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家庭医書
『家庭医書』
 続いては、星一の著作ではない、星製薬による出版物を。『家庭医書』は、明治43年(=1910年)に同社から刊行された本。これは人体の構造や様々な病気について解説したもので、現代の『家庭の医学』のようなものなのだが、最後に「療法」として、必ず星製薬の医薬品名が掲げられている。要するに、広告も兼ねているのだ。たとえば急性胃カタル(食あたり)に関しては、原因や症状が述べられた後、まずホシチャーコール錠を服用し、続いてホシ胃腸薬を服用するに限る、といった具合。
 巻末は完全に商品カタログとなっていて「ホシ下痢止」「ホシへデキューア」「ホシ救命丸」「ホシ毛生液」……とほとんどに「ホシ」が付くのが楽しい。
 わたしが所持しているものは、大正12年(=1923年)の第80版。何度も改訂増補が加えられ、版を重ねたようだ。裏表紙に「福井薬院」のスタンプが押されているので、この薬局に備えられていたか、ここで顧客に配布されたのだろう。
家庭医書 第二
『家庭医書 第二』
 本書には大正11年(=1922年)刊行の『家庭医書 第二』という続篇もある。こちらは、奥付に著者としてしっかり"星一"の名前が入っている。内容は「ホシチオール」と「ホシロール」に限定したもので、それらの効能が縷々述べられている。ページも巻末の目録を含めて40ページほどしかなく、前掲書以上に広告カタログ色が強くなっている。『冷凍…』 や本書のように一般書店に流通したのではない本は国会図書館などにもデータが残っていないので、星一の全著書を把握するのはなかなかの難事である。
 『家庭医書』は、昭和バージョンも存在し、こちらは著者が「宮本貞一」となっている。発行は昭和11年(=1936年)。病気を説明しては、それらに効く星製薬の薬を紹介する、というパターンは変わらないが、解説文が元版とは異なっている。以上『第二』を含めた3冊は、判型もバラバラ。他にも、もっとヴァリアントが存在するかもしれない。
家庭医書 昭和版
『家庭医書』昭和版
 昭和バージョンにも巻末に星製薬の商品目録が掲載されているが、この段階では医薬品や化粧品に止まらず、「ホシ即席カレー粉」などの食品の部もある。これはきっと、先述の冷凍製造技術によるものでありましょう。鶴の肉をフリーズドライした滋養強壮食品「ホシヅル」――なんて商品名が混ざっていても、全く違和感はなさそうだ(本当はありませんよ、念のため)。

 更に遡って、星新一の祖父を。有名なのは父方の祖父なので星姓ではないが、星新一が伝記を書いているのでSFファンは名前を知っているだろう。小金井良精(こがねい・よしきよ)である。この人は人類学者・医学博士で、さすがにSFは書いていないけれども、『日本石器時代の住民』(春陽堂/明治37年=1906年)という原始人に関する本を書いている。しかしこれがまたレア本で、古書市場に滅多に出ない。
小児養育法
『小児養育法』
 わたしが所持している小金井良精本は、序文のみ良精が書いている『小児養育法』(博文館/明治26年=1893年)である。表紙にもちゃんと「医学博士 小金井良精君 序」と記されている。その序によると、作者の中村正道は小金井良精の友人だが、この本の完成を見ることなく急逝してしまったらしい。そして摂生ほど重要なものはないが、中でも重要なのは子どもの摂生である云々、と述べている。
 本文は妊婦の養生法に始まり、出産時の注意、乳児の扱い方、と述べられていく。「人工育児法」という章があり、おっ、少しはSFかもと思ってページをめくると、哺乳瓶の説明がされている。そうか、明治期だと哺乳瓶だけで「人工育児」になってしまうわけね。哺乳瓶の図もあるが、大きなガラス瓶にゴム管が突っ込まれて、それに吸い口が付いているという形状で、現代のものとはまるで違っております。
 いくらわたしでも、星新一の祖父が序文を書いているというだけの理由では古本を買ったりしません。本書が「寸珍百種」という叢書の一冊であるがゆえに購入したのです。「寸珍百種」は、近代的な文庫本の元祖。これ以前にも小型本の叢書はあるけれども、そちらは個人全集的意味合いが強い。��様々な作家が様々な内容について書いている小型本叢書�≠ニいう特徴を備えたのは「寸珍百種」が初だったのだ。渋江保の著書なども入っているのだが、なかなか手に入りません。

 ずいぶんと遡ってしまったので、現代に戻ろう。星新一と言えば、装丁画やイラストを描いた真鍋博が切っても切り離せない。もう、イメージが直結してしまっていますから(但し児童向けの場合は和田誠ね)。星新一展でも、原画が展示されておりました。
真鍋博作品コレクション目録
『真鍋博作品コレクション
目録』
 そんな真鍋博の、詳細な書誌本が刊行されていることは余り知られていないだろう。それが『真鍋博作品コレクション目録』である。これは二冊がセットになってひとつの函に入っているのだが、正確には『愛媛県美術館所蔵 真鍋博作品目録』(愛媛県美術館/2004年)と『愛媛県立図書館所蔵 真鍋博コレクション目録』(愛媛県立図書館/2004年)である。簡単に言えば、前者は原画の目録、後者はそれが用いられた出版物の目録である。真鍋博は愛媛県の出身だった関係で、遺族が原画と印刷物を両館に寄贈したのである。それを書誌の形にしたのがこの二冊というわけ。一般には販売されていないが、各地の図書館などに収蔵されているので、探してみて頂きたい。非売品ゆえ欲しがっている人も多く、タイトルに「作品コレクション」と入っているために画集だと誤解している人もいるようだ。『…作品目録』の巻頭40ページほどだけ、カラーページで画集となっているものの、基本的にはあくまで書誌です。データの羅列。わたし個人としては書誌の方が好きなので、もうたまりません。
真鍋博作品目録
『真鍋博作品目録』
 真鍋博画の星新一本も、もちろんリストアップされている。試しに『未来にいどむNEC』のタイトルを引いてみると……おおっ、ちゃんと載っているではないか。凄いぞ。先述の画集パートには、色指定などが入った状態の表紙原画や、雑誌に掲載された際のイラストまで掲げられているのが嬉しい。真鍋博は星新一以外のSFやミステリ作品のイラストも多数手がけているので、SFファン、ミステリ・ファンには貴重な資料だ。
 『…作品目録』は約300ページ、『…コレクション目録』は約700ページあり、ページ自体も大きいので函に入った状態だとタテ31センチ×ヨコ23センチ×厚さ6.5センチと、かなりの体積だ。『世界幻想文学事典』(国書刊行会)よりもデカい、と言えばお分かり頂けるだろうか。重さも同事典の2.0キロに対し、こちらは3.3キロだ!(体重計で量ってみました。) 頭上から落下させれば、人も殺せそうです。
 すごく余談になるが、わたしの母方の伯父は政府官僚をしていた人でした。わたしが十代の頃、家に遊びに行ったら本棚に真鍋博のサイン本(それも伯父宛て)が何冊も並んでいて、仰天したことがあった。どうやら、仕事の関係で知り合ったらしい。その伯父ももう故人だが、あのサイン本、どうなっただろうか。気になるなあ。

 今回、本稿を執筆していて、星新一の祖母・小金井喜美子の著作は一冊も所持していないことに気が付いた。そう気が付いてしまうと、がぜん欲しくなってしまうあたりは、古本コレクター病の末期症状だ。――この病気に効く薬だけは、星製薬からも出ておりません。

 

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(2010年6月7日)

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北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

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