だが、そこに普通でない文庫が混ざっていた。
全く見覚えのないデザインの背表紙だったのだ。
北原尚彦 naohiko KITAHARA
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第26回】
本との出会いは、いつ、どこで、どんな形で起こるか判らない。全く予想外のシチュエーションで発生することもある。
第25回(「一九六〇年代にかくもディープな私家本が!『宇宙生物分類学』」)で、名古屋のBNF故・岡田正也氏の著作を紹介したが、その際、岡田氏のパルプマガジン・コレクションが東京創元社に引き取られたことについても触れた。同社編集部を訪れた際に実際に見せて頂いたわけだが、「あ、倉庫入って勝手に見てていいから」という感じに放し飼いにされた。ええっ、見張りをつけないの? 一冊ぐらい持って帰っちゃうかもしれないよ?
……まあ実際は、あれだけ圧倒的なコレクションを見せられては、そんな魔が差しようもなかった。箱を開ける度に出てくる凄い本の数々に頭が煮えくり返りそうになり、わたしは一休みしてふと背後を振り返った。
そこは、普通の文庫が並ぶ本棚だった。だが、そこに普通でない文庫が混ざっていた。全く見覚えのないデザインの背表紙だったのだ。なのに作者名は、超メジャーの「山本弘」ではないか。
ううむ、何だこれ。知らないぞ。
手に取って確認し、その理由が判明した。これは私家本(同人出版物)だったのだ。商業ベースで販売されたものではないので、知らなくても不思議はない。
私家本で、文庫サイズで、山本弘著。わたしとしてはストライクど真ん中だ。これは欲しい。是非欲しい。取り敢えずタイトルなどを記憶し、岡田コレクションへと戻ったのである。
帰宅後、タイトルをネットで検索してみる。……おっ。山本氏のブログがヒットした。このブログ、時々読んでいるのだが、確かにコミケへの参加がどうこう、と書いてあった。丹念に確認すると、件の文庫本はコミケで売った後、通販もしていた模様。しかし。現在は「品切れ」となっている。がーん。
とはいえ、山本氏は自分と同じく日本SF作家クラブの会員だ。連絡を取ろうと思えば取れる。もし氏の手元に保存用の予備在庫があったなら、御願いすれば譲って頂けるのではなかろうか。
確かクラブの総会で初めてお会いして挨拶した際、『SF奇書天外』を読んで下さっているとおっしゃっていたし、氏自身も奇書コレクターだったはず。わたしが氏の私家版文庫を欲しがる理由も、理解してもらえるだろう。
というわけで、御願いメールを送って待つことしばし。山本氏から返信が届いた。それによると、やはり期待通りに保存用予備があり、それを譲っていただけるという。やった! 折角なので、他の同人出版物もまとめてお願いする。
――かくして手に入れたのが、山本弘《チャリス・イン・ハザード》シリーズ(ほか)である。山本氏の同人誌は、基本的に「心はいつも15才」発行となっている。これがサークル名ということなのだろう。

そんなチャリスが誘拐され、シンガポールの近くの島まで連れてこられた。犯人は、野生動物の密猟や取り引きをしている組織の首領、ドラゴン・レディなる老婆だった。チャリスの父が組織の活動に気がついたため、彼の動きを封じるためにチャリスはさらわれたのだ。
運ばれる際のチャリスは、全裸にされてゼリーで固められた状態に。なんでも山本氏は、美少女が「固め」られるのがたまらんらしいです。
チャリスは監禁されている間にも、アブノーマルな店でヌードダンスを踊ることを強制される。逃げ出せないように、「悪魔のピアス」なるものを体内に入れられていた。……ええとその、どこに入れたかは御想像にお任せします。
しかしチャリスは、虎視眈々とチャンスを狙っていた。そして遂に、反撃を開始する……。
あくまで美少女チャリスがいやらしい目に遭い、そしてアクションが展開されるというコンセプトのため、商業出版の山本弘作品に比べ、SF度は薄い。本作では後半に登場する、象を絶滅させるために開発された細菌「グレイペーパー」の存在が、ややSFかな。

フランの祖父は、核融合の研究をしていた。その研究の結果、非常に小さなサイズの水爆が製作可能となった。だが彼が亡くなったため、その秘密を知るのはフランだけだったのだ。
チャリスは鼻腔から特殊な小さな針――ニンプラントを埋め込まれた。これが電気信号を発すると、自らの意思とは関係なく性衝動が異常に増幅されて、変態と化してしまうのだ。
そして後半、チャリスは自らの体に水爆装置を埋め込まれてしまうのである……。
という具合に、チャリスを核爆弾化する、というのがメインになっているし、ニンプラントなるものも出て来るしで、前作よりも断然SF度アップだ。
チャリスが純水の中で氷漬けにされたり、特殊プラスチックで全身を覆われてブロンズ像そっくりにされたりと、「固め」シーンも前作より多めになっております。
以上の第二巻までは、まず普通の同人誌形態(A5サイズ)で刊行され、後に改訂版として文庫形態で刊行された。第三巻は、最初から文庫形態。山本氏はその第三巻のあとがきで「前からA5版という形態にちょっと不満があったもんで、文庫本サイズで出し直すことにしました。やっぱりプロで文庫本を何冊も出してきたもんで、文庫サイズってしっくりくるんですよね。」と語っている。その気持ち、実によく判る。正直言って、わたしも一度は文庫本サイズでの同人誌を出しておきたい、と思っているのだ。

ドキュメンタリー番組の取材のためにヴァージン諸島内の島へと来ていたチャリスは、またしても誘拐される。連れてこられたのは、中米の独裁国家マガビア。この国は、裏でチャイルド・ポルノを製作・密売し、富を得ていたのだ。マガビアの独裁者は、チャリスに主演させたポルノによって巨額の利益を稼ごうと企んだのだ。幽閉される中、チャリスはランスという少年と知り合い、惹かれていく。
独裁者は核兵器をマガビア沖の海洋に沈めていた。その海域には、西太平洋で最大のメタンハイドレード層が眠っていた。万が一、そこで核爆発が起こったら、地球は世界的規模の災害に襲われることになるのだ……というところが、今回のSFポイント。
しかしこれは上巻なので当然ストーリーは完結しておらず、下巻はまだ刊行されていない。山本氏は、これらをお譲り下さった際に「二〇一二年の夏のコミケで下巻を出して、シリーズを完結させる」とおっしゃっていた。しかし結局は間に合わずじまい。「冬コミには」とおっしゃってはいるが、果たして……。
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