本記事は『ねじまき男と機械の心』巻末解説からの抄録です。〈Webミステリーズ!〉4月号の紹介記事も、ぜひあわせてお読みください。
我々の世界とは異なる歴史の中で展開される《大英帝国蒸気奇譚》シリーズ、『バネ足ジャックと時空の罠』に続く第二作『ねじまき男と機械の心』、いよいよ登場である!
本シリーズは19世紀半ば――シャーロック・ホームズが活躍した頃(19世紀末)よりも古く、チャールズ・ディケンズ作品(後期)やウィルキー・コリンズ作品が発表されていたような頃――に時代が設定されている。だが歴史の流れが異なっているがゆえに、蒸気機関による馬車や優生学的に改造された動物たちが街を走り回っている。そんな異形の19世紀を舞台に、奇想と活劇、怪奇と科学の物語が次々と展開されるのだ。
(中略)
そして本作。深夜、ロンドンの街角に機械人間が忽然と現われる。大騒ぎとなり、警察が出動する始末となったが、それは事件の発端に過ぎなかった。〈ナーガの目〉なる宝石が盗まれるが、これは天から降ってきたと推定されるのみならず、特殊な力を持っているらしいのだ。
首相から、バートンのもとへ指令が下る「長らく行方不明だった貴族を自称する〈請求者〉を調査せよ」と。降霊術が重要な役割を果たす中、陰謀の陰に「マダム・B」の存在が……。
前作では、「バネ足ジャック」と、彼に起因する時間線の混乱、そしてそれをどうバートンたちが解決するか、が主眼だった。本作は、途中まではややオカルティック?かと思われるが、後半、今回も時間SFとなっていくので、そういう要素が好きで前作を読んだ方もお楽しみに。
本作(というか本シリーズ)の楽しみのひとつは、「この人物をこんな使い方するのか!」という驚き、「我々の歴史とはこう違うのか!」というニヤニヤである。「英国の歴史的著名人や史実に必ずしも詳しくない」という方は、特にページ数を指定するなど注釈の形にはなっていないが、下巻巻末の「補遺 一方、本来のヴィクトリア朝時代では……」をお読み頂きたい。本文を読んでいて「この人物は?」となったら、途中でも参照した方が理解し易い(告白すると、わたしもこれに何回も助けられました)。この「補遺」に挙げられているということは実在の人物や事物なので、もっと詳しく知りたい方はこれを手がかりに調べていくといいだろう。
ちなみに前作の主題となり本作でも関係する「バネ足ジャック」については、仁賀克雄『ロンドンの怪奇伝説』(メディアファクトリー ダ・ヴィンチ編集部)に詳しい。また、バネ足ジャックを主題とした創作では、藤田和日郎のコミック『黒博物館 スプリンガルド』(講談社)、北原尚彦の短篇「怪人撥条足男」(角川ホラー文庫『首吊少女亭』所収)などがある。
今回は、タイトルにもなっている「ねじまき男」が登場。オートマタ(機械人形)は、十八世紀から十九世紀にかけて欧米で流行した西洋版「からくり人形」であり、楽器を弾くものなどがあった。チェスを差すタイプのものもあり、エドガー・アラン・ポオはこれをテーマに「メルツェルの将棋差し」(創元推理文庫『ポオ小説全集1』所収)を書いている。
本作中、ゼンマイ仕掛けの機械人形ネルソン提督と怪物との戦闘シーンがあるが、これがたまらない。まるで怪獣映画か特撮ドラマのワンシーンのようだ。遡って、機械人形に命令できる人間の音声を登録するところなどドラマ『ジャイアントロボ』のようだし、もしかしてホダーは日本の特撮を観ているのだろうか、とすら思ってしまう。
また、ティチボーン家の幽霊に関するパートには、アーサー・コナン・ドイル『バスカヴィル家の犬』からの影響が見られると思うのだが、いかがだろうか(もちろん「請求者ティチボーン」の顚末自体は史実なのだが)。一族に代々残る呪いの伝説。相続者にまつわる諸問題。屋敷に掲げられたご先祖の肖像……。万が一にも本書を読んでいて『バスカヴィル家の犬』を読んだことがない、という方がいらしたら、是非読み比べてみて頂きたい。
本作(下巻)にはチャールズ・アルタモント・ドイルなる人物が登場するが、これは補遺にもある通り、シャーロック・ホームズの産みの親であるサー・アーサー・コナン・ドイルの父親である。なので、作中で「かわいいアーサー」うんぬんというくだりがあるが、これはもちろん後のコナン・ドイルである。
コナン・ドイルは、シャーロック・ホームズ物第一作『緋色の研究』が単行本になった際は、わざわざ父チャールズにイラストを頼んでいる。なんとも孝行者の息子である。
チャールズ・アルタモント・ドイルがアルコール依存症だったのは事実で、彼の残した幻想的なThe Doyle Diaryは一見の価値あり。職業画家が商業ベースで描いた絵とはまた違う、不可思議な感触の絵がずらりと並んでいる。
実際には、心霊学に入れ込んでいたのはチャールズよりも息子のサー・アーサー。コナン・ドイルは探偵小説やSFだけでなく心霊術に関する書籍も多数執筆しており、邦訳のあるものだけでも『コナン・ドイルの心霊学』(近藤千雄/潮文社)や『コナン・ドイルの心霊ミステリー』(小泉純訳/ハルキ文庫)がある。またサー・アーサーは有名な妖精写真を「本物」認定してしまったことでも知られるが、それに関する『妖精の出現コティングリー妖精事件』(井村君江訳/あんず堂)も執筆している。
それにしても「作者について」で明かされている、ホダーとサー・アーサー・コナン・ドイルとの関係には驚かされた(もう読みましたか?)。曾祖父がサー・アーサーの大学医学部時代の学友で、フリーメーソンにいっしょに入会した親友だなんて! そしてサイン入り初版本! その行く末を含め、それだけでひとつのドラマだ。
作中に出てくる通信用の気送管システムというのは実際に十九世紀に実用化されたもので、現在でも利用されている。気送鉄道というアイディアも生まれた。気送鉄道は短期間ながら現実に走ったこともあるのだが(本シリーズに登場するブルネルによって!)、費用などの面から実用的でないとされ、続かなかった。とはいえこれは非常に魅力的なガジェットで、近年ではケン・リュウの短篇「太平洋横断海底トンネル小史」(古沢嘉通編訳『紙の動物園』早川書房刊に収録)で非常に効果的に用いられている。
スチームパンクという文化全般について知りたいという方には、ブライアン・J・ロブ『ヴィジュアル大全スチームパンク』(日暮雅通訳/原書房)やジェフ・ヴァンダミア&S・J・チャンバース『スチームパンク・バイブル』(平林祥訳/小学館集英社プロダクション)が役に立つだろう。
どちらも眺めているだけで楽しく、スチームパンクのイメージを摑むことができる。スチームパンク作品もたくさん(小説、コミック、映像問わず)紹介されているので、《大英帝国蒸気奇譚》シリーズが楽しかった、という方への読書ガイドにもなる。もっとビジュアル重視、ということなら写真集としての要素が強いジェイ・ストロングマン『スチームパンク ネオヴィクトリアン・アートギャラリー』(有限会社リンガフランカ訳/グラフィック社)があるし、自分の部屋や装飾品をスチームパンクにしちゃおう!という方には五十嵐麻里『ネオ・ヴィクトリアンスタイルDIYブック ホームズの部屋・スチームパンク室内装飾』(グラフィック社)なんてものまである。
スチームパンクで最近の邦訳作品だとラヴィ・ティドハー《ブックマン秘史》三部作、『革命の倫敦』『影のミレディ』『終末のグレイト・ゲーム』(小川隆訳/ハヤカワ文庫SF)をオススメしておく。《大英帝国蒸気奇譚》と同様、歴史の異なる英国が舞台となるが、モリアーティー教授が首相、ヴィクトリア女王が××なのである! スチームパンクからは少し外れるかもしれないが「歴史が異なる流れを辿った英国」ということでは、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』『ドラキュラ戦記』『ドラキュラ崩御』(梶元靖子訳/創元推理文庫)は外せない。本シリーズではドラキュラが勝利し英国を支配した世界が描かれる。しかも古今東西のヴァンパイア・怪人・実在の有名人たちがぞろぞろと出演するのだ。
シャーロック・ホームズ系では、やや特殊なパスティーシュであるガイ・アダムス『シャーロック・ホームズ 恐怖!獣人モロー軍団』(富永和子訳/竹書房文庫)が、H・G・ウェルズ『モロー博士の島』のキャラクターが登場するのを始め、SFなネタが幾つもぶち込まれている。その前作『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』(富永和子訳/竹書房文庫)もあるが、こちらはオカルト要素がメイン。
アメコミでは絶対オススメなのがアラン・ムーア/ケビン・オニール『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』(秋友克也・猪川奈都訳/ヴィレッジブックス)だ。ネモ船長、アラン・クォーターメン、ジキル博士など文学上の有名人が協力して強大な敵と戦う、凄い話だ(ホームズ系要素もあり)。日本では第二部まで出ているが、第三部以降の邦訳を是非とも期待したい。
ジョージ・マン編のホームズ・パスティーシュ・アンソロジー『シャーロック・ホームズとヴィクトリア朝の怪人たち(I・II)』(尾之上浩司訳/扶桑社文庫)が近日刊行されるが、これにはマーク・ホダーの「失われた第二十一章」が収録されている。シャーロック・ホームズがバートンとスウィンバーンも関係する事件を解決するという短篇で《大英帝国蒸気奇譚》の番外篇に位置付けられているので、併せてお読み頂きたい。また編者ジョージ・マンによる短篇「地を這う巨大生物事件」もなかなかスチームパンクである。
さて、本作に続いて、《大英帝国蒸気奇譚》シリーズ第三作Expedition to the Mountains of the Moonも、《創元海外SF叢書》から近日刊行の予定。今度は冒頭こそロンドンが舞台だが、ほぼアフリカでの冒険がメインとなる。まあ、なにせ主人公がバートンですから。だがそこからどえらい時空SFになる模様で、ますます楽しみである。これで一旦は完結となるが、本国では設定を一新しつつシリーズ自体は続いている。通巻で言うと第四作が2013年、第五作が2014年に刊行されており、第六作も今年発表される予定となっている。その「続き」が我が国で出るかは、本三部作の人気次第ということになろう。読者諸兄の応援を是非ともお願いしたい。
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北原尚彦 naohiko KITAHARA
我々の世界とは異なる歴史の中で展開される《大英帝国蒸気奇譚》シリーズ、『バネ足ジャックと時空の罠』に続く第二作『ねじまき男と機械の心』、いよいよ登場である!
本シリーズは19世紀半ば――シャーロック・ホームズが活躍した頃(19世紀末)よりも古く、チャールズ・ディケンズ作品(後期)やウィルキー・コリンズ作品が発表されていたような頃――に時代が設定されている。だが歴史の流れが異なっているがゆえに、蒸気機関による馬車や優生学的に改造された動物たちが街を走り回っている。そんな異形の19世紀を舞台に、奇想と活劇、怪奇と科学の物語が次々と展開されるのだ。
(中略)
そして本作。深夜、ロンドンの街角に機械人間が忽然と現われる。大騒ぎとなり、警察が出動する始末となったが、それは事件の発端に過ぎなかった。〈ナーガの目〉なる宝石が盗まれるが、これは天から降ってきたと推定されるのみならず、特殊な力を持っているらしいのだ。
首相から、バートンのもとへ指令が下る「長らく行方不明だった貴族を自称する〈請求者〉を調査せよ」と。降霊術が重要な役割を果たす中、陰謀の陰に「マダム・B」の存在が……。
前作では、「バネ足ジャック」と、彼に起因する時間線の混乱、そしてそれをどうバートンたちが解決するか、が主眼だった。本作は、途中まではややオカルティック?かと思われるが、後半、今回も時間SFとなっていくので、そういう要素が好きで前作を読んだ方もお楽しみに。
本作(というか本シリーズ)の楽しみのひとつは、「この人物をこんな使い方するのか!」という驚き、「我々の歴史とはこう違うのか!」というニヤニヤである。「英国の歴史的著名人や史実に必ずしも詳しくない」という方は、特にページ数を指定するなど注釈の形にはなっていないが、下巻巻末の「補遺 一方、本来のヴィクトリア朝時代では……」をお読み頂きたい。本文を読んでいて「この人物は?」となったら、途中でも参照した方が理解し易い(告白すると、わたしもこれに何回も助けられました)。この「補遺」に挙げられているということは実在の人物や事物なので、もっと詳しく知りたい方はこれを手がかりに調べていくといいだろう。
ちなみに前作の主題となり本作でも関係する「バネ足ジャック」については、仁賀克雄『ロンドンの怪奇伝説』(メディアファクトリー ダ・ヴィンチ編集部)に詳しい。また、バネ足ジャックを主題とした創作では、藤田和日郎のコミック『黒博物館 スプリンガルド』(講談社)、北原尚彦の短篇「怪人撥条足男」(角川ホラー文庫『首吊少女亭』所収)などがある。
今回は、タイトルにもなっている「ねじまき男」が登場。オートマタ(機械人形)は、十八世紀から十九世紀にかけて欧米で流行した西洋版「からくり人形」であり、楽器を弾くものなどがあった。チェスを差すタイプのものもあり、エドガー・アラン・ポオはこれをテーマに「メルツェルの将棋差し」(創元推理文庫『ポオ小説全集1』所収)を書いている。
本作中、ゼンマイ仕掛けの機械人形ネルソン提督と怪物との戦闘シーンがあるが、これがたまらない。まるで怪獣映画か特撮ドラマのワンシーンのようだ。遡って、機械人形に命令できる人間の音声を登録するところなどドラマ『ジャイアントロボ』のようだし、もしかしてホダーは日本の特撮を観ているのだろうか、とすら思ってしまう。
また、ティチボーン家の幽霊に関するパートには、アーサー・コナン・ドイル『バスカヴィル家の犬』からの影響が見られると思うのだが、いかがだろうか(もちろん「請求者ティチボーン」の顚末自体は史実なのだが)。一族に代々残る呪いの伝説。相続者にまつわる諸問題。屋敷に掲げられたご先祖の肖像……。万が一にも本書を読んでいて『バスカヴィル家の犬』を読んだことがない、という方がいらしたら、是非読み比べてみて頂きたい。
本作(下巻)にはチャールズ・アルタモント・ドイルなる人物が登場するが、これは補遺にもある通り、シャーロック・ホームズの産みの親であるサー・アーサー・コナン・ドイルの父親である。なので、作中で「かわいいアーサー」うんぬんというくだりがあるが、これはもちろん後のコナン・ドイルである。
コナン・ドイルは、シャーロック・ホームズ物第一作『緋色の研究』が単行本になった際は、わざわざ父チャールズにイラストを頼んでいる。なんとも孝行者の息子である。
チャールズ・アルタモント・ドイルがアルコール依存症だったのは事実で、彼の残した幻想的なThe Doyle Diaryは一見の価値あり。職業画家が商業ベースで描いた絵とはまた違う、不可思議な感触の絵がずらりと並んでいる。
実際には、心霊学に入れ込んでいたのはチャールズよりも息子のサー・アーサー。コナン・ドイルは探偵小説やSFだけでなく心霊術に関する書籍も多数執筆しており、邦訳のあるものだけでも『コナン・ドイルの心霊学』(近藤千雄/潮文社)や『コナン・ドイルの心霊ミステリー』(小泉純訳/ハルキ文庫)がある。またサー・アーサーは有名な妖精写真を「本物」認定してしまったことでも知られるが、それに関する『妖精の出現コティングリー妖精事件』(井村君江訳/あんず堂)も執筆している。
それにしても「作者について」で明かされている、ホダーとサー・アーサー・コナン・ドイルとの関係には驚かされた(もう読みましたか?)。曾祖父がサー・アーサーの大学医学部時代の学友で、フリーメーソンにいっしょに入会した親友だなんて! そしてサイン入り初版本! その行く末を含め、それだけでひとつのドラマだ。
作中に出てくる通信用の気送管システムというのは実際に十九世紀に実用化されたもので、現在でも利用されている。気送鉄道というアイディアも生まれた。気送鉄道は短期間ながら現実に走ったこともあるのだが(本シリーズに登場するブルネルによって!)、費用などの面から実用的でないとされ、続かなかった。とはいえこれは非常に魅力的なガジェットで、近年ではケン・リュウの短篇「太平洋横断海底トンネル小史」(古沢嘉通編訳『紙の動物園』早川書房刊に収録)で非常に効果的に用いられている。
スチームパンクという文化全般について知りたいという方には、ブライアン・J・ロブ『ヴィジュアル大全スチームパンク』(日暮雅通訳/原書房)やジェフ・ヴァンダミア&S・J・チャンバース『スチームパンク・バイブル』(平林祥訳/小学館集英社プロダクション)が役に立つだろう。
どちらも眺めているだけで楽しく、スチームパンクのイメージを摑むことができる。スチームパンク作品もたくさん(小説、コミック、映像問わず)紹介されているので、《大英帝国蒸気奇譚》シリーズが楽しかった、という方への読書ガイドにもなる。もっとビジュアル重視、ということなら写真集としての要素が強いジェイ・ストロングマン『スチームパンク ネオヴィクトリアン・アートギャラリー』(有限会社リンガフランカ訳/グラフィック社)があるし、自分の部屋や装飾品をスチームパンクにしちゃおう!という方には五十嵐麻里『ネオ・ヴィクトリアンスタイルDIYブック ホームズの部屋・スチームパンク室内装飾』(グラフィック社)なんてものまである。
スチームパンクで最近の邦訳作品だとラヴィ・ティドハー《ブックマン秘史》三部作、『革命の倫敦』『影のミレディ』『終末のグレイト・ゲーム』(小川隆訳/ハヤカワ文庫SF)をオススメしておく。《大英帝国蒸気奇譚》と同様、歴史の異なる英国が舞台となるが、モリアーティー教授が首相、ヴィクトリア女王が××なのである! スチームパンクからは少し外れるかもしれないが「歴史が異なる流れを辿った英国」ということでは、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』『ドラキュラ戦記』『ドラキュラ崩御』(梶元靖子訳/創元推理文庫)は外せない。本シリーズではドラキュラが勝利し英国を支配した世界が描かれる。しかも古今東西のヴァンパイア・怪人・実在の有名人たちがぞろぞろと出演するのだ。
シャーロック・ホームズ系では、やや特殊なパスティーシュであるガイ・アダムス『シャーロック・ホームズ 恐怖!獣人モロー軍団』(富永和子訳/竹書房文庫)が、H・G・ウェルズ『モロー博士の島』のキャラクターが登場するのを始め、SFなネタが幾つもぶち込まれている。その前作『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』(富永和子訳/竹書房文庫)もあるが、こちらはオカルト要素がメイン。
アメコミでは絶対オススメなのがアラン・ムーア/ケビン・オニール『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』(秋友克也・猪川奈都訳/ヴィレッジブックス)だ。ネモ船長、アラン・クォーターメン、ジキル博士など文学上の有名人が協力して強大な敵と戦う、凄い話だ(ホームズ系要素もあり)。日本では第二部まで出ているが、第三部以降の邦訳を是非とも期待したい。
ジョージ・マン編のホームズ・パスティーシュ・アンソロジー『シャーロック・ホームズとヴィクトリア朝の怪人たち(I・II)』(尾之上浩司訳/扶桑社文庫)が近日刊行されるが、これにはマーク・ホダーの「失われた第二十一章」が収録されている。シャーロック・ホームズがバートンとスウィンバーンも関係する事件を解決するという短篇で《大英帝国蒸気奇譚》の番外篇に位置付けられているので、併せてお読み頂きたい。また編者ジョージ・マンによる短篇「地を這う巨大生物事件」もなかなかスチームパンクである。
さて、本作に続いて、《大英帝国蒸気奇譚》シリーズ第三作Expedition to the Mountains of the Moonも、《創元海外SF叢書》から近日刊行の予定。今度は冒頭こそロンドンが舞台だが、ほぼアフリカでの冒険がメインとなる。まあ、なにせ主人公がバートンですから。だがそこからどえらい時空SFになる模様で、ますます楽しみである。これで一旦は完結となるが、本国では設定を一新しつつシリーズ自体は続いている。通巻で言うと第四作が2013年、第五作が2014年に刊行されており、第六作も今年発表される予定となっている。その「続き」が我が国で出るかは、本三部作の人気次第ということになろう。読者諸兄の応援を是非ともお願いしたい。
(2015年7月6日)
■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司ら各氏を擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『シャーロック・ホームズの蒐集』(東京創元社)、『ジョン、全裸連盟へ行く』(ハヤカワ文庫JA)、『ホームズ連盟の事件簿』(祥伝社)、『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか。古本エッセイに『SF奇書天外』『SF奇書コレクション』(東京創元社)、『シャーロック・ホームズ万華鏡』(本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、《ドイル傑作集》全5巻(共編・共訳、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!