◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
自分が探している本を人に教えるというのは
判断が難しい。

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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 古本者をやっていて、されて困る質問がある。「探求している本があったら教えて下さい」というものだ。これは本当に困る。
 自分が探している本を人に教えるというのは判断が難しい。教えることによって「ああそれなら持ってるけど、北原尚彦が欲しがってるなら譲ってあげる」という嬉しい場合もあるが「北原尚彦が欲しがるような本なら、自分も欲しい」みたいな場合もあるからだ。
 この悩みは、横田順彌氏も常々言っておられた。横田さんがこの作家の本を蒐集している、探求しているということが知れ渡ると、その古書価が一気に上がってしまうようなことが『日本SFこてん古典』連載時にあったという。
 わたしの場合、北原尚彦の探求書だからと値上がりするようなことはそうそうないだろうが、それでも判断に迷う。本の雑誌社から『シャーロック・ホームズ万華鏡』という本を出した時は、担当編集者から「北原さんが未だに探してるホームズ本のことも、あとがきで触れて下さいよ」と頼まれた。これには弱り、大いに悩んだ末に死ぬまで手に入ることはなさそうな『ビートンズ・クリスマス・アニュアル』の一八八七年号、などととんでもない本を挙げておいた。
 本当は、この時に探していた本のひとつに『名探偵ホームズ』(徳間書店・TLわんぱっくちび/一九八五年)というものがあった。アニメ関連書のひとつだが、ずーっと探求していた本。今ここで書いてしまっているのは、その後ようやく入手できたからであります。
 だから、ある作家について調べていて、その著作を全部集めてしまわないうちに調査結果を書いてしまうべきか否か、その判断は非常に難しい。書いてしまうことによってその作家の本の評価が進み、古書市場に出易くなるかもしれない。一方で、どんどん値上がりしてしまうかもしれないのだ。
 その点、既に評価の固まっている作家はラクチンだ。自分ごときが何か書いたからと言って、今さら相場に変わりがあるわけでなし。既に知れ渡っている作家について書く必要があるのか、とおっしゃる向きもあるかもしれないが、入手が困難過ぎると作家は有名でも作品紹介はあまりされていない場合があるのだ。
 というわけで、入手難易度が高くて自分も持ってない本がまだあるどころか、大部分を持ってない作家の本について書いてしまおう。――南沢十七である。
 南沢十七は、ハチャメチャSF『緑人の魔都』の作者として知られている。横田順彌氏が『日本SFこてん古典』で紹介し、三一書房の『少年小説大系 第18巻 少年SF傑作集』 (一九九二年)に収録されたおかげで、割と簡単に読めるようになっている。
海底黒人"
『海底黒人』
 横田氏は『…こてん古典』中で「それでも、昭和一九年に刊行された少年向き軍事科学小説『海底黒人』などは現実に行なわれている大東亜戦争に空想の細菌兵器をからませた作品で、かなり読ませるものになっている。」と書いておられる。これは確か持っていたな……と書庫から発掘してきたら、結構なお値段の値札が付いていて驚いた。金持ちだったんだな、これを買った頃の自分。でもネットで調べてみたら、わたしの買い値よりも高い物ばかりだった。これでもまだ相場より安かったのか。
 そんな具合に、『海底黒人』は、大枚さえはたけば手に入らないこともない本。だが、買おうにもそもそも滅多に出回らない作品が南沢十七には幾つもある今回紹介する『天外魔境』(青い鳥社/一九四九年)も、そのひとつである。
天外魔境"
『天外魔境』
 『人外魔境』ならば、小栗虫太郎だ。まず確実に、それをもじってタイトルにしたのだろう。全く同じ発想によって命名された『天外魔境』というゲームが、一九八九年にハドソンによって製作されてシリーズ化しているため、いま「『天外魔境』って?」と訊かれたら九十九・九九パーセントの人が「ゲームソフトでしょ」と答えるだろう。だが南沢十七の方が、四十年も先にこのタイトルを使用していたのだ。知らなかっただろうなあ、ハドソンの人。
 表紙に「少年少女冒険小説」とある通り、児童向けの作品だ(目次前の扉では「冒険科学小説」、本文前の扉では「少年科学冒険小説」)。『緑人の魔都』は南洋の秘境、『海底黒人』はアジアが舞台となっているし、本作もタイトルに「魔境」の語が入っているがゆえに秘境小説かと思いきや、これがなんと宇宙SFなのである!
 ではストーリーを。火星を目指して、ロケットが飛行している。ロケットの名前は「くろとかげ号」――って、江戸川乱歩か! と思ってしまうが、ネーミングセンスの特異さは、こんなものでは済まされない。何せ船長が「スター大和博士」、乗り組んでいるのが「ジミー呑天」君と「チェリー花岡」嬢なのだ。日系ハーフということにしたいのかもしれないが、それにしても。
 くろとかげ号はアメリカのロバート・アンダーソン教授(これはフツーな名前ですね)が設計。そしてスター大和博士が船長になったのだが、それを聞いて同乗を申し入れたのが新聞記者のジミー呑天君とチェリー花岡嬢だった……って、どうして三人中二人も新聞記者を乗せちゃうの? それより科学者を乗せるべきでしょ。その新聞社がロケット製作のスポンサーだった、とか勝手に理由を考えてあげるしかありません。
 ロケットは火星到着時刻を二十時間も過ぎていたが、火星は影も形も見えない。どうやら進路が間違っているらしい(ほーら、科学者じゃなくて新聞記者なんか乗せるから、こんなことになる)。
 やがて宇宙船外から音が聞こえ、空気準備室(エアロックのことらしい)を通って「丸く赤い顔の手長猿そっくり」で「白い煙のような毛をつけている」人間が入ってきた。彼はユーロペに住む“銀人”だと名乗った。そして彼らを待っていた、と語る。
 ユーロペは木星の衛星。今はエウロパと表記するのが一般的ですか。さもなければオイローパかな。進路を外れたくろとかげ号は、そんなところまで行ってしまっていたのだ。
 銀人たちは、「夢宮」なる宇宙船を、くろとかげ号とドッキングさせていた。銀人たちがくろとかげ号の外壁に取り付いているような描写やイラストがあるが……ううむ。何か力場を発生させて宇宙船を覆っていたか、目に見えない宇宙服を着ていたのだと解釈してあげることにしよう。
 銀人たちは、三人を「予言の天人」であるとして、夢宮号に招いて丁寧にもてなす。しかしそこに魔龍こと巨大悪魔飛龍が襲来。三人は慌ててくろとかげ号に戻るが、その前方には陸地が……って、「陸地」という表記が妙だが、要するに天体があったということだった。最初は浮遊大陸(『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるんだっけ?)みたいなものを想像してしまったが、結論から言うとくろとかげ号はユーロペに不時着したのである。


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