ではストーリーを。主人公となるのは、ジュロームという十代半ばの少年。舞台は先述の通り二十二世紀後半のパリ。ただし、プロローグからつながる形で、過去パートも挟み込まれる。そちらは十九世紀末から二十世紀前半を背景として、合気道の開祖たる植芝盛平が合気道を完成させていく様子が描かれる。合気道は思想的に大本教から多大な影響を受けており、大本教の出口王仁三郎も重要な役割を果たす。
神業
『神業』の帯
 ジュロームは、家庭が崩壊したことをきっかけにストリートチルドレンとなった。彼はやはり路上生活をしている同年代のマックスと知り合う。パン屋でジュロームがおとりになっている間にマックスがパンを盗むという計画を実行したが、バレてしまう。その時に二人を捕まえたのが、アイキ・リブリウム合気道学校の校長であるイーブ・バートランドだった。ジュロームとマックスはイーブによって無理矢理学校に入れられ、合気道を学ぶ生活が始まった。……腰巻の「武道小説版『ハリー・ポッター』」というコメントは、この学校生活ゆえのことだろう。ちょっと牽強付会の感は拭えないなあ。
 イーブは、最終的に二人の少年のうち一人を選び、その者を通して合気道創始者の伝説の《神技》を復活させるのだという。そのためにはもう一人が犠牲にならなくてはならない、とも。ジュロームとマックスは、密かに誓う。生き残った方は必ず復讐を果たそう、と。……そろそろ皆さんもお気づきかと思いますが、この物語、二十二世紀を舞台にしている割に、あまりSFらしい展開を見せないのです。展開はもとより、世界観自体がとても百六十年後のこととは思えません。
 例えば、ジュロームたちが学校へ連れて行かれる途中の、パリ市街の描写。「街中は、はしゃぐ旅行者や昼食に向かう地元の人、静かに澄んだ雰囲気の空気を騒音と排気ガスで汚す自動車で溢れていた。」……エコカーの開発がどんどん進んでいる現状を鑑みるに、騒音や排気ガスを出す自動車は二十一世紀中になくなってしまうような気がするが、いかがだろうか。百六十年後には、「自動車」という存在すらなくなっている可能性もあるし。
 二人が捕まる「パン屋」も同様。扉を開けるとベルが鳴って、壁際の棚には焼きたてのパンが並んでいて、大きな木でできたカウンターの向こうに調理場があって、パン屋の主人はエプロンに付着した小麦粉を手で拭っている……って、現代のパン屋以上の何物でもない。未来のパン屋をどう描写するかなど、作家としての腕の見せ所と思うのだが。
 百六十年間の社会変化は、もっと劇的に大きいはずだ。百六十年前と現代とを比較してみれば、その差は判り易いだろう。一八五〇年といえば、我が国では幕末。まだペリーが黒船に乗ってやってくるより以前のことなのだ。その世界と現代との差異と同等か、もしくはそれ以上の差異が、現代と『神技』の世界にあってしかるべきなのである。
 さて話が進むにつれ、イーブが合気道の聖杯とも言うべき『The Lost Book(失われた本)』という書物を探し求めていることや、その本には植芝盛平が成したという《多様性の神技》の手順が記されていることが明らかにされる。
 学校ではヘンリーという教師が、なぜかジュロームに敵意を抱いており、講義でも彼を目の仇にした。ジュロームは苦労して講義についていったが、天性の武道の才能を持つマックスは楽々とこなしていた。
 数か月後の試験の際、ジュロームをかばったマックスに、ヘンリーは激しい攻撃を加える。それを見たジュロームは、湧き出る力によってヘンリーを倒す。これぞ《無分別の攻撃》であった。
 ――こういった学校パートは、合気道の道場が舞台なので未来的ガジェットがなくても納得がいくが、未来感がゼロであることには変わりなし。二人が生活する部屋も、現代の寄宿舎の様子と違った様子はほとんど見られない。
 一方、イーブ校長の命を受けた者たち――カルビン、アントン、そして情報者(インフォーマー)――は、スイスの山中に住む名士の屋敷を襲撃する。そこに、例の『本』が隠されていることが判明したからだ。様々な障害を乗り越え、遂に『本』が手に入る。  このくだりでも、二十二世紀後半のつもりで読んでいるとずっこける描写が頻出。列車での移動中、車掌が来て「チケットを拝見します」と言われ、切符を渡す。たぶん「チケット拝見」なんてことは百六十年後にはあり得ないでしょう。
 襲撃時に用いられる武器は、ナイフは音を立てないためだからいいとして、飛び道具は普通のピストル! レーザー銃や位相銃でなくてもいいから、もう少し未来的な武器を考えましょうよ。
 ……と思っていると、後半になって突然「ひも理論」が登場する。SFファンには説明の要もないかもしれないが、ひも理論とは宇宙の成り立ちを説明する物理学上の仮説。二〇三〇年(つまり現代からは未来の話だが、ジュロームの時代からは過去の話)、合気道の基礎となる《言霊》の研究が、ひも理論と結び付いて解明されたのだという。
 また後半三分の一からは、過去パート、二十二世紀パート以外に、二十一世紀パートが加わる。二〇一五年頃、合気道を学んだスタントマンのジャック・パティエが《神技》を会得して、人間業ではないスタントを行う話だ。その際、彼は身体をボールのようにコイル状に巻いて、急速ならせん回転をして移動をしていたというのだ。これこそひも理論に基づくものだった。……凄すぎるぞ、ひも理論。
 そしてジュロームは、最後にジャック・パティエ同様のスタントを行うようにイーブ校長に命ぜられるのだった……。
 これから読もうという方のために、あえて結末は書かないでおきます(簡単に手に入る本ですから)。巻末には「著者造語解説」も付されている。例えば「曲芸の神技(Acrobatic Skill)」の項目を読んでみよう。
 「アクロバットの分野における《神技》。ジャックが完成させた「アイキ・リビリウム」もこの《神技》に含まれる。イーブや情報者(インフォーマー)もこの《神技》の使い手。自らの状態も含め、自分の置かれている状況を正確に把握し、それらを最大限に利用することができる。利用できる状況のことを《チャンスの窓》と呼ぶ。」――こんな具合だ。
 というわけで、全体に未来感はほぼゼロで、合気道を極めた登場人物たちはジャック・パティエ同様の身体能力を発揮するのだが、これ(及び「ひも理論」によるその理論付け)が一番SF的。
 ジャック・パティエの妻マリエは「携帯電話によるセルラー方式革命が世界中で起きた後に、突然に出現した」病であるところの「体の筋肉の組織を自己消化してしてしまう病気」、“自己免疫システム不全”にかかっているのだけれども、その設定は少しばかりSF。
 SF小説としてのアラはさておき、読んでいて全体に誤植が多いのが気になってしかたなかった。細かいところはチェックが甘かったから……でいいかもしれないが、この小説の内容で「大本教」を「大元教」と誤植(それも何回も)したらいかんでしょう。また「牛和歌丸のような素早い動き」とか「原始爆弾のような強力なエネルギー」といった誤植(変換ミス見逃し?)にも笑いました。
 ちなみに『The Lost Book(失われた本)』が隠されていたのは、スイスのインターラーケンの近く。シャーロック・ホームズが日本の武術「バリツ」を用いてモリアーティ教授と対決したのもインターラーケンの近く。……たまたまでしょうか、意図的でしょうか?
 作者ガディエル・ショアは、カバー折り返しの著者紹介によると、一九六七年イスラエル生まれ。合気道六段で、現在はイギリス在住。一九八九年に初来日し、養神館本部道場で塩田剛三宗家から手ほどきを受けたという。
 塩田剛三とは、合気道において“生ける伝説”と呼ばれた人物。植芝盛平の弟子で、合気道九段の免状を植芝から直接受けている。よってガディエル・ショアは植芝盛平の孫弟子ということになる(塩田剛三から受けたという「手ほどき」がどの程度のものだったかにもよるが)。ちなみに格闘技マンガ『グラップラー刃牙』に登場する柔術家「渋川剛気」のモデルとなったのが、塩田剛三。渋川剛気の師匠として登場する「御子柴喜平」のモデルは、当然ながら植芝盛平。ガディエル・ショアもがんばれば、『刃牙』シリーズに登場できるかもしれませんな。
 ショアは現在、養神館イスラエル本部道場代表、及びイギリスの浄誠館道場代表だそうである。合気道そのものだけではなく、呼吸法によって身体を整えるというメソッドも研究しており、GBJ(Gadi Breathing Method in Japan)代表も務めている。
 版元のBABジャパンは「武道」「ビリヤード」「セラピー&ビューティ」の分野を専門とする出版社。よって合気道のみならず、太極拳やジークンドーに関する書籍やDVDを刊行している。同社の武道雑誌「月刊 秘伝」には、ガディエル・ショアも何度か記事を書いているようだ。
 本書は原題を Skill といい二〇〇六年に発表され、それが二〇〇七年に「逆輸入」される形で邦訳された。しかし原書の版元 Teromega を調べてみると、Skill 以外の発行物を見つけることができなかった。もしかしたら、本書を出すために作られた版元なのかもしれない。
 日本版の訳者・永峯知佐登も、本書以外の訳書を見出せなかった。ネット上の未確認情報によると、先述したショアによる呼吸法の会の関係者らしい。同様な未確認情報によると Skill の続篇が書かれているとのことだったが、こちらはいくら検索をかけても出版の事実を確認できなかった。
 第二作が書かれるとしたら、是非ともSF性をもっと増やして頂きたいところだ。それにしても、『神技』のような本がいつの間にか出ていたりするから、常にSF奇書に対するアンテナは張り巡らせていなければいけないのである。――ランニングの時であろうとも、ね。
(2011年3月7日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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