◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
「知らなかったジュヴナイルSF」で「入手困難」となると、
むくむくと古本ハンター魂が湧き上がってきてしまった。

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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 遂に映画化されましたねえ、E・R・バローズ『火星のプリンセス』(映画邦題は『ジョン・カーター』)。映画の企画の話はずいぶんと前から出ていたのだけれど、ようやくあれを映像化できるぐらい技術が発達した、ということでしょうか。
 わたしは十代の頃からバローズが大好きで、火星シリーズはもちろん、創元から出たバローズ全部+ハヤカワから出た「ターザン」シリーズ全部、ちゃんと揃えている。もしかしたら数冊読み忘れもあるかもしれないけれど、おおむね読んでいるはずだ。
 今回の映画化に合わせて創元SF文庫から『[新版]火星のプリンセス』が刊行されたわけだが、解説は高橋良平氏。この中で映像化されたバローズ作品について言及されていたので、思い出した。
 『時間に忘れられた国』を原作とする映画『恐竜の島』『続・恐竜の島』、見ましたよ。たぶん高校生の時。当時はまだレンタルDVDはおろか、レンタルビデオすらない時代だから、見逃したら次にいつ見られるか分からない。なけなしの小遣いをはたいて劇場に足を運んだもんです。『地底世界ペルシダー』を原作にした、『地底王国』ってのもあったな。ああ懐かしい。実家の納戸を発掘すれば、劇場プログラムも出て来ると思う。
沙漠の下の海
『沙漠の下の海』
 で、この『時間に忘れられた国』ってのが、ロストワールド物なのだ。海の真ん中の絶島に、恐竜が生き残っている、というパターン。もちろん「ロストワールド物」というサブジャンル名は、コナン・ドイル『失われた世界』に由来する。
 というわけで、今回は仙花紙時代のあまり知られていないロストワールドSFの児童書を紹介することにしよう。澤渡吉彦の『沙漠の下の海』(昭文社/一九四七年)である。
 では物語を。フランスのシェルブール郊外に住むアルバート博士は、地質調査のためアフリカへ行くことになった。アルバート博士は、身の回りの世話をさせるために雇っているラーダーという黒人少年と、サーブという東洋人少年も連れて行くことにした。サーブは中国人を父に持つフィリピン人だと自称していたのだが、実は三郎という日本人だった。
 だが地質調査というのは表向きで、実は��有尾人�≠�探しに行くのだと言う。おお、有尾人! 有尾人と言えば小栗虫太郎や香山滋の世界ではないか。これはいやがおうにも期待が高まろうというものだ。
 アフリカへ向かう船旅の途中では、大海蛇が出現。三百メートルはあろうという怪物だ。あわや船が襲われる……というところにマッコウクジラが通りかかり、大海蛇はクジラに巻きついて倒す、という大スペクタクル。でも、まだまだ序の口だ。
 しかしこの作者、何か出来事が発生したり、何かが登場したりすると、それに関することを丁寧に解説してくれる。大海蛇のくだりでは、一八四八年に英国海軍の軍艦で水兵が大海蛇を目撃したとか、一八七二年には英国王室のヨットが大海蛇に遭遇したとか。
 やはり航海中のエピソードでは、「メリー・セレスト号」――一八七二年に乗組員も乗客も消え失せた状態で発見されたという有名な船――の話になり、丁寧にそのシチュエーションが語られるばかりか、その真相探しまで行なわれるのである。
 たぶんこの作者はとてもマジメな人で、児童向けにSF冒険小説を書くに当たっても、適当に思いつきで書くのではなく、しっかりと資料を揃えて読み込んでから執筆したのだろう。
 さて、アフリカに到着したアルバート博士一行は、いよいよ探検行に出発する。船で乗り合わせたジョイスという怪しい水夫も、なぜか加わることになった(正確には現地で荷物運びを雇っているのでもっと人数はいる)。ゴリラに遭遇したりライオンに襲われたりと、危難は続く。
 オカピが出現すると、またしても博士がオカピについてひとくさり解説してくれる。この時代にはオカピのことなどまだよく分かっていなかっただろうから、よく調べたものだ。実に啓蒙的である。
 「サワラ沙漠」という記述があり、これはどう考えてもサハラ沙漠のことだが、原語の発音はどうなんでしょうねえ。サワラ沙漠じゃ、なんだか魚臭そうだ。
 また途中でガラン河というのが出てきたが、これは創作か? 自分にはジャワにあるガラン河しか見つけられなかった。ご存じの方、御教示下さい。
 やがて一行は人喰土人の「ギャルダイ族」に襲われる。これこそ創作だろう。ネット検索してみたが「ギャルダイエット」しかヒットしませんでしたから。
 三郎少年と、荷物運びの土人はギャルダイ族に捕まってしまう。荷物運びの男は先に引き立てられ、次に見た時には小さなミイラの首にされていた。「干し首」ってやつですね。次はいよいよ三郎少年の番……というところで、アルバート博士らに救出されるのだった。
 その後も、岩が崩れて河のように流れる「岩の氷河」でアルバート博士が行方不明になりかけたりしつつも、一行は進む。
 ……とまあ、ここまでは(海で遭遇した海蛇を別にすれば)昔の児童小説にありがちな、冒険小説だ。
 だが彼らは、遂に前世紀の怪物に遭遇する。巨大古代生物の類らしいのだが、それが正確には何なのかいまひとつ判然としない。「それはまさに、前世紀の恐角獣だった。」という記述があり、なんだそりゃと思って調べたら、恐角獣というのは「ウインタテリウム」のことだった。ウインタテリウムは爬虫類ではなく(つまり「恐竜」ではない)、新生代のサイに似た哺乳類である。
 しかしここに登場する怪物がウインタテリウムだとすると、ちょっと矛盾が。実はウインタテリウムは、牙状の犬歯こそ備えているものの、柔らかい草を食べる草食動物だったのだ。なのに、作中では何か獲物を口にくわえており、肉食らしい。また途中までは四足歩行しているのか二足歩行しているのかいまひとつ分からないのだが、最後に「カンガルーのようにとびながら谷そこへかけて行った。」という記述があるので、やはり二足歩行らしい。となると、ウインタテリウム説は却下。
 一角獣のような角を生やしており、その先から尾の先までが五十フィート(約十五メートル)はあり、肩の盛り上がったところは地上から十八フィート(約五・四メートル)ある、という。……うーん、分からない。
 一方、表紙にはおそらくこの瞬間らしき場面が描かれているが、二足歩行している怪獣(恐竜?)が、翼竜らしきものをくわえている。しかしこの恐竜、外見はイグアノドンっぽい。イグアノドンって、草食恐竜なんだけどなあ。
 ヴェロキラプトルにしては大きすぎるし、ティラノサウルスにしては頭が小さすぎるし。……この絵に合致する肉食恐竜をご存じの方、御教示下さい。まあ、恐角獣と言ってる時点で、絵と文章で齟齬を来たしている事実に変わりはないんですが。そもそも絵には角がないし。
 この怪物に襲われて『ジュラシック・パーク』的展開を期待したいところだが、怪物の出番はこれだけ。ちょっと残念であります。
有尾人の図
『有尾人の図』
 しかし、我々にはまだ探検の目的たる有尾人が待っているのだ。
 一行は遂に、有尾人を発見する。有尾人は骨格こそ人間だが、全身を毛で覆われており、シッポが生えていた。
 そしてその正体は、生きている原人だった。原人が現存している、ということ自体が驚異ではあるけれども、ただ特殊な生き物、というだけでなく、きちんと科学的に説明付けているのだ。
 そして一行は、いよいよタイトルにもなっている��沙漠の下の海�≠ヨと到達する。岩穴を潜った先にあったのは、本当に海だった。天変地異によって、海が陥没し、その上に沙漠ができたのだという。
 その海には大水蛇がすんでいる上に、アルバート博士によるとこれはアトランチスの遺跡なのだという。更に更に、ここで「ウラニュームよりもはるかに原子力を持つ石」が発見されてしまうのだ。うわあ、一気にSF度がアップしましたよ。
 探検の結末は明かさずにおくが、新発見によって、世界の文明は新たな高みへ上るだろう、と示唆されて、物語は終わるのでした。
 なかなか面白かったけれど、人喰土人とか人を喰う儀式とか堂々と出て来るので、復刊がされることはまずないでしょうねえ。


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