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その訳文の一部を、実際に比較してみよう。アランがウラシマ効果について思いをはせるシーンだ。
ときどき、見張当番に当ってヘールと研究したり、あまり思考の要らない常例の仕事でぶらぶら歩いたりしているとき、時間方程式のことが彼の念頭をかすめて浮びあがってくる。それはあんなにも正しく精密な事柄であった。アインシュタインにもローレンツにも妥協ということがなかった。(『宇宙航路』90ページから91ページ)
ときどき、見張当番にあたってヘールと学習したり、あまり思考の要らない常例の仕事でゆっくりと歩いたりしているとき、時間方程式のことがアランの念頭をかすめて浮びあがってくる。それはあんなにも正しく精密な事柄だった。アインシュタインにもローレンツにも妥協ということがなかった。(『トゥ・ザ・スターズ』99ページ)
いかがだろうか? ここだけを見ても、偶然似た表現になったというレベルではないことがお分かり頂けるだろう。
新たに出すのなら未訳の作品を選んで欲しかったところだが、もしかしたら「既訳があるから一から訳すより簡単」ということで、本作が選ばれたのかもしれない。
さすがに、『宇宙航路』のイラスト(水島爾保布)や、巻末に付された相対性理論に関する解説「時間・空間の相対性について」(野尻貞雄)までは、『トゥ・ザ・スターズ』には収録されていない。かわりに、巻末に「用語解説」が加えられている。
裏表紙には様々な評が掲げられており、「物語芸術の傑作」はロバート・シルバーバーグ。「L.ロン・ハバード著作の『トゥ・ザ・スターズ』は史上最高のSF小説に数えられる」と評した��ジェリー・ポアネル�≠ヘ��ジェリー・パーネル�≠フことでありましょう(��ポアネル�≠フほうが原音に近いのですが)。
また本書は「日本語の本」ではあるけれども、正確には「日本で出た本」ではない。奥付を確認すると、発行所は Galaxy Press となっており、住所もアメリカはカリフォルニア、ハリウッドなのだ。我が国での普通の書籍販売ルートに乗っていないのも不思議はない。
発行年は二〇〇五年。定価の表記はどこにもない(円でも、ドルでも)。
奥付には更にシールが貼られていて、そこに「日本販売代理店:ニュー・エラ・パブリケーションズ ジャパン」と記されている。まてよ、本書以外にもハバードの小説(の日本版)がこっそりと出ている可能性も否定できないな……と、えいやで同社に連絡をしてみた。その結果、教えてもらえた訳書は把握しているものがすべてだった。残念。
その際、念のために『トゥ・ザ・スターズ』について確認したところ、なんとまだ在庫があるというではありませんか! 欲しいという方は、直接ご連絡をどうぞ。千五百円だそうです。
本作の原作は、一九五〇年〈アスタウンディング・サイエンス・フィクション〉誌に発表されたもの。一九五四年にはエース・ブックスから一冊にまとまった。この際のタイトルはReturn to Tomorrowで、元々社版も原題表記はこれになっている。
『トゥ・ザ・スターズ』にインスパイアされて、ジャズピアニストのチック・コリアは同題のアルバムを発表している。ちなみにチック・コリアもサイエントロジー信者のひとり。
折角なので、ハバードに関する本をもう一冊ご紹介しておこう。入手したのはまだわたしが専業作家になる前のことなので、今から十数年前。今はなき渋谷の東急文化会館の屋上には、プラネタリウムのドームとゲームセンター以外に、古本リサイクルの店があった。何かのリサイクル団体の出店で、商売というよりあくまで��リサイクル�≠ェ目的とされていた。それゆえ不要の本を持ち込むとポイント評価してくれて、このポイントで古本を買うことができるシステムになっており、わたしは結構愛用していた。しかもあくまでリサイクルの店なのでレア本にもプレミア価格が付かず、掘り出し物が見つかることもしばしばだった。ロシア帰りだという銀髪のおばあちゃんが店番をしていたけど、その後、あのおばあちゃんはどうしたのかなあ。

こんな本、見たことない! と購入したわけだが、それ以降、二度と売っているのを見かけたこともなければ、持っているという人に会ったこともない。
奥付がないので発行年ははっきりしないが、コピーライト表記が一九九五年、購入したのが一九九七年一月なので、九五年か九六年の発行だろう、と思っていた。今回、国会図書館のデータベースで確認したところ、やはり一九九五年の発行となっていた。
発行所の表記はなく、問い合わせ先としてこれまたカリフォルニアの L. Ron Hubbard Personal Public Relations Office International となっている。国会図書館のデータベースでは、カッコ付きで〔サイエントロジー東京〕となっているので、これまた発行はアメリカだが取り扱いは日本の事務所というパターンだろう。
表紙に「ロンの友人たちによる編集。」とあるのは、副タイトルではなく編著者表記だろう……と考えてネット上にある原書の書影で確認したら、全く同じデザインで COMPILED BY THE FRIENDS OF RON とありました。やっぱり。訳者に関する表記は、どこにもナシ。
中身はというと、発行元が発行元だけにサイエントロジー関係の記述がメインとなっているが、それを概観するには便利だし、ハバードの生涯全体について知ることができるのは非常にありがたい。彼がまだ十代だった一九二〇年代に東洋へ行った際、日本に来たこともあったとか。最初のフィクション作品が発表されたのは一九三〇年代、ワシントン大学の新聞だったとか。 とはいえ、一番興味深いのは「フィクション作家」の章。ハバードが執筆していた古いパルプ雑誌の表紙がカラー図版でずらりと並んでいるところなどは、ビジュアル本ならでは。SF誌だけでなくウェスタン小説誌や戦争小説誌、探偵小説誌などで書いていたことが分かるのだ。文中には、フレデリック・ポールによる「彼の小説が売店に出回るとすぐ、ファン一人一人の文化的遺産となった」などという言葉もある。
ハインラインの「「ファイナル・ブラックアウト」は、これまでに書かれたSFの中で完璧と言うに値する作品である。」という評も。これ、日本語で読みたいものですなあ。
《バトルフィールド・アース》を中心に取り上げたページでは、世界各国語版の同書が並べられているのだが、その中にはサンリオSF文庫版もあります!
ハバードが主催したSF新人賞「未来の作家コンテスト」に関する章も。審査員たちは「ロバート・シルバーバーグ、ジェリー・ポーネル、ジャック・ウイリアムソン、アンドレ・ノートン、アン・マキャフリー」となっている。そういえば、ここには記述されていないけれども、スティーヴン・バクスターもこの賞の受賞者でした。
本当は、短篇に至るまでの詳細なハバード書誌があると良かったのだけれども、そこまではムリでしょうね。
それでも、SF関係のノンフィクションを蒐集しておられる方には、色々な意味でオススメの一冊です。
というわけで、もし関係者の方がここを読んでおられたら、是非ともお願い。次こそは、ハバードの未訳のSF作品、特に Final Blackoutを訳して下さい!
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●北原尚彦「SF奇書天外REACT」の連載記事を読む。
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■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』
●北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。
SF小説の専門出版社|東京創元社