、2万人同じ人がいたらどうなるかっていうのを面白く描くことをメインにしていますね。そこにちゃんと手がかけられていると感じました。
小浜 日下さんはいかがですか。
日下 ありえない設定を出した上で、理屈を延々と並べていくっていうのがぼくは大好きなので、こういう作品は「待ってました」という感じでした。
大森 最後にもうひとつ何かあるとよかったかな。
小浜 増殖する吉田大輔の人数が、最初は5万人だったんだよね。5万人は多すぎだろうってことで、改稿で2万人になりました。
大森 5万人のままでもよかったのに(笑)。吉田大輔が「ごまんと」いる(笑)。
小浜 おふざけとリアリティの境界線はけっこう大事ですよ。吉田さんたちが隔離されていくまでの段取りなんかは、受賞後の改稿段階で気を遣ってもらいました。自分しかいないコミュニティができていく世界を描きたい、というのが根本にあるので、その導入にはリアリティが求められるだろうと。自衛隊が出てくるタイミングとかね。

山本氏の席を空けてトーク中(向かって左から小浜、大森氏、日下氏)
大森 発生理由についても、本当ならもっと色々な議論が交わされていいはずなんだけど、外部の話があまり語られないんだよね。その辺りに面白さ優先的な、ちょっと都合よく書いているなと感じるところが若干ありましたね。でも、要は「同じ人がたくさん集まったら何が起きるか」っていうところが肝なので、そこが面白く書けていればいいと思う。あとは隔離の理屈をもうちょっと納得させられるように作れたらよかったな、と。ただそれをやりはじめると長編になってしまうかな。長編でこれをやるのはしんどいか(笑)。
小浜 山本さん来ないな(笑)。そのほかの作品についても話しましょうか。山本弘賞を受賞した都心さんの「虹の石」は、ある日、リベリアにいる男の子と感覚が繋がってしまった女性会社員の話なんですが、これがたいへんよく描けている。僕もこの作品を割と気に入っていたんですけど、誰よりも山本さんが強く推していました。筆力だけで言えば日下賞の「狂えよ。」がベスト級でしたね。
日下 この作品を評価するのは僕だけかもしれないな、と思って、最初から個人賞に推すつもりで最終候補に残したのですが、予定通りの結果になりましたね。
小浜 小説の読み味は抜群だったんです。ただ、SFにも幻想にもならず、不条理なことが突発的に起こって終わってしまう、というところが惜しかった。
日下 そうですね、怪奇だけで終わってしまうのは残念でしたね。
大森 「吉田同名」も同じ超自然的な現象から出発していますが、「狂えよ。」はほぼロジックがないので、なぜそうなってしまうのかよく分からない。SFの賞で、幻想小説やファンタジー的なものをどう扱うかというのは難しいですよね。「ガチガチのSFしか認めません」というわけではないけれど、やはりSF短編賞という名前がついているので、何らかのロジックは欲しい。もちろん、例外はありますけどね。
小浜 大森望賞の「細胞れみんの冥界震度ライブ」についてはいかがですか。
大森 今回の最終候補作の題材を見ると、狭義のSFが少なかった気がするんですが、これはその少ないうちの一つだと思います。ティプトリーの「接続された女」ものですね。雰囲気が今っぽいなと感じました。ただ、ボーカロイドの話をSFで書くとしたら4、5年遅かったかな。
小浜 書けていない部分が多すぎる印象でした。パンキッシュではあるんだけど、シチュエーションごとにすっとばしてるものが多い。
大森 背景説明がほとんどないんです。書き方としてはありなんだけど、肝心のライブの面白さにはもっと枚数を費やしてほしかった。
小浜 ほかに気になった作品はありますか。
日下 「巻き戻しの人生」ですね。人類に時間を巻き戻す能力が備わっていて、みんながよりよい選択肢を求めて何度も巻き戻りながら生きていくのが当たり前の社会で、主人公の男の子が、巻き戻さないことを選択した女の子と出会って……という話です。物語としては面白かったけど、社会全体が見えないのが残念でした。せまい人間関係の話に終始している印象がありましたね。
大森 今、並行世界ものは流行りなんですよ。今年の年刊日本SF傑作選(『アステロイド・ツリーの彼方へ』)に入っている伴名練さんの「なめらかな世界と、その敵」もそうですね。誰もが、あらゆる並行世界を自由に行き来できるという設定。今は、「リプレイすることによって何度もやり直せる」という設定が、特殊ではなく当たり前になってきている。キャラクター重視のライトノベル的な小説にSF設定を持ち込んだものも増えてきていますね。
小浜 応募作でもそういった作品をよく見かけるようになりました。ところで、「無駄な説明が多いな」と思って読んでいたら、実は長編ライトノベルの一話目だったのかと気がつくということがあって(笑)。短編と長編の区別がついていないなと思うことは多いですね。以前、ミステリーズ!新人賞の選評で新保博久さんが「長編の一話目」と「つづきが読みたくなる短編一編」はちがう、とおっしゃってましたが、実感することが多いです。
さて、お待たせいたしました。受賞者の石川宗生さんにご登壇いただきましょう。
■ここで、テレビ取材で遅れていた山本弘ゲスト選考委員が到着!
山本 最終候補作品の前に、二次選考に残った作品も半分ほど読みましたが、どれもとても面白かったです。二次で面白いと思っていたものはちゃんと最終に残っていました。
小浜 今回は最終まで残った作品が例年より少なかったですね。毎年10本以上ありますから。
大森 いつもこのくらいだといいな(笑)。
日下 少ないほうがいいですよ。最終候補にたくさん残っても、ほとんどの作品が選考会の序盤で落とされてしまいますから。
小浜 では山本さん、受賞者の石川宗生さんにコメントをお願いします。
山本 アイデアの面白さと、それをどう生かしているかという点に注目して読みましたが、受賞作の「吉田同名」は、アイデアは抜群に面白く、なおかつその生かし方も良くて、これは受賞作として申し分ないと思いました。
小浜 さて、受賞者の石川宗生さんに登壇していただきます。はい、石川さんはどういう人ですか。
石川 よろしくお願いします。すごい質問ですね(笑)。
小浜 小説を書こうと思ったのはいつ頃ですか?
石川 アメリカの大学に通っていたのですが、日本語に飢えていたのか、日本語の小説を集中的に読んだ時期がありまして。その頃から小説っていいな、と漠然と思い始めました。
大森 何を読んでいたの?
石川 主に古典作品ですね。ドストエフスキーとか。
大森 日本語の小説に飢えていて、読むのがロシア文学って(笑)。
石川 翻訳ですね(笑)。日本作家の小説はあまり読んでいませんでした。22、23歳の頃ですね。ただ、小説を書こうと思ったのはもっとあとです。

受賞者の石川宗生氏と山本弘氏が登壇
小浜 一度、新人賞に残ったということですが。
石川 五年前くらいに、すばる文学賞で最終候補に残りました。
小浜 ペンネームは違いましたが、タイトルを見て石川さんだなってすぐわかりました。「土管生活」っていうんですけど(笑)。それが最初に書いた小説でしたっけ?
石川 遊びで書いた私小説的なものもありますが、賞に応募したのはそれが最初です。
小浜 今まで、新人賞にはどれくらい応募したんですか。
石川 ちょこちょこですね。仕事しているときはあまり書けないし、海外にいるときも、書きたかったけどあんまり書けなかったです。あと、海外にいるのに日本語にこだわってどうするんだろうっていう煩悶もありましたね。もっとその国の言葉をしゃべったほうがいいかな、みたいな。
小浜 今回、創元SF短編賞に応募しようと思ったのは、SFの賞だからですか? それともべつの理由が?
石川 それもありますが、先生に勧められたのが一番大きいですね。
小浜 そう、その「先生」というのがなんと――石川さんは、翻訳家の増田まもるさんの教え子さんなんです。増田さんは、現在は大阪にお住まいなんですけど、ずっと千葉で小さな学習塾を開いていらしたんですね。石川さんは、中学・高校の時にそこの生徒さんだったと。増田さんが大阪からいらしています。どうぞ壇上へお上がりください(拍手)。
石川 昨年の暮れに大阪で友人の結婚式がありまして、先生のお宅に泊めていただいたんです。その時に、どの賞に応募したらいいか先生に相談したら、こういう賞があるよ、と教えていただきまして。じゃあこの賞に向けて書いてみようかな、と。
小浜 証言に疑いはありませんか。
増田 ええ、まったくありません(笑)。
小浜 石川さんは学習塾で増田さんからSFを教わったとうかがいました。
石川 もちろん、塾では勉強を教えていただくんですけど、帰るときに小説だとかCDだとかを毎回渡してくださいまして。
日下 洗脳していた(笑)。
石川 『地球幼年期の終わり』(A・C・クラーク)とか『ソラリス』(スタニスワフ・レム)とか。先生が翻訳された、『女の国の門』(シェリ・S・テッパー)とか、色々すすめていただきました。
増田 僕がその当時考えていた、翻訳とはこうだとか、SFとはこうだとかいうのを、勉強の合間にちょこちょこしゃべってたんだよね。

石川宗生氏との思い出を語る増田まもる氏
小浜 印象に残っているSFはなんですか? でも、SFばかり読んできたわけじゃないんですよね。
石川 そうですね、むしろSFは読んでいないほうなんですが、いちばん好きなのはヴォネガットです。作品で言うと、やはり『地球幼年期の終わり』は強烈でした。
小浜 増田さんはずっと、石川さんが投稿した小説を読まれてきたそうですけど、どうでしたか?
増田 マジックリアリズム系に興味があるんだな、と感じていました。エリック・マコーマック(『パラダイス・モーテル』『隠し部屋を査察して』)の影響があるな、とかね。僕は作品にあれこれ口出しすることはないんだけど、文章に色気を出せるような力が欲しいな、みたいなことは言ったような気がします。詩的な表現ができるとさらに魅力的になるね、とか。アイデアは充分にあると思ったので。
石川 もう、精進しますとしか言えないです(笑)。
小浜 昔話があれば増田さんに教えていただきたいと(笑)。
増田 実を言うと、彼はほとんど登校していなかったんです。勉強はぜんぶ塾でやっていた。大学へは大検をとってもらって、進学したんですよね。彼は天文学を勉強したかったんだけど、日本の大学で天文学を教えているところがほとんどないので、アメリカの大学を選んだようです。
小浜 思い切りましたね。英語のハードルは相当高かったんじゃないですか。
石川 ネイティブに混じってですから、最初は本当に大変でした。
山本 登校していなかったのはどうして?
石川 中学の時は反抗期で、ちょっと失礼させていただきまして(笑)。高校は完全に行っていないです。学校に行っていなくても何とかなる、って先生から教わっていたので(笑)。
増田 ぼくの一言で人生を左右してしまった(笑)。でもね、学歴ってあんまり意味ないんじゃないかな、と当時から思っていたんです。あと、彼のキャラクターから考えて、絶対サラリーマンは無理だろうと思っていましたね。どこかで響きあったんですよ。僕と響きあうってことは絶対にサラリーマンは無理だろうと。僕なんか100パーセント無理ですから(笑)。
小浜 石川さんの人となりが分かったところで、では次に山本弘賞の都心さんにご登壇いただきましょう。まずは山本さんから一言。
山本 僕はよく、「ハードSFにもハートが大事だ」って言っているんですけど、この作品はハードではないけどもハートを感じたんです。アイデアはありがちなんだけど、そこに現代の社会を取り入れる発想がいいなと思いました。とてもハートのあるSFで、感動しました。
小浜 都心さんは、ハヤカワSFコンテスト第2回の受賞者、柴田勝家さん(『ニルヤの島』『クロニスタ』)の同級生だそうですよ。
山本 狭い世界だね(笑)。
都心 大学1年の頃から、同じ文芸サークルでずっと遊んでいました。
小浜 文芸サークルということは、何かのジャンルに特化しているわけではなくて、みんなそれぞれ好きなものを書いているんだよね? 柴田さんと都心さんはSF仲間?
都心 そうですね。出来てからまだ15年くらいだと思うんですけど、部員は40名~50名くらいいるんじゃないかと思います。SFを書いているのは僕と勝家くらいかもしれません。
小浜 びっくりしたんですが、仲間内でも昔から「勝家」って呼んでるんですよね(笑)。都心さんがこの賞に応募しようとしたきっかけは? もともとSFファンだったんですか。
都心 SFファン歴は浅くて、僕がSFを意識したのは伊藤計劃作品に触れてからなんです。創元SF短編賞は、今回が二回目の応募ですね。初めて投稿したのは去年か一昨年だったんですけど、前はもう、箸にも棒にもかからない感じで。

来場していた山本弘賞受賞の都心氏(一番右)も登壇
小浜 SF作家で好きな人はいますか?
都心 国内で言うと、宮内悠介さんが好きですね。海外のだと、有名な作品はいくつかは読んでいます。ティプトリーとか、ディックとか。
小浜 偏ってるなあ(笑)。
大森 石川さんは、最近の日本作家はいかがですか。
石川 あまり読んでいないのですが、先生に勧められて。酉島伝法さん、飛浩隆さん、宮内悠介さんを読みました。
小浜 都心さんは、選評を読んでみていかがでした?
都心 大森さんが書いておられたことが、まさに図星というか……僕はあやしい日本語を使ってしまうことがよくあるので、それをそのままにして出していたなと反省しました。
小浜 あれは結構高度な要求だなと思いましたよ。そんな文章の端正な人なんて最終候補のなかでも何人もいないのに。
大森 文章力を要求される小説だと思ったんです。その点でほかとくらべて要求水準が高くなってしまうところはありましたね。
小浜 さて、そろそろお時間ですが。
大森 今後の話は? デビューに向けて。
小浜 今、過去作を見せてもらったりしています。でも、たいていの新人さんの場合、新しく書いたもののほうが出来がいいんですよね。石川さんと受賞作をやりとりしていて感心したのは、かなりバッサバッサ直してきたこと。やりとりの回数は、去年の宮澤伊織さんに次いで少なかったです。
山本 デビューして少し経ったら、また違うタイプの作品を書いていただきたいです。同じタイプのものばかり書き続けていくのではなく、この人がこんなものが書けるんだ、という、違う面を見せていかないといけないと思うんですよね。
日下 受賞作「吉田同名」は単品の電子書籍が発売されていますね。
小浜 はい、絶賛発売中です(電子書籍はこちら)。それから、なんと朗読配信もします。どうぞお楽しみに。(朗読配信はこちら)山本弘さんは、8月発売の『ミステリーズ!』で、小説講座の新連載が始まります。
山本 タイトルは「料理を作るように小説を書こう」です。一応、キャリアは長いんで、皆さんにお伝えできるテクニックは色々あると思って。一年ほど連載して、それに加筆して本にしようという企画です。
小浜 それでは、本会はそろそろお開きにして、懇親会に行きますか。
日下 その締め方はどうかと思いますが(笑)。
小浜 どうもありがとうございました。

石川宗生氏と受賞記念品の懐中時計(および桐箱の裏書)&くらり
閉会後は、恒例の懇親会をBarでこや(SF作家・中井紀夫氏経営)で行ないました。
ゲスト選考委員に長谷敏司氏を迎える第8回創元SF短編賞は、ただいま応募受付中です。みなさまのご応募をお待ちしております。
山本弘さんの取材の模様はその日11時よりTBS系「ニュース23」で無事に放送されました。
(2016年9月26日)
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