北原尚彦 naohiko KITAHARA
●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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そんなに古い本でもないのに、なかなか手に入らない探求書というものが、幾つかある。そのうちいつか見つかるだろう、定価以上は出したくないよね……とたかをくくっていると何時まで経っても見つからず、気がつけばネット古書店では稀覯本扱いでプレミア価格がついてる、というパターン。

『SF奇書天外』では、高垣眸は『熱血小説 宇宙戦艦ヤマト』(オフィス・アカデミー/一九七九年)しか紹介しなかった。それゆえ『燃える地球』は『SF奇書天外REACT』で是非とも取り上げておきたかったので、これ以上は引っ張れない。そこで、困った時の横田順彌さん頼み。横田さん宅で見かけた覚えがあったので、氏がお持ちだということは判っていたのだ。しかし二〇一一年の震災で横田さん宅の蔵書は一旦シャッフルされてしまい、御本人でも所在不明の本がある始末。なので、別件で横田氏宅をお尋ねした際に、自分で『燃える地球』を発掘した上で「これ貸して下さい」とお願いした次第。もちろん、横田さんのことだから簡単にご承諾下さった。それにしても横田さん、戦前の作品でないこういう本までお持ちだから、ほんとにスゴイよなあ。
というわけで、読んでみたのだが……ある意味、『熱血小説 宇宙戦艦ヤマト』以上の奇書でしたよ、『燃える地球』!

で、ジムとジュディがいちゃいちゃしてたりするので、この二人が主人公なのかと思ったら違いました。新彗星は発見者にちなんで「ジュディ彗星」と命名された。だが、このジュディ彗星の軌道は、地球に衝突するコースにあることが判明する。……「彗星がぶつかる」というテーマ自体が、八〇年代にしちゃ古いよね。ワイリー&バーマー『地球最後の日』(原著発表は一九三〇年代)の頃の発想だよ。そりゃ、同趣向の映画は最近になっても作られているけれども、あれはスペクタクルな映像を見せるためものだから。
ジュディ彗星対策のため、世界会議体制が作られた。そして、いよいよ真の主人公の登場だ。天文学者・三井博士の助手、封川珠樹(ふかわ・たまき)である。東大理学部首席卒業で柔道の達人でヴァイオリニストとしても知られる……って、スーパーマンですか。
しかし彼の生い立ちが紹介されているうちはいいのだが、彼が少林寺で修業する辺りからやたら長たらしくなってくる。地球の危機が迫ってるんだから、カンフー映画的な展開をしてる場合じゃないでしょうに。
それが終わって三井博士のパリ会議に随行した話になってホッとしていると、今度は殺人レスラー、キッド・アランとの対決のくだりが延々と続く。おいおいおいおい。
珠樹がキッド・アランを倒したところで、今度はオペラのプリマドンナ、サラ・コルベールが登場。こちらがヒロインとなります。……でもこの名前、サラ・ベルナールをもじっているのはすぐ判る。
サラ・コルベールが暴漢たちに誘拐されそうになっているところを、珠樹が助ける。だが珠樹は両足に鉄パイプの一撃を受けてしまう。珠樹は入院し、サラがこれを看護したことから、二人の仲は急接近。しかし珠樹は両膝関節を砕かれ、両足切断手術をすることになる……。ええっ、鉄パイプで殴られただけで? 鍛えてたはずなのに、随分とヤワじゃありません?
ここでようやく、彗星対策会議に話は戻る。会議の結果、世界各国がミサイルを製造し、彗星が月軌道に達したところで迎撃し、破片は月面に落下させる、ということになった。
義肢をつけ、電動車椅子に乗った珠樹が日本へ帰国する際、サラも自らの経歴を投げ打って同行しようとするが、珠樹に止められる。フィアンセか恋人が待っているのでは、とサラが思い悩むくだりでは地の文で「かしこくはあっても、女はやはり女だったのだ。」とあるのだが、これはちょっとひどいなあ。フェミニストの人が読んだら、激怒しそうだ。いくらなんでも、感覚が古すぎる。
ところが、珠樹や三井博士の乗ったエールフランス機は、ハイジャックされてしまう。犯人たちは「世界改造PRQ軍団」と名乗る。このネーミングセンス……。
またハイジャック犯が「進路を右折」と言っててずっこけた。「右旋回」とは言うけど、飛行機で「右折」って言うかなあ。自動車の運転みたいだ。
五千億ドルの身代金を受け取るため、犯人たちはボツワナの大湿原中のデルタに飛行機を着陸させる。……飛行場でもないところで離着陸させるのは、かなり無茶。また、この地で乗り降りもしているのだけれど、地上から機体まで結構な高さだと思うのだが――セスナ機とかでなくエールフランス機ですから――タラップなしでどうやったのか、謎。
とにかくここで犯人たちが気を緩めたすきに、珠樹は少林寺拳法の秘技“弾き玉”を用いて、キャンディで犯人全員を倒してしまうのだった。
かくして一行は無事に帰国し、ようやくミサイル日本号の建造が進められる。やれやれ。このミサイル、大気圏外用の動力として「ソ連のジェットエンジン」が採用された。いやいや、ジェットエンジンじゃ、空気のない大気圏外は飛べません!
建造が進むにつれ三井博士は、磁気嵐によって電波誘導ができなくなる場合に備えて、自分がミサイル日本号に乗り込んで操縦し、特攻を行なうと言い出した。そして唐突に、太平洋戦争で日本海軍大佐だった深山百合太郎参謀の残した手記を珠樹に渡す。そして今度は、その手記の内容がまた数章に亘って続くのだ。おかげで「壮絶! 世界最強戦艦大和の最期」なんて章があり、目次でそこだけ読んだわたくしは、もしや白色彗星に対する宇宙戦艦ヤマト的な展開でもあるのか、と期待してしまいましたよ。
そうこうするうちに、サラ・コルベールが来日。その過程で、京浜工業地帯の空がスモッグで汚れていた、なんて描写があってびっくり仰天。そりゃ一九七〇年代前半の感覚ですよ。好意的に解釈すれば、地球を救うミサイル建造のため、環境汚染二の次で工場がフル稼働している未来、と考えられなくもないですが。
サラは珠樹に添い遂げるつもりなのだが、珠樹は三井博士に代わって彗星に特攻しようと考えており、サラを未亡人にしないために結婚を言い出せずにいる。で、サラと珠樹が富士山周辺を旅行したり温泉に入ったりの描写が続きます。
ミサイル建造は富士の裾野で行なわれているのだが、立ち入り禁止になっている区域に密猟者が入り込んだ。その密猟者が、珠樹との対決に際して「いざりのくせに、えらそうな口をきくなッ」なんてセリフを吐いており、びっくり仰天。とても一九八〇年の本とは思えません。
ここでようやくジュディ彗星の話に戻る。彗星が土星とぶつかってくれないかと期待されていたのだけれども、土星の環を貫いて彗星は地球目指して飛び続ける。……土星の重力の影響で、少なくとも進路は変わりそうなものですが。
それから色々あって、結局、珠樹はサラと結婚する。
その後、ミサイル用のD・T融合爆薬を狙って、建造所に強奪団が侵入する。これがまたしても、例のPRQ軍団。あまりにも簡単に侵入してしまい、読んでいて「なんでやねん!」と思ってしまう。それを、今では義足で歩いて動き回れるようになっていた珠樹が撃退する。なんでやねん!
爆薬は無事だったものの、現地へ駆けつける途中で三井博士が交通事故に遭い、死亡。
結局、珠樹はミサイル日本号に乗り込んで直接操縦する決意を固める。それを知ったサラは、自分も一緒に乗せてくれと頼むのだった……。
いやー、どこを取っても一九八〇年の作品とは信じられない。ほんと、本書を担当した編集さん、作業しててどう思ったんだろうなあ。是非、聞いてみたいものです。文章そのものも結構凄くて、編集作業はさぞかしタイヘンだったことだろう。実際、百十七頁冒頭、何か文章が抜けてしまっていると思います。
それにしても、本筋と関係のないところでの寄り道が多過ぎ。殺人レスラーのくだりとか、滅茶苦茶楽しいですけどね。
所持していないSF奇書の場合、借りて読んでしまうとそれほど欲しくなくなってしまう場合もあるのだが、本書は読み終わってもやはり欲しい。引き続き、探求し続けることにします。
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