想像力のたがを外すとどうなるか知りたいという方は、読んでみて頂きたい。
北原尚彦 naohiko KITAHARA
●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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ことの起こりは、「SF評論賞贈呈式」&「増田まもるさんにあやかる会」の、SF作家クラブパーティの際のことだった。クラブ事務局の一員として働いていたわたしは、某編集氏が見たことのない本を何冊か持っていることに気が付いた。わたしが「それは?」と訊くと、編集氏は「タ*ツ*さんに薦められたんですが、静岡で出た静岡SFらしいんですよ」とのこと。
地方出版の地方SFと言えば、わたしのストライクど真ん中ではないか。それはもっと詳しく知りたい。
わたしは「タ*ツ*さん」=「タツミさん」だと思い込み、二次会で隣のテーブルになった巽孝之氏に尋ねてみた。すると「いや、それは私ではないです。静岡SFだったら、高槻さんじゃないかな」とのお答えが。
ああ勘違い。「タ*ツ*さん」=「タカツキさん」だったのである。巽さん、その節はご迷惑をおかけしました。

高槻氏は、二〇一一年のSF大会「ドンブラコンL」が静岡で開催される関係で、研究・紹介するために「静岡SF」を集めていた。その過程で、杉山恵一という存在を知ったのだという。
杉山恵一は、静岡大学の元教授(現在は名誉教授)で、静岡県自然保護協会の会長やNPO法人・自然環境復元協会の理事などを務める環境学者。ビオトープ(生物群が生息する空間)という概念を我が国に紹介したのも、杉山恵一だという。『ハチの博物誌』『ビオトープの形態学』『自然環境復元入門』『自然観察の基礎知識』など、著作も多数ある。
そんな人物が、本業とは無関係なところで(時々は関係あったりもするのだが)、SF系の奇想小説を書いていたのだ。
『閑ヶ丘物語』は、その名の通り閑ヶ丘という土地を舞台に展開される物語。この「閑ヶ丘」は「しずがおか」と読む。つまり、我々の世界とは微妙に異なる「静岡」なのだ。
県では名の知られた歌人・上原は、市民文化会館のこけら落としコンサートの仕切りを任されていたのだが、それをひとりの男によって台無し、大失敗とされてしまった。その男の身元を調べると、“ツチミカド”と呼ばれる野卑な奇人であると判明した。ツチミカドは、何か特殊な能力を持っているらしい。
一方、農家出身だがラブホテル経営で財を成した金山益江という女性が、文化人たらんとしていた。彼女は歌集を出そうとして詐欺師に騙されたことがあるのだが、その際の相談相手・上原に筋のない恨みを抱いていたので、上原の失敗には呵呵大笑した。
……と紹介していると、どこがSFなのかと思われることだろう。確かに、前半は(出来事自体はハチャメチャだが)現実の枠をあまり踏み出さない。しかし中盤以降、通常ではあり得ない蜃気楼が見えて、それが過去の出来事――関が原の合戦であると判明するなど、現実から逸脱していく。
閑ヶ丘では大地震(我々の世界で言うところの東海大地震)が発生することが心配されているのだが、その際にダムが決壊するのでは、との心配から、安穏川の安穏ダム(我々の世界における青野川の青野大師ダムか?)の建設反対運動が起こっている。これを鎮めるために、霊力で大地震を抑えよう、ということになる。それを誰がやるか、というわけで、先述のツチミカドと、金剛式部なる女性霊能力者が対決するはこびとなったのだ。
ある朝、上原が目覚めると、世界はすっかり変貌していた。果たして、巨大地震は閑ヶ丘を襲うのか……。
読んでみたわたしの受けた印象では、非常に「筒井康隆的」なテイストであった。登場人物を次々に災難が襲い、ドタバタしているうちにそれがエスカレートしていき、遂には現実の壁を打ち破ってしまう。しかも、まったく予想だにしない方向にストーリーが展開していくのだ。
登場人物たちは静岡の実在する人物をカリカチュアライズしたものと推察されるが、本人たちを知らないためその部分を楽しめないのは残念。
この作品の真価(想像力の弾け具合)は、じっくりと読まないと分からない。自分で古本屋で見つけて、ぱらぱらっとページをめくっただけだったら、普通の小説だろうと思って棚に戻していたかもしれない。そういう意味では、高槻真樹氏に教えてもらったのは非常にありがたかった。
さて、『閑ヶ丘物語』を読んだわたしは、他の作品も読んでみたくなった。しかしネットで探しても、ビオトープ/自然環境関係の著作は見つかっても、創作の本は引っかからない。実は創作作品はどれも私家本なので、一般書店では売っていないのだ。

の一日』
『太田河原慶一郎氏の一日』は、タイトル通りに太田河原慶一郎氏の一日を追った作品。最初は非日常的な出来事が次々に起こるが、これは夢の中のことなので非日常でも不思議はない。しかし目覚めたあと、幾つかの出来事の後、太田河原慶一郎氏は何か途方もないことが起こる大きな気配を感ずる。
外に出て歩いている人たちを見ていると、同じ外見の黒眼鏡の男が何人も通ることに気づく。これは何かの陰謀か。太田河原慶一郎氏は、黒眼鏡の男の一人を追いかける。そのうちに満員電車に乗る羽目になり、目の前の女性に痴漢と間違えられてしまう。下車後、謝ろうと彼女を追いかけ、会社ビルに入ると、また黒眼鏡の男が現われる。
人事課で尋ねようとすると、なんとそこには太田河原慶一郎氏に関するデータまであった(しかもなぜか間違いだらけ)。慌てて幾つかの部屋の扉を開けると、中はどれも同じ。最後の部屋にいたのは、全て同じ黒眼鏡の男たちだった。不可解な出来事は、エスカレートしつつも続く……。
悪夢から醒めたのに、太田河原慶一郎氏は現実世界でも悪夢的な出来事に襲われ続けるのだ(やっぱり夢でした、というオチではありません、念のため)。これもまた、ツツイ作品的な印象が強かった。
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