◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
――象・昆虫・鳥類の三種混合で、
象昆鳥(ゾウコンチョウ)。
まあとにかく、そういう発想を二十五年も前に先取りしていたわけであります。すごいぞムツゴロウ先生。


北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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 わたしたち昭和三十年代生まれにとって「万博」と言えば、長らく「大阪万博」(一九七〇年)のことしか指さなかった。それほど、あれはインパクトの大きい、国民的行事だったのだ。
 しかしその後、幾つもの博覧会が開催されるようになる。海洋博こと「沖縄国際海洋博覧会」(一九七五~七六年)。つくば万博または科学万博こと「国際科学技術博覧会」(一九八五年)。デ博こと、名古屋の「世界デザイン博覧会」(一九八九年)。花博こと、大阪の「国際花と緑の博覧会」(一九九〇年)……。
 わたしは子どもの頃は兵庫県西宮市甲子園というところに住んでいたので、大阪万博へは二回行った。これははっきりと覚えている。海洋博は、沖縄なのでとても行けませんでした。
 つくば万博は、大学を卒業した年に開催されていた。当時わたしは電機メーカーに勤めていたが、研修の際に「参考になるからつくば万博は行っておいた方がいい」と言われ、同期生たちと車で行った。しかし、現地のことや中身はさっぱり覚えていない。この会社を一年数か月で辞めてしまったことも、記憶と関係しているのかもしれない。
象昆鳥
『象昆鳥』
 さてさて。そのつくば万博に際して発行された絵本があることを、割と最近になって知った。ネットのオークションサイトで、児童書を片っ端から眺めていたときだっただろうか。「2065年クスクス・ラマール島の秘密」という副題がついていることでSFらしいと判明。しかも文を書いているのが、ムツゴロウ先生として有名な動物学者・畑正憲だというではないか。これは是非とも欲しい。その時はお値段の関係で買わなかったが、その後、お手ごろな価格で入手することができた。今回は、その『象昆鳥』を紹介しよう。
 横書き、左開きで洋書と同様の形態。思っていたよりも文章パートが多く、かつしっかりSFしており、期待以上だった。
 では物語を。博士と、妻のマーガレットと、娘のめぐみは、日本から家庭用潜水艇(ファミリー・サブマリン)に乗って、クスクス・ラマール島へとやって来た。この島には昔、研究都市があった。とある大金持ちが世界中から研究者を集め、遺伝子工学によって新しい生物を作り出す研究を進めていたのだ。だがある時、事故が発生した。島の住人は病気になって死んでいき、最後の一人が、島を封鎖してくれと打電してきたのだという。そのため暗号電磁波によって封鎖され、カモメさえ近付けぬようになり、七十年が経過していた。
 ――ええと、引き算すると一九九〇年に事故が起こったことになりますな。本作が書かれた時点からだと、五年後の未来か。クスクス・ラマール島が「研究都市」だったという設定は、科学博が研究都市・つくばで開かれたことを意識したのだろう。
 以上が最初の見開きページのあらましだが、次のページを開くと、もう一行は島に上陸している。ちょっと待って、例の「暗号電磁波」とやらはどうなったの? 博士一家は勝手に入り込んだの? 公式の調査だとしたら、どうして博士は家族連れなの? ……その辺は全く説明されず、話はどんどん進みます。
 島で行われていた研究は、金儲けのできる生物を作ろうとするものだった。そのために遺伝物質を取り出して貯蔵していたが、爆発したのだという。爆発によって遺伝子がばらまかれ、人工の環境で進化の過程がやり直されたのだろう、と推測された。
 島には小鳥もチョウも飛んでおらず、木がやたらと大きかった。やがて緑に覆われた建物が見つかる。その中に落ちていたのは、ネズミほども小さいライオンの骨やミイラだったのである。
 一家は川に潜水艇を停泊させ、食事をとっていた。死に絶えたとおぼしき新生物を見たかったと博士が悔しがっていると、鳴き声が聞こえ、夕闇の中を黒い影が飛翔しているのが見えた。慌ててカメラで撮影すると、そこには謎の生物が写っていた……って、なんだか怪獣映画みたいなシチュエーションですね。翼の一部が写っていた、というのは『空の大怪獣 ラドン』でしたっけ。
 その生物は、鳥そっくりの羽毛の生えた翼、昆虫のような目(←複眼ということでしょう)、ゾウそっくりの鼻を持っていた。そのため、めぐみによって「象昆鳥」と名付けられる。
 ――象・昆虫・鳥類の三種混合で、象昆鳥(ゾウコンチョウ)。どうしてもタカ・トラ・バッタの三種混合で「タトバ」コンボとかそういうのがある「仮面ライダーオーズ」を連想してしまいます。しますよね? まあとにかく、そういう発想を二十五年も前に先取りしていたわけであります。すごいぞムツゴロウ先生。
 象昆鳥はカメレオンよりも自由に色を変えることができ、何十頭(匹?羽?)もの群れをなしていた。断崖から飛び立った象昆鳥たちは、ツタに覆われた建物の中へと消えた。
 建物へと急いだ博士は、小型の象昆鳥、要するにヒナを発見する(絵本の表紙に用いられているイラストが、ヒナの象昆鳥です)。そこへ親の象昆鳥が現われ、一時は緊張が走るが、博士が攻撃されることはなかった。
 博士は、さらに象昆鳥の生態を観察した。親がひなを飛ばせる訓練をする辺りは、鳥そっくり。高い木々の上に枝が絡み合ってできた平原にはウツボカズラのような花が咲いており、象昆鳥は鼻を突っ込んで蜜を吸っていた。
 島を去る潜水艇を、象昆鳥は見送ってくれた……。オシマイ。
 遺伝子のモザイクという考え方自体や、象昆鳥の生態まで細かく描いているところなど、さすがは動物学者である。色素胞によって色を変えるというところは、天敵がいないみたいなのでヘンだなあ、と思って読み進んだら、意思の疎通を図るためのもの、と説明されているし。
 ただ、ストーリーの盛り上がり的には、もうちょっとサスペンスがあってもいいかなあ。ひなを連れて行ったら親が怒って攻撃してきたとか。……それじゃ 『大巨獣ガッパ』か。
 イラストを描いているのは、居村潤一。サンリオでデザイナーをしていたこともあるイラストレーターで、キャラクター画などを得意としているようだ。他の著作には、絵と文の両方を書いた 『くるくるクリスマス』(コーキ出版/一九八三年)がある(但しそちらは「いむらじゅんいち」表記)。またタージ・トレランス『悪魔星群の陰謀 宇宙戦士ゴードン』(学習研究社/一九八六年)という本でイラストを描いていることを知り、すわ見落としていた翻訳SFか、と焦ったが、よくよく調べるとゲームブックだった。それなら知らないタイトルがあっても仕方がありません。
 版元はTDK。電子機器や電子部品、記録メディアのメーカーとして有名な会社だ。同社が創立五十周年を記念してつくば万博に出展したのが「TDKふしぎパビリオン」。その総合プロデューサーが、畑正憲だったのである。映像上映式のパビリオンだが、この絵本のストーリーを流したわけではなく、自然の記録映像だったようだ。とはいえ、ただ映像を流すだけでなく、畑正憲やホンモノの動物が壇上に登場したらしい。
 
TDK版裏表紙
『象昆鳥
TDK版裏表紙』
 パビリオン本体の写真をネット上で探してみたところ、象の鼻のようなものと複眼のようなものがある! この建物自体が、象昆鳥をかたどっていたのだ。
 わたしがつくば万博に行った際、TDKふしぎパビリオンに入ったかどうかは全く記憶にない。すみません。
 本書は入場者に配布されたものだろうと思ったら、必ずしもそうではないらしい。ネット上で当時の記憶を回想している方の文章などを読むと、まずは関係者などVIPに配布され、会場ではクイズに解答して正解すると景品としてもらえたもののようだ。入場者全員にプレゼントされたものではないとすると、レア度は増すというものである。
講談社版裏表紙
『象昆鳥
講談社版裏表紙』
 とはいえ、本作は同年に講談社からも刊行され、一般書店で販売されていたので、作品自体は手に入れることができた。レアなのは「TDK」バージョン、ということになる。
 裏表紙のマークには、象昆鳥を可愛らしいキャラクター化したものが描かれているが、これは表情をつけるために黒目があるように改変されている。複眼って、可愛く描くのは難しいものなあ(『みなしごハッチ』とかの昆虫キャラも、やっぱり複眼ではないよね)。
 講談社版は、表紙は全く同じだが、背表紙と裏表紙のデザインが異なる。
 両者の奥付を参照したところ、講談社版は一九八五年三月十四日付け、TDK版は同十六日付けだった。二日違いとはいえ、TDK版の方が後だったのか!
 

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