◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
同じようなことをSF新人賞でされて本が出たら……
買ってしまうかも。

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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SF奇書天外
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 『SF奇書天外』でも書いたが、二十世紀の末頃(一九九〇年代)から、我が国では自費出版の大ブームが興った。おかげでBOOK・OFFなどの新古本店の百円均一コーナーには自費出版本がずらりと並ぶようになった。それらの中にはSFも含まれ、「仕方ないなあ」と言いながらもわたしがそれらを買い漁る羽目となったのは、周知(?)の通り。
 『SF奇書天外』は終戦の一九四五年から一九九九年までを扱ったため、二十世紀の自費出版SFは割と熱心に蒐集したのだけれど、それ以降は(発行点数が一気に増えたこともあり)丹念には買い集めていなかった。それゆえ、最近になって“碧天SF小説コンテスト”なるSF新人賞があることを知り、「ええっ、何それ?」となってしまった。これは自費出版社の碧天舎が主催したコンテストだったのである。しかも、少なくとも二回は開催され、受賞作が出版されていたのだ。
 しかしコンテストの存在を知ったものの、碧天舎が二〇〇六年に倒産してしまっているため、肝心の現物はもう売っていない。ネットで調べてみると……うーん、絶版だからと定価以上の値段を付けているものもあるなあ。かつて自費出版SFを百円均一で買い込んだ身としては、あまり高値は出したくない。しかしあちこち歩き回って探してみたものの、どこの新古本店にも見当たらず。
無意識の底で
『無意識の底で』
 そうこうするうちに、ネット上の古本で、少なくとも定価以下のものが見つかった。これをスルーして後悔するのも嫌なので、ここらで手を打つことにした次第。
 では、内田敦士『無意識の底で』(二〇〇四年)を紹介しよう。これは「碧天SF小説コンテスト最優秀賞受賞作」として刊行されたもの。「第一回」とは銘打っていないので、この時点では二回目以降が続くか決まっていなかったのだろう。
 時代背景は、西暦などは書かれていないものの「ホバーサイクル」とか「重力コントロールカー」とか「ムービングロード」といった未来的ガジェットが出て来るので、おそらくは近未来。(ガジェット自体は、ちょっと陳腐ですけどね。)
 主人公の「僕」は、高校生の永井譲。普通の高校生活を送っていた譲は、研究機関“ヤヌス”の山本なる人物から接触を受ける。そして研究員、というよりも研究対象になって欲しい、と依頼される。譲に眠ってもらい、彼の夢をモニターしたい、というのだ。
 譲が選ばれたのは、DNA的にこの仕事に最も対応できるのは彼だと、ヤヌスのコンピュータが選んだからだという。……この時代、DNAが登録されるようになっているのか? しかもそんな極秘情報にアクセスできるヤヌスって、一体?
 そして、いま人類は絶滅の危機に瀕しており、それを救えるのが譲の作業かもしれない、とも山本に言われる。譲は研究所で、山本の娘・花織と知り合う。まあ、ヒロインは必須ですよね。
 譲が夢を見たり、花織と仲良くしたりしているうちにも、人類絶滅のカウントダウンは進んでいる……のだが、それが何なのか、読んでいてもよく判らない。それにラストで、何やら「意外な事実」が明かされるのだが、それがストーリーとどう絡んでいるのか、いまひとつ理解できない。作者の頭の中には何か壮大なイメージがあったのかもしれないが、それをきちんと伝えきっていないのだ。
 一冊の単行本にはなっているものの、分量的に長篇とはいいがたい。長めの短篇か、せいぜい中篇。もうちょっと長く書いていれば、少なくとも消化不良の部分は解消できていたかも。
 作者は、十七歳(当時)の高校生。少々稚拙なのも致し方ない。ごくフツーの「僕」が実は世界を救うための力を持っていて、しかもするべきことは夢を見るだけ……という実に願望充足的な内容なのも納得。自分だって十代の頃(特にSFを読みたての頃)は「自分が世界を救うことになったら……」とか妄想してましたから(ああ恥ずかしい)。
 しかし碧天舎はどうしてこの作品を入賞させてしまったのか。応募作品の中でこれが一番マシだったのか。可能性としては、版元サイドとして「高校生作家」をウリにしたかったのでは、ということ。碧天舎では十代作家の作品を「NEXTジェネレーション」というレーベルで売り出していたのだが、『無意識の底で』の帯にもそのロゴが入っている。要するに十代の少年少女(及びお金を出す親)を同社に引きつけるために、高校生受賞者を出しておきたかったのでは……というのは、薄汚れてしまった大人の邪推でしょうか。  今や売れっ子作家となった日日日(あきら)は、高校在学時に五つの新人賞に入賞して華々しいデビューを飾ったが、そのひとつが碧天舎の恋愛小説コンテストラブストーリー大賞を受賞した『私の優しくない先輩』(二〇〇五年)。また第三回碧天文芸大賞最優秀賞を受賞した『チョコ。』(二〇〇五年)の後藤彩も高校生。第一回碧天文芸大賞特別賞を受賞した『Lな気分』(二〇〇四年)のキノに至っては中学生! 日日日は実力だったとしても、やはり同社には「中・高生で作家デビュー!」という夢をくすぐる戦略があったのかもしれない。

閉ざされた楽園(エデン)
『閉ざされた楽園(エデン)』
 そして一年後、第二回のSF小説コンテストが開催された。最優秀賞を受賞したのは、よしおてつ『閉ざされた
楽園(エデン)』
(碧天舎/二〇〇五年)である。
 主な舞台となるのは、とある海に浮ぶ島。時代は……というと、いきなり少々ネタバレになってしまうが、この島は時空の壁を越えたところにあり、我々の世界の時の流れから超越しているのだった。
 主人公は、ケンという少年。母親を亡くし、父と二人暮らし。ミラルカは近所に住む幼馴染の少女。
 この島には、しばしば時間の裂け目を通って人がやって来る。だからケンの父親は二〇〇三年から来た現代の(っていうのもヘンだけど)日本人だが、母親とその弟(=ケンの叔父)は十七世紀末の英国の海賊。
 ある日、島にステファニーという謎の女性が打ち上げられる。彼女は二十三世紀から来たという。その外見は、ケンの亡き母とそっくりだった。彼女は何かを探していた。特殊な能力を持つミラルカは、そんなステファニーが危険な存在である、とケンに警告する。
【以下、大ネタバレ】
 ステファニーが探していたのは、移民のために地球を出発した宇宙船だった。その宇宙船は、仕掛けられた爆弾のため落下して爆発炎上するところを、地上の都市を守るために時空を歪めてワープした。その先は、紀元前千五百年のアトランティス。アトランティスは、このために滅びたのだ。
【ネタバレ終了】

チェンジリング 取り換え子の魔法
『チェンジリング
取り換え子の魔法』
 ……しかしステファニーとケンの母親がそっくりなことや、ケンがとある人物とそっくりなのにも何か理由があるものと思って読んでいると、ただの偶然らしい。時間テーマでもあるのでどう収まりをつけるのかと期待していたが、肩透かしでした。  奥付の作者紹介によると一九六一年のふたご座とあるので、二〇一一年で五十歳。わたしのひとつ上ですな。
 作者はこれ以前にも芦緒徹(よしおてつ)の表記で、『チェンジリング 取り換え子の魔法』(二〇〇三年)という作品を書いているが、版元は東京図書出版会。やはり自費出版社である。こちらはSFではなく、人間の子どもと妖精の子どもを入れ換えるという妖精物語では有名な“チェンジリング”伝説に基づくファンタジイらしい。
 また水嶋ヒロこと齋藤智が『KAGEROU』で受賞した第五回ポプラ小説大賞の選考経過を読むと、一次選考通過作に『櫻姫ラブ・ストーリー』(よしおてつ)という作品があるので、おそらく同一人物だろう。更にはbk1怪談大賞にも応募している模様。

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