『くじらをすきになった
潜水艦』
潜水艦』
表題作は、タイトル通りのストーリー。小型潜水艦(とはいえ乗組員五十人+艦長を乗せている)のピッコリーノはある時に出会ったくじらを好きになる(潜水艦は男の子キャラ、くじらは女の子キャラです)。基本的には人間の操縦通りに動くけれども、くじらに会いたくて命令を聞かなくなるようになった。やがて、何百隻もの捕鯨船団が出発すると聞いた潜水艦は、それまで以上に勝手な行動を取る……。人格のある潜水艦って、AI搭載なのだと考えれば十分SFですね。
「チン、チン、チンのルイゼッタ」は、食べ物(というか料理)を売る自動販売機=ルイゼッタの話。お金を入れるとチン、チンと音を立てて美味しい食べ物を出す。しかしルイゼッタはお金がなくて買えない人が可哀相になり、少ないお金でも食べ物を出すようになる……。やっぱり人格のある自動販売機って、AI搭載なのだと考えれば以下同文。
「小さな自動車のゆめ」は、空色の小さな自動車が主人公。自動車は自分を作ってくれた若い組立工を好きになった。自動車はセールスマンに買われたが、ある時、ブレーキをかけたのに塀にぶつかってしまう。修理のために工場に行けば、組立工に会えるからだ……。これまた人格のある自動車って、AI搭載だと考えれば……〈ナイトライダー〉みたいなもんですかね。
最後の「魔法つかいと仙女と機械」は、以上の三つとは路線が異なる。魔法つかいと仙女は、星々を巡る旅から地球へ帰ってきた(おお宇宙旅行!)。大昔に地球を離れていたふたりは、すっかり近代化した地球を見て驚いた(おおウラシマ効果!)。彼らが「こんな魔法ができるぞ」と言っても、現代人は「そんなことは今、科学の力でできますよ」と反論されてふたりはショボン。ホテルに泊まるために枯葉を札束に変えたふたりは……。子どもがスーツケース型テレビを持ち歩いていたりするから、少し未来の話なのかもしれません。
初版は三十年近く前だけれど版を重ねているので、こちらは割りと手に入れ易いです。 わたしは日記を調べたところ、ランニングをしている途中にBOOK OFFで購入、と記録してあった。たぶん、第9回の「二十二世紀なのに未来感ほぼゼロの武術SF『合気道小説 神技』」を買ったのと同じ店だと思う(時期は違いますが)。
『やあ、アンドレア
―ある「父と子」
の風景―』
―ある「父と子」
の風景―』
もう一冊、今世紀に入ってから訳されたのが『やあ、アンドレア―ある「父と子」の風景―』(よしとみ あや訳/さ・え・ら書房/二〇〇四年)である(こちらも「マルチェッロ・アルジッリ」と表記。こっちが発音的に正しいのか?)。ネットでのイタリア語情報を翻訳ソフトで日本語化してみたところ、本作がアルジルリの代表作となるらしい。
タイトルや表紙からして、これはSFでもファンタジイでもなさそうだ、と判断していたのだが、後からあらすじを読んでみると、必ずしもそうとは言えない可能性があることに気づいた。アンドレアというのは少年の名前なのだが、その少年はいつもどこからともなく現われる、というのだ。で、慌てて読んでみることにした。前記二冊とは違い、これは児童向けというよりヤングアダルト向けのようだ。
主人公は中年の男性。彼はアンドレアという少年が逮捕されようとしているところを助けた。アンドレアはしばらく主人公のもとに寝泊りしていたが、口げんかが原因で、どこかへいなくなってしまった。しばらくしてまたどこからともなく現われ、またいなくなる。その繰り返し。
アンドレアは、時々奇妙な話をした。ナパーム弾に爆撃される話は、ベトナムのことらしい。それから、パルチザンの伝令をしたことがあるとか、革命後の混乱したロシアにいたとか。それは本当のことなのか、ただのホラ話なのか。ある時の話は、ナチの強制収容所の話らしかった。明らかにアンドレアの年齢とは会わない。だが主人公は、アンドレアの手首に数字とおぼしきものが刺青されていることに気づく。強制収容所にいた証拠、かもしれない。
主人公とアンドレアは、親子のような関係を築いていく。やがてアンドレアは、主人公の友人の娘レティツィアと仲良くなり、彼女にも影響を及ぼすようになった。果たしてアンドレアは何者なのか……。
「親とは」「子どもとは」を改めて問いかける作品。アンドレアが超自然的存在だったのか、ただの少年なのか、そこは明らかにされない。テーマの眼目は、別なところにあるからだ。わたしの読み取ったところではアンドレアとは、大人社会から理不尽な目に遭う子ども全体の代表のようなものだと思うのだが、どうだろう。
『…アトミーノ』や『…潜水艦』のような空想を楽しむつもりで読むと、困惑することになるでしょう。今世紀に出た本なので、まだ新刊で買えます(二〇一一年八月現在)。
それにしても、アトミーノといい、『くじらをすきになった潜水艦』収録の三作といい、「物質が意思を持つ」パターンがよっぽど好きなんですね、アルジルリ先生。『…潜水艦』のあとがきによると、他にも機械の人形が主人公の『キオディーノの冒険』という未訳作品があるらしい。これも読んでみたいものだ。最近イタリアの奇想小説をたくさん訳してくれている光文社古典新訳文庫さん、今度はアルジルリも是非とも出して下さい! あとどこでもいいですから、『アトミーノ』の復刊を。できたら、元のイラストのままで。お願いします!
(2011年9月5日)
■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。
●北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。
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