話はどんどん広がっていき、さて、どうなることか……というところで、なんと話は終わってしまう。完結部分がないのだ。仰天さんに譲ってもらったものが落丁本だった、という訳ではなく、元々だ。森英俊氏のエッセイにも、この作品の完結部分を読むには、改題されて再刊された別バージョンにあたるしかない旨が記されていた。
 本書を二冊も持っていた仰天さんならば、別バージョンも持っているのでは……と連絡したところ、ありゃ残念、未入手とのこと。しかし「彩古さんなら持っているはず」という情報を頂いた。
 彩古さんならば、ちょくちょくお会いする。しかし、ひとつ問題がある。持っていても「取り出せるか」ということだ。彩古さんは膨大な量の蔵書をお持ちなので、その中から特定の一冊を探し出すのは至難の業のはずだ。
 そこでおそるおそる「お持ちですか」&「出てきますか」とのお伺いメールを送ったところ、「持ってますよ」&「出てきますよ」という奇跡的な返信が!
 本を受け渡しすることになったのは、中野で開催された「古本ゲリラ」というイベントの際。これは一種の一箱古本市で、喜国雅彦氏に誘われて出店参加したのだ。柳下毅一郎氏、大森望氏、豊崎由美氏らも売り手メンバーという、豪華な企画だった。古本者としてはツワモノの彩古氏、アサイチに開場と同時に突入して、さんざん古本を買いまくってから、本をお貸し下さったのでした。
乳房祭
『乳房祭』
 かくして読むことができたのが、『忍術三四郎』の別バージョンたる『乳房祭』(香文社/一九五八年)である。しかし書き加えられた「終幕」は十ページほど。読んでみても、無理矢理詰め込んで、駆け足でなんとか結末を付けた、という感は否めなかった。それにわざわざ改題して『乳房祭』って……。ラスト近くにおいて、キャバレーで女の子たちが顔を隠してオッパイを丸出しにするショウの場面があるのだが、それが“乳房祭”なのだ。はっきり言って、本筋とは関係ない。エロを期待する読者を取り込もうとしたのかなあ。

 さてさて。ネット上で情報を漁っていたら、予想外の事実が判明してしまった。なんとこの『忍術三四郎』、映画化されていたのである! 一九五五年、小沢茂弘監督の東映映画。主演は、姿三四郎を演じたこともある波島進。
 この映画は香港でも『無影侠大戦吸血鬼』のタイトルで公開されているらしい。しかもそのバージョンは、ネット上で映像の一部を観ることができたのである!(音声がなかったり、あっても中国語だったりはしますが。)
 最初の「この男 売り物 十万円也」のプラカードを胸に下げて歩いているシーンなど、原作のイメージそのままだ。
 またネット上の映画系データに、原作は「小説倶楽部」連載とあったので、初出誌も判明。
 映画の公開が一九五五年八月なので、単行本の刊行(一九五六年一月)よりも数か月前。もしかしたら、映画化されたために大慌てで単行本化し、それがゆえに完結部分がない、という事態が生じたのではなかろうか。
怪奇探偵クラブ
「怪奇探偵クラブ」
 作者の関川周(一九一二~一九八七)は、新潟県出身の小説家。今ではすっかり忘れ去られた感のある作家だが、直木賞の候補になったこともある。また「石上当」の名義もあり、そちらの名義による「繭の町」では第二回吉川英治賞佳作を受賞している。
 探偵小説誌にも原稿を書いており、わたしの書庫をひっくり返しただけでも、「亡霊館の案内人」を掲載した「オール読切別冊第二号 怪奇探偵クラブ」(共栄社/一九五〇年六月)が出てきた。貿易商の黒谷氏が米国巡りの最中、勧められてウィンチェスター夫人の亡霊館(ミステリーハウス)を訪問した。亡霊館のガイドに、黒谷氏はどうも見覚えがあった。その頃、日本の黒谷氏宅で事件が起こっていたことを、氏は帰国後に知った……という怪談。
随筆 もやもや帖
「随筆 もやもや帖」
 また香山滋が収録されているので買っておいた『随筆 もやもや帖』(あまとりあ社/一九五五年)にも、関川周の「魔物の鈴」「閨洋燈(ベッドランプ)」が収録されていた。前者はエロ奇談だが、後者は「粋な怪談コンクールの章」の一篇で、恋人たちが宿泊した山荘ホテルに女性の元婚約者の男が訪ねて来るが、実は彼はもう死んでいた……という古典的怪談。香山滋も同じ章に入っている。
 ところで、彩古氏から『乳房祭』をお借りした「古本ゲリラ」の際、隣のブースでは喜国氏が主にミステリ関係書を売っておられたのだが、その中には古い探偵小説雑誌もあった。「探偵倶楽部11月号 耽奇ミステリーよみもの」(共栄社/一九五八年)というその雑誌に目が止まり、まさかと思って目次を確認すると……おお、関川周が載っているではありませんか! しかもタイトルが「深夜のロボット」! 即座に買わせて頂いたのは言うまでもございません。
耽奇ミステリーよみもの
「耽奇ミステリーよみもの」
 舞台はニューヨークのマンハッタン。ドラッグ・ストアのスミス商会が、ビルの前に自動販売機であるロボット「ジョン君」を置いた。ジョン君は最新式万能型の機械人間で、「コカコラ」から煙草や靴下まで、客がボタンを押した賞品を販売する。だがこのジョン君、生きているのではないかという噂があった。
 ヒルダという女性が、女を食い物にするミチャラックという男に付きまとわれていた。ある晩、帰ろうとして自宅のビル前にミチャラックがいることに気づいたヒルダ、ジョン君に「助けてよ」と言ったところ「宜しい(イヤー)」と答えるではないか。そして翌朝、ビル前にミチャラックの撲殺死体が転がっていた……という、よもやのロボット・ミステリ。描かれたレトロなロボットがナイスです。
耽奇ミステリーよみもの・口絵
「耽奇ミステリーよみもの」口絵
 『忍術三四郎』に話を戻して。このタイトルは、富田常雄の『姿三四郎』にルーツがあるのだろうか。それとも、『竜巻三四郎』『大学三四郎』など『○○三四郎』という大衆小説シリーズを大量に刊行している城戸礼からの影響だろうか。城戸礼の三四郎シリーズが始まったのは『忍術三四郎』が刊行される直前の一九五五年。……もしかしたら城戸礼に便乗してのネーミングだったのかもしれない。とはいえ、本策の内容は異色中の異色であり、独自の展開であることには違いない。

 ……と、ここまで書いていたら、森英俊氏からメールが届いた。北原尚彦サイトの日記で「『忍術三四郎』読了」という記述を読んで、わざわざ情報のメールを下さったのだ。  それによると、『忍術三四郎』には帯が存在して、それには映画スチールが載っているのだそうだ。また映画をコミカライズしたマンガ作品もあり、これにも映画スチールが掲載されているという!  そして何より驚くべき情報は、「小説倶楽部」にその後、〈髑髏団の巻〉という続篇が連載されているのですと! 『忍術三四郎』の帯にはそちらも刊行予定である旨が記されているものの、未完のままらしい。  うーん、どこかが『忍術三四郎〔完全版〕』出してくれないかなあ。正篇完結版(『乳房祭』)+続篇〈髑髏団の巻〉の合本で。……無理かなあ。

 物々交換してくれた仰天さんのおかげで『忍術三四郎』を入手でき、貸してくれた彩古さんのおかげで『乳房祭』を読むことができた。雑誌を売ってくれた喜国さんのおかげで「深夜のロボット」の存在を知ることができ、森さんのおかげで、様々な情報を知ることができた。やはり持つべきものは古本仲間。古本者としてはまだまだぺーぺーの自分ですが、今後とも宜しくお願い致します。

(2012年5月8日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』(以上、本の雑誌社)、 『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。 主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、 ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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