年末に一冊の文庫本を買ったことから、
ずいぶんと遠くまで来てしまった。だが、まだまだだ。
今後も『血の叫び』が見つかるたびに、ひとつひとつ確認しなければいけないのだ。
北原尚彦 naohiko KITAHARA
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二〇一〇年末の『東京創元社文庫解説総目録1959.4-2010.3[付・資料編]』に続いて、二〇一一年一月、またまた凄い本が出た。横田順彌氏の『近代日本奇想小説史 明治篇』(ピラールプレス)である。これは〈SFマガジン〉において、日本における古典SF(及びその周辺領域の奇想小説)の流れを順に追った連載(二〇〇二~二〇〇八年)を一冊にまとめたものだ。
豪華な箱入りで、定価一万二千六百円と、お高い値段ではある。しかしこの本には、その値段以上の価値がある。物理的なことから言えば、文献目録や索引も含めると千二百ページを超える、ぶ厚い本なのだ(横田氏は「枕にもなるよ」とおっしゃっていたが、厚すぎて枕にはできないと思います)。そして何よりも、圧倒的な情報量の多さ。ぶっ続けに読んでいたら、目眩がしそうになったほど。だからその価値から考えれば、決して高くはないのである。
それにしても、横田氏の古本探しの“カン”には、恐れ入った。『滑稽小説 羽根子夫人』のタイトルで、誰が明治百年を描いたSFだと思うだろうか? わたしも横田氏の薫陶を受けて、少しは嗅覚を働かせられるようになったつもりでいたが、まだまだである。
そしてこの本の出版を記念して、先日、神田神保町の東京堂書店でイベントが開かれた。横田氏が人前に出るのはカンベンして欲しいとおっしゃっていたので、当初は日本古典SF研究会の現会長であるわたくしと、前会長である長山靖生氏が対談するということになっていた。
しかし現物(見本)が完成してそれを手にした感慨と、編集氏の熱心な説得のおかげで、直前になって横田氏も出演なさることとなった。
かくして当日は、横田氏がそもそも古典SFにハマったエピソードから始まって、『近代日本奇想小説史』の「大正・昭和篇」はいつ書かれるのか、という未来の話までを鼎談形式で行った次第。
その中でわたしは、横田氏の研究手法を見習って最近調べている奇書のことを話した。今回は、その調査報告を披露させて頂くことにしよう。
そもそもの始まりは、二〇一〇年十二月末のことだった。その日、わたしは新宿の京王百貨店を目指していた。この日から、歳末古書市が開催されるためだ。これは、古本者にとって一年の古本ライフを締めくくる、重要なイベントなのである。
この年の初日は日曜日で、大混雑が予想された。開場十分前に入口へ到着すると、案の定催事フロア直行エレベーター前は、長蛇の列となっている。通路を挟んで反対側には、食品フロア入口からの行列が。あちらは、人気のラスクを求めての列らしい。向こうは、不審そうにこちらの列を眺めている。
午前十時になると同時に、列が動き出す。並んでいた間は「エスカレーターを駆け上がった方が早かったかなあ」とどきどきしていたが、あにはからんや、数台目のエレベーターで簡単に階上へ。さあ、ハンティングのスタートだ。
一冊目に掴んだ本は、珍しいけれども絶対に持っている翻訳小説。でも、これは欲しがる人がいるから買っておくことにする。もう一冊、ビニール袋封入の児童向けの科学解説書もキープ。
そしてその次に見つけたのが〈つはもの叢書〉だ。これは昭和初期に発行された、軍事テーマ文庫である。奥村敏明『文庫博覧会』(青弓社/一九九九年)で紹介されていたので存在は知っていたが、現物を手にするのは初めてだ。いや、もしかしたら見たことぐらいはあるかもしれないが、手に取ってあまりに高くて「見なかったことに」したのかもしれない。
とにかく今回は、値段を確認すると比較的お安い。今、新刊で文庫を一冊買うのと同じような価格である。遂に〈つはもの叢書〉を我が物とする日が来たのだ。……しかし、見つけたはいいが、ここにはなんと六冊もあった。六冊全部ともなると、それなりのお値段になってしまう。ううむ、どうしようか。
とりあえず、全部掴んだまま残りの会場を見て回ることにする。児童書のSFを一冊追加。一回りしたところで、古本者の某氏と遭遇。お互いの収穫(まだ自分のじゃないけど)を見せ合う。あっ、それ、わたしも探してた本だ。悔しい。ここで〈つはもの叢書〉を見せたが、反応は「ふーん」という感じ。うーん、今これを欲しがるのはわたしぐらいなのだろうか。
あとで気づいたが、わたしは頭の中で少々〈くろがね叢書〉と混同していたらしい。どちらも「ひらがな四文字+叢書」だし、どちらも軍事関係だし。〈くろがね叢書〉だったら、横溝正史やら海野十三やら大下宇陀児やらが収録されている上に超レア物なので、某氏だって顔色を変えていたはずだ。
もう少し見て回ったところで、わたしは収穫(まだ自分のじゃないけど)の内容をチェック。児童向けの科学解説書は、ビニール袋を開けてみたらSF性皆無だったので、すぐにリリース。
そして〈つはもの叢書〉を、一冊一冊吟味。兵士による詩歌集――これはいらないなあ。日露戦争に関する本も、あまりそそられない。……とはじいていくと、最後に一冊残った。戦記小説だが、どうも実際の歴史上の出来事とは違う模様。とすると、むむっ、未来架空戦記SFの可能性ありだぞ。
というわけで〈つはもの叢書〉はこの一冊だけを買うことに決定。買ったのは合計三冊。いっときは九冊も抱えていたのに、三分の一に減らしましたよ(しかもうち一冊はダブリなので実質二冊)。
となれば、自分でちゃんと読んで確認するしかない。仕事で読まなければいけない本が何冊もあったが、百二ページと薄いし、先に読んでしまうことに。
……読みました。横田順彌氏に電話してまず作品名と作者名を伝えたところ、そんな作品は知らなかったとのこと。また粗筋をかいつまんで話したら「それは未来架空戦記SFでしょう」と言って頂けた。よし、横田さんのお墨付きだ!
では粗筋を。主人公は、立花光(たちばな・ひかる)という青年。彼は透徹なる学究の徒で、日本という国はどうあるべきかを追求していた。労働党の総会にも出てみたが、この党では国は救えない、と結論を出した。
やがて戦争が始まる。何という戦争か、相手がどこかなどは語られない。光の兄・昭は出征したが、戦場偵察の任務において狙撃されて戦死した。光も、辞令によって戦地に送られる。彼の小隊長は、貴島中尉。光は中尉とも、「戦争とは」と語り合う。
彼らを率いる押川将軍は、珠霊山高地を落とすべく、半年も攻撃を続けていた。そしていよいよ、総攻撃の時が来た。激しい戦闘が繰り広げられる。次々と死んでいく兵士たち。だが遂に、彼らは敵の塁にまで達し、軍旗を立てることに成功したのである。
しかし新たな敵勢が押し寄せる。更には空中戦も繰り広げられる。敵はZ型航空船数隻を中心に空軍を勢ぞろいさせている。我が軍は戦闘機が大暴れする。遂に遂に、敵本営に白旗が上がった。
連隊が母国に凱旋する。光は功績を上げていたが、戦闘で目が見えなくなり、右手も動かなくなっていた。
連隊長の「捧げ銃!」の号令、厳粛荘厳な感激の渦の中、光は敬礼しようと焦っていた。その時、奇蹟が起きた。光の手が動き、目も見えるようになったのだ……。
「見えない飛行機」とか「X爆弾」といった、SF的超兵器が登場するわけではない。「Z型航空船」や「F偵察機」が登場するが、これらは実在の兵器だ(前者はツェッペリン飛行船、後者は写真偵察機である)。この作中で描かれている戦争が実際の戦争か否か、というところで、本作が未来架空戦記SFであるか否かが判定されるのだ。
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