
『ゼロの怪物ヌル』
本作は一九七二年に参玄社から再刊された際『海からきたチフス』と改題されてしまい、以降は常に改題名で刊行される。でもどう考えても、元の題名の方がカッコイイよね。角川文庫から『海からきたチフス』という本が出ていることを知った際、病気が蔓延するだけの話だと思い込み、SFだとはしばらく気が付かなかった――というのは昔のわたしの実体験。

『深海艇F7号の冒険』
しかし出発前には、怪しい警告を受けたり、影のような謎の男が暗躍したりする。彼らの目的は何なのか……。海底の様子が描写されつつもストーリーが展開するという構成は、ジュール・ヴェルヌの 『海底二万海里』の影響のもとに書かれたのは明白だ。カバー折り返しのあらすじではちょっとネタバレをしているので、そこは見ずに読んだほうがいいかも。

『恐竜物語』
それからぐっと時代が新しくなって、映画になったことでよく知られるのが 『恐竜物語(上・中・下)』(角川文庫/一九八七年)。
『REX』のタイトルで角川映画化(一九九三年)された際に、本のカバーも『REX 恐竜物語』と変更されてしまった(本体の表記は変わらず)。
立野博士は、北海道の知床で化石化していない「恐竜の卵の殻」を発見する。とすると、どこかで氷づけになった恐竜の卵が見つかる可能性が出てきた。博士はこれを発見した上で恐竜を現代に甦らせようと考えたのである……。
映画は子ども時代(十一歳)の可愛い安達祐実が出演している(これが映画デビュー作らしい)けれども、角川書店社長(当時)の角川春樹が違法薬物使用容疑で逮捕されたために、公開が途中で打ち切られるという不運に見舞われてしまった。
もっとも、『恐竜物語』は割合とシビアな話なのに、『REX』は女の子と恐竜の赤ちゃんの交流を描くほのぼのストーリーに改変されてしまったらしい(実は見ていません)ので、別物だと言ってもいいだろう。
なにせ、原作は卵を手に入れるまでの紆余曲折が延々と描かれ、陰謀が渦巻き、上巻では卵まで到達しないのだ。ましてや、卵が割れて恐竜が生まれるのは下巻に入ってから。しかも恐竜は人間に噛み付いて肉を喰らうのだ! 原作と映画はコンセプトが全く違います。
コミック版も出ていたな……と思って調べたら、コミカライズしたのはCLAMPだったのか!

『ムツ・ゴーロの怪事件』

『ムツゴロウの玉手箱』
「河童」は、人間とカエルをかけあわせることによって河童を生み出す、という話だった。生み出そうとするだけのドタバタかと思いきや、ちゃんと河童が誕生するのでSFです。
「猿」は、最初は食べ物の話から始まるので現代が舞台かと思いきや、「コンピューターに接続された速報機」だとか「食欲増進剤」などが出てきて、未来らしいと判明。やがて、どうやら環境汚染によって豚や鶏など食料となる動物ががどんどん死んでしまった世界らしいとも分かる。そして最後に、意外な結末が待っている。これは正真正銘のSF。
わたしが畑正憲SF集を編むとしたら、『恐竜物語』は分量が多いしあまりにも流布しているので見送るとして、(『海からきたチフス』ではなく)『ゼロの怪物ヌル』と『深海艇F7号の冒険』のジュヴナイル二本と短篇「河童」「猿」、そして巻末に逆開きで『象昆鳥』を(ちゃんと絵本版で)収録するなあ。いかがなものでしょうか、各出版社の皆様?
(2011年5月6日)
■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』
●北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。
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