〈ベム〉6号『スカイラークシリーズ用語索引』
〈ベム〉10号『空中驚異物語繪入索引』
〈ベム〉9号
〈ベム〉11号
『STARLOG別冊 異星生物240』
『ナナフシのすべて』
『昆虫ハンター カマキリのすべて フィールド版』
岡田氏は海外の古典SFだけでなく、日本の古典SFにも造詣が深かった。何を隠そう、横田順彌氏の『日本SFこてん古典』にも登場しているのだ! 「第16回 ナポレオン一世日本に死す」の回では、横田さんも持っていなかったどころかその存在すら知らなかった一大奇想天外荒唐無稽古典SF軍記『軍書狂夫 午睡之夢』の所有者(しかも貸してくれた)人物として。「第25回 〈新青年〉と〈科学画報〉」の回では、大正期に翻訳されたレアな〈火星〉シリーズ(バローズ)を復刻した同人誌の発行者として。「第45回 謎のSF作家 渋江保のこと」の回では、羽化仙史=渋江保のSF冒険小説群をリストアップする際に、横田さんに教示した(!)人物として。要するに、古典SFについて横田さん以上の知識をすら有していたのだ。また仄聞するところによると、秘境小説好きだったために香山滋のコレクションもかなりのものだったらしい。以上を勘案すれば、日本古典SF研究会の会長をしているわたしにとっては、大先輩ということになる。
その人となりについては、かつて直接交流のあった高橋良平氏による追悼文「墓碑銘2011年――岡田正哉さんの思い出に」(〈Webミステリーズ!〉2011年12月号掲載)に詳しいので、そちらもご参照頂きたい。
先述した個人誌〈ベム〉だが、これの中身がまたディープの極み。この〈ベム〉の一部として刊行されたものの、ほとんど単行本に近いものも紹介しておこう。
〈ベム〉6号は『スカイラークシリーズ用語索引』(1968年7月)。E・E・スミスの〈スカイラーク〉シリーズに登場する人名・地名・宇宙船名類をピックアップして五十音順に並べたもの。それぞれ解説も加えられており、索引というよりも立派な事典。更には称号職名一覧や「オスノーム惑星時間区分表」「スカイラーク号航宙図」といった便利なシロモノまで収録。……むう、これを参照しながら〈スカイラーク〉シリーズを再読したくなってきたぞ。また本書は『宇宙生物分類学』と同じく1960年代の刊行であり、その先駆性には目を瞠るものがある。柴野拓美氏が渡米して世界SF大会に初めて参加した際、現地のファンに本書をプレゼントしたら大喜びされた、という伝説のシロモノでもある。
なんでも、やはり古くからのSFファンであり岡田氏と親交のあった山本孝一氏がこれをジャック・ウィリアムスンに送ったところ、最終的にE・E・スミスの遺族(娘さん)の手にまで渡ったとも聞く。
10号『空中驚異物語繪入索引』(1973年12月)は、アメリカのパルプSF雑誌〈エア・ワンダー・ストーリーズ〉全巻のインデックス。それを日本人が(しかも1970年代前半に)作っちゃったのだから、もう凄いとしか言いようがない。データだけでなく「作者肖像集」や「表紙画集成」も収録しており、ビジュアル面も充実。読んで楽しい、見て楽しいインデックスに仕上がっている。
〈ベム〉で最も特筆すべきなのは以上の二冊だが、手元にある他の号についてもざっと触れておく。9号(1972年1月)では、岡田氏が「大空の秘境」と題して、高空に浮遊する土地や怪奇生物がいるという小説を色々と紹介している(『ベムAGAIN』に再録されている)。繰り返しになるけれども、ほんと、よくこの時代にこれだけ調べたものと感心する。その他「米利堅漫画招待席―剣と魔法の世界へようこそ―」(大滝啓裕)、「O.A.クラインと「月世界一周レース」」(小田根章)などが掲載。
11号(1974年7月)は、エドガー・ライス・バローズ特集。大正時代の雑誌「中学生」に、「神秘小説 火星の神神」と題して連載された『火星の女神イサス』を紹介。当時の挿画も再録されており、非常に貴重な内容となっている。
商業ベースでは、『STARLOG別冊 異星生物240』(ツルモトルーム/1978年)に、「ホンモノよりも恐くて面白いのが小説のエーリアンなのだ」というコラムも書いている。〈STARLOG〉を編集していた高橋良平氏によると、これ以外にも本誌で原稿を頼んだかもしれないが覚えていない、とのこと。
地方出版ながら、商業出版の単行本も何冊か書いている。SF以外のもうひとつの専門「昆虫」の本、『ナナフシのすべて』(トンボ出版/1999年)と『昆虫ハンターカマキリのすべて』(同/2001年)である。後者はサイズの小さい『昆虫ハンターカマキリのすべて フィールド版』(同/2008年)もあり(これらは「岡田正哉」名義)。
ナナフシ、カマキリについて、大量の図版入りで、その種類、生態などを丁寧に解説したもの。……ナナフシの卵の写真とかは、ダメな人は結構ダメかも。それにしてもほんとに、昆虫目玉の生物が好きだったんですねえ、岡田さん。
でもSF関係者の持っている、こういったSF以外の専門へのつながり方って、面白いですよね。岡田氏のベム→昆虫目玉の怪物→昆虫、とか、横田順彌氏の古典SF→押川春浪→早慶戦、とか。自分はSFとシャーロック・ホームズとバラバラですが、それでもクロスオーバーする交差点があります。
しかし今回のような楽しい私家本を見ていると、自分でも作りたくなっちゃうなあ。……ちょっと、考えてみようっと。
(2012年7月5日)
読者プレゼントのお知らせ
今回の記事本文中に登場するファンジン『ベムAGAIN』を、編者高井信氏のご厚意によりご寄贈いただきましたので、〈Webミステリーズ!〉読者の皆様のなかから5名様にプレゼントいたします。応募ページはこちら。(締切:2012年7月31日)
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■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』『古本買いまくり漫遊記』(以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。
●北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。
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