さあどんどん原作から離れてどうなることやら……と思って読んでいると、トヨタとソニーはこのジョンを連れて火星へ戻ることにする。つまり、ジョンこそ原作における野蛮人ジョンだったのだ。母親の腹から生まれたとか、シェイクスピアを読んでいるとかの設定は、原作と同様。但し、母親は登場しないし、実は所長の息子であるというくだりもない。とはいえ、彼を連れて戻ることで騒動が起こる、というところは同じ。
「なんだ、結構原作色が強いじゃん」と思えるかもしれないが、これは比較ポイントを列記したためで、実際の読後感はずいぶんと違う。演劇ということもあり、ドタバタ色が加味されているのだ。
 実際、ジョンが事故で死に掛けて燐製産工場のベルト・コンベアーに乗せられ、もう少しで死体扱いされて燐の材料となるところを、トヨタとコダック博士のおかげで救い出される――という原作にはない展開も繰り広げられる。
 しかしこの台本、発行年代など肝心の情報が記載されていない。そのため、いつ頃のものか、どこの主催によるものか、そして実際に公演が行なわれたのか否かなど、よく分からないのだ。
 ネット上で調べてみたところ、神奈川県の施設である「青少年センター」(横浜市)の中にある「演劇資料室」――演劇関係資料や台本などを蔵する図書室――に『すばらしい新世界!』台本も所蔵されていることが確認できた。しかしここでも状況は同じようで、劇団不明、発行所不明で、年月日も空欄となっている。
 後述するように中村敦夫も大林丈史も俳優座に所属していたので、俳優座のものである可能性が非常に高いが、そちらの上演記録を調べてみたものの本作のタイトルは見当たらなかった。
 こうなったら最後の手段。直接訊いてみよう、とネットを「中村敦夫」で検索してみた。……ありましたよ、オフィシャルサイトが。そしてありました、問い合わせフォームが。そこに自分が作家であること、『すばらしい新世界!』台本を所持していること、中村敦夫氏が何かご記憶だったならば是非御教示頂きたい、云々と書いて送ったのである。普通だったら、講演の依頼とかに使うんだろうなあ。
 で、問い合わせをした、その結果。……返事はありませんでした。残念。
 中村敦夫は1940年生まれ、俳優座に所属していた俳優。代表作は文句なしにTVシリーズ「木枯し紋次郎」だろう。その他「必殺仕業人」や、映画「幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形」など、出演作多数。作家としての著作も『チェンマイの首』『マニラの鼻』などがある。その後、政治家として参議院議員となったこともある。現在は俳優とジャーナリストとしての仕事が多いようだ。
 もう一人の作者・大林丈史は1942年生まれ、やはり俳優座に所属した俳優。大河ドラマ、連続ドラマ小説など出演作多数。TVシリーズ「水滸伝」では中村敦夫と共演したほか、「木枯し紋次郎」では中村のスタントを務めたこともあるという。特撮関係では、先述のブラック指令役のほか、「電磁戦隊メガレンジャー」の川崎博士役がある。
 本書の表紙には、あと「作詞 佐藤信(予定)」と記されている。これは演出家・劇作家で、やはり俳優座養成所出身の佐藤信(1943~)のことだろう。
 年代に関しては、作中に「イエロー・サブマリン」という記述が出てきているので、推定する手助けになる。ビートルズが「イエロー・サブマリン」を発表したのは1969年だから、本作が少なくともそれ以降に書かれたことは確実となるのだ。「やったぜベイビー」というセリフも出て来るが、このセリフが流行るようになったのはやはり1969年以降。同時に買った『時間という汽車』は一九七二年の作品だし、『すばらしい新世界!』は1970年前後のものと仮定できそうだ。活字ではなく孔版(ガリ版)印刷であることも、年代の古さを裏付けている。
 とはいえ、正確な年代や実際に上演されたのかどうかなどは不明のまま。もし何かご存じの方がいらしたら、是非御教示を。また実際に作品を読んでみたい、という方は、先述の通り神奈川県の演劇資料室には所蔵されているので、そちらをご利用下さい。

時間という汽車
『時間という汽車』
 さて折角なので、『時間という汽車』についても紹介しておこう。こちらは作者が田中千禾夫であること、劇団俳優座の第110回上演台本であることがしっかり記されている。俳優座の歴史を調べてみると、今から四十年前、1972年に実際に上演されている作品だった。
 では物語を。いきなりタイムトンネルが出て来るのだが、これがちゃんと機械式。時期的に考えて、おそらくアーウィン・アレン製作・監督のSFテレビドラマ『タイムトンネル』(1966~67)の影響だろう。
 博士(61歳)は、とある研究所で「時間を自由にする」研究を進めており、このタイムトンネルで人体実験も行なっていた。タイムトンネル以外にSF的ガジェットが出てこないので分かりにくいが、「人間が惑星にまでいった」という記述があるので、どうやら未来が舞台らしい。博士はある時、自らがタイムトンネルを使用し、過去へ出発する。
 続くシーンでは、実験で時間旅行中らしい「園」という女性が登場し、蒸気機関車を撮影する男性二人組とのやりとりがあるのだが、いまひとつよく分からない。その後、博士がひとりの女性と会うのだが、どうやら十年前の世界らしい。ここが(台本が書かれた時点での)現代社会(1970年代)と思しいので、出発地点は(近未来の)1980年代と推測される。
 更に博士は一気に大昔へ、1666年に移動する。キリシタンだけでなく、日蓮宗の不受不施派も弾圧されている世の中。キリシタンの家では赤ん坊が生まれ、不受不施派の家では葬儀が行なわれている。だが間もなく宗門改めが行なわれるという。その様子を監視している博士。
 そしてその次あたりからどの時間地点にいるのかよく分からなくなっていく……。せっかくタイムトンネルというガジェットを使っているのに話は全体に哲学的で、SFらしい展開は少なかった。ちょっと残念。
 作者の田中千禾夫(1905~95)は、劇作家。俳優座の文芸・演出部に籍を置いていたこともある。キリスト教徒で、その宗教観は本作にも反映されている。長崎原爆をテーマとした『マリアの首』(1959年)で岸田演劇賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞している。
 『時間という汽車』は、1994年に劇団あすなろによって再演され、大阪文化祭賞推奨賞を受賞している。
 ならば、是非とも『すばらしい新世界!』も改めて公演して頂きたいもの。その場合は、チョイ役でいいから中村敦夫&大林丈史ご本人にも出演して欲しい。絶対に観に行きますよ! そして新版の台本が欲しい! ……ああ、妄想が止まりません。
(2012年6月5日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』『古本買いまくり漫遊記』(以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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