◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
是非とも『すばらしい新世界!』も改めて公演して頂きたいもの。
その場合は、チョイ役でいいから中村敦夫&大林丈史ご本人にも出演して欲しい。絶対に観に行きますよ!

北原尚彦 naohiko KITAHARA


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 古本コレクター泣かせなシロモノは色々あるけれども、「台本」もそのひとつだ。商業出版されたものなどは別として、おおむね関係者だけにしか配布されないし、映画の製作なり演劇の公演なりが終わってしまえば捨てられてしまう場合が多い。準備稿とか未定稿とか、バージョンが幾つもあったりして、全体像がはっきりしない。
 だから人気のある特撮・アニメの台本が古書市場に出れば、結構なお値段がつく。江戸川乱歩や横溝正史が原作の映画&ドラマ台本もそうだ。
 その一方で、舞台演劇の台本は(乱歩原作モノなどを除けば)二束三文で扱われているものが多い。しかしそれらの中に、シャーロック・ホームズ物の演劇の台本が紛れ込んでいたりするのだ。だからわたしは、古書即売会で台本が積み上げられていたら、必ず一冊一冊チェックするようにしている。
 そんなわけで、今から数年前に高円寺の古書即売会へ行った際、台本が何冊も山になっているのを見つけたので、当然ながら一通り確認した。大体が文学系の演劇のものだったので機械的に山を崩していくばかりだったが、そのうちに手がとまった。『すばらしい新世界!』というタイトルが目に付いたのだ。
すばらしい新世界!
『すばらしい新世界!』
 表紙には「ハクスリー」云々とも書かれていた。どうやら、オールダス・ハックスリーの(「!」なしの)『すばらしい新世界』をシナリオ化したものらしい。「ブラック・ミュージカル 二幕」と書かれているので舞台演劇用であることは確実。ああ、確かに演劇関係者の好きそうなテーマの話だよな、と思いつつ中身をパラパラッと見ると、ジョン・レノンがどうの、とか書かれている部分があった。ハックスリーの『すばらしい新世界』は1932年の発表。明らかに時代が合わないから、アレンジが加えられているということか。
 そこで脚本家の名前が「中村敦夫」「大林丈史」となっていることに気がついた。中村敦夫と言えば時代劇『木枯し紋次郎』の主演で有名な俳優ではありませんか。……いやいや待てよ、同名異人ってこともある。
 だが、もうひとりの大林丈史も俳優なのだ。SFファンに一番判り易く説明すると、『ウルトラマンレオ』で��ブラック指令�=i円盤生物を操ってた人)を演じた人である。これは、本人たちで間違いなかろう。となると、かなり買う価値アリだ。
 取り敢えずそちらをキープした上で、台本の山のチェックを続ける。すると『時間という汽車』というタイトルのものも見つかった。うーん、これはSFかどうか微妙だなあ、と中身を確認すると。いきなり一ページ目で「タイムトンネル」という単語が出て来るではないか。おお、ちゃんと時間SFらしいぞ!
 台本の山からの収穫は以上の二冊だったが、結局、この時の古書即売会では全部で五冊の買い物をしたのに、合計金額は野口英世一枚。ほんっと、安物買いだなあ、自分って。
 というわけで、今回は中村敦夫&大林丈史の『すばらしい新世界!』(「――資本主義テクノロジーの十四の夢――」という副題(?)付き)を紹介することにしよう。だがこの台本、よくよく確認するとハックスリーが「原作」であるとは謳っていなかった。表紙には「オルダス・ハクスレーの同名の小説にヒントを得て――」と書かれているのだ。ううむ、微妙な表現だ。
 結論を言ってしまうと、確かに基本的なところでは(「!」なしの)『すばらしい新世界』に基づいているものの、一部の設定やストーリー展開はオリジナルのものだった。正に、表紙の一文に記されている通りだった。
 そこで台本のストーリーを紹介する前に、どれぐらい違うか比較するために、ハックスリーの『すばらしい新世界』をざっくりと紹介しておこう。そんなの読んでるし細部まで覚えているよ、という方、もしくは逆に未読だけどこれから読むからあまり詳しく知りたくない、という方は、ここを飛ばして下さい。では参ります。

すばらしい新世界
ハックスリー『すばらしい新世界』
 舞台は、未来のロンドン。「中央ロンドン人工孵化・条件反射育成所」において、この世界ではどのようにして子どもが作られているかが、見習生たちに語られる。人間は母胎でなく人工孵化によって誕生し、最初からアルファ、ベータ、ガンマ……と知的階級別に教育・条件付けがなされて育てられる。
 だから「母」「父」などの単語は恥ずかしい言葉とされる一方、性行為はごくありきたりというフリーセックスの世の中となっていた。
 バーナード・マルクスはアルファ・プラス階級だったが、肉体的なコンプレックスもあり、孤独感に苛まれていた。それでも、ヘルムホルツ・ワトスンという友人はいた。
 バーナードはある時、レーニナという女性とともにニュー・メキシコの「蛮人保存地区」を訪問する。ここの人々は昔ながらの生活(生殖含む)を送っていた。バーナードたちはこの地区でジョンという野蛮人青年、及びその母リンダに出会う。だがこのリンダは「…育成所」の所長がかつてここを訪問した際に事故で置き去りにしてしまった文明社会の女性であり、ジョンは所長とリンダの息子だったのだ。バーナードは、ふたりを文明社会へ連れ戻すが……。

 ――というようなストーリー。さすがに結末へ向かっての詳述は避けます。(以下、正確な意味では原作ではないにせよ、紛らわしいので、このハックスリーの小説を「原作」と表記させて頂く。)
 さて、それでは今度こそ、台本『すばらしい新世界!』のストーリーを。こちらは途中まで読むと判明するのだが、舞台が未来の火星になっている。西暦2000年に地球が核爆発を起こし(というのがどういうことか今ひとつ不明ではあるが)、人類はロケットで火星へ移住したのだ。
 いよいよ本編が始まるが、人間製産所を管理者候補生たちが見学することによって、この世界でどのようにして人間が生み出されるかが語られる……という辺りは、原作と同じ。
 しかし機械が故障してキャベツの巨大化が止まらなくなり、マイクロ水爆で爆破する、などというエピソードが加えられている。ゴリラの腕、亀の甲、馬の足、鳥の羽、犀の角、虎の尻尾を持った「キメラ人間第一号」なんてのが出て来るのも同様。
 原作では人々の崇拝の対象がフォードなのだが、本作ではそれがロックフェラーになっている。これは語呂の問題もあらしく、楽曲の指定の部分で「ロックフェラー・ロック」という曲名が記されていたりする。  未来の娯楽として「空中ゴルフ」とか「酸素ガス・テニス」とか「電波麻雀」とか「ミサイル・ボーリング」が出て来るが、どういうものかは詳細不明。
 やがて「トヨタ」という人物が登場するが、これが原作のバーナード・マルクスに相当するキャラクターなのだと判ってくる。そして「ソニー」という女性が原作におけるレーニナ、「コダック博士」という人物が原作におけるヘルムホルツ・ワトスンの役どころである。
 トヨタは、社会的な減点制度によって持ち点が0になり、燐製産工場へ送られる(=殺される)ことを恐れていた。そこで彼はヘルムホルツの助言により、金星へ亡命する決心をする。地球が爆発した際にもう一台のロケットが地球を脱出しており、それは金星へ向かい、火星と同じような新世界を作っているらしいのだ――というくだりは原作になく、本作オリジナル。
 トヨタはソニーをさらって二人でロケットに乗り込み、無事に金星に到着する。彼らを迎えたのは、ジョン・レノンの子孫(七代目)だというジョンなる人物。リンゴ・スター(何代目かは不明)の墓標があったり、「貴様ら、マッカートニー家の者か、それともジョージ・ハリスンの子孫か」というジョンのセリフもあるので、どうやらビートルズの後裔たちは金星に住んでいるらしい。



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