◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
地方へ旅して、古本屋巡りをして出遭う、見知らぬ地方SF

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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 旅行をする際は、ほぼ必ずその土地の古本屋巡りをすることにしている。何か掘り出し物が埋もれているのではないか、と少しだけ期待して(実際はそんなこと滅多にないのですが)。そしてもうひとつ期待するのは、地方出版物。東京以外の出版社で刊行された本は、東京では案外と手に入れにくいもの。一九六〇年代のSF奇書の代表選手、加治木義博『落・奈落』(『SF奇書天外』69~73ページにてご紹介)も東京では超レア品だが、大阪で出版されたため、関西では案外と見つけ易いと仄聞したことがある。そしてネット社会となったおかげで昔よりは地方出版物も手に入れ易くなったわけだが、出ていることすら知らなければ探しようもない。
 だから地方へと旅をして、古本屋巡りをして、見知らぬ地方SFと出遭った時などは、喜びもひとしお。札幌で見つけた吉田大我『REMAN―リマン誕生――』(『SF奇書天外』275~276ページにてご紹介)などがその好例。
 しかしそうそう都合よくはいきません。先日、金沢界隈で古本屋巡りをした際などは、地方出版物に関しては(SF以外も含めて)収穫ゼロだった。
 そんなわけで、知られざる地方SFに関する情報を現地の方からお寄せ頂けるのは、実にありがたいもの。「こんなの知ってますか?」とのご連絡は、いつでもお受けします。大歓迎。
 さて、名古屋在住のSF作家・高井信氏から御教示頂いただけでなく、現物までお譲り頂いてしまったのが、福井大記『アトランティス名古屋に帰る』(エフエー出版/一九八七年)である。これについては、存在すら全く知らなかった。もし知っていたら、『SF奇書天外』の段階で紹介していましたとも。

アトランティス名古屋に帰る
『アトランティス名古屋に帰る』
 知らないのも道理で、版元は名古屋の出版社。しかも、おそらくは自費出版。著者は名古屋在住、ストーリーも名古屋がメインと、正に「名古屋SF」である。挙句の果てには名古屋の高井氏から譲ってもらったのだから、これぞ名古屋尽くしというものだ。
 では物語を。一九八八年十一月四日から話は始まる。本書の発行日は一九八七年十月二十日なので、ほんの少し(=一年強)だけ、近未来の設定となっている。
 主人公となるのは、名古屋の中心・伏見にある日本でも屈指の総合商社、日本商事名古屋支店食品部に勤める関根という人物。主人公にもかかわらず、名字だけでフルネームは不明。これはすべての登場人物に言えることで、もしかしたら作者はネーミングにあまり興味がない(もしくは得意ではない)のかもしれない。
 関根は同僚と酒を飲んで、午前様でタクシーで帰宅する途中、モヤのため視界が悪く走行不能になった後、地震に遭遇する。車から降りた彼の少し先には、長々と続く一メートル幅の地割れが走っていた。
 しかしモヤが晴れてみると、地割れは見当たらない。不思議に思いつつも、関根は帰宅する。テレビでの報道だと、地震は名古屋だけで発生。その震度は七だったが、全く被害はなかったという――って、震度七って、すごい規模なんですけど。しかし地震計には七と記録されていたが、それを感じた人がいなかったというのだ。
 そして夜が明け、一機の飛行機が名古屋へと接近中、異様なものを目撃した。遠州灘から熊野灘にかけての海上に、巨大な土地を発見したのだ。「四国位の大きさの大陸」と描写されているが、四国は大陸ではないでしょう! 日本全体ですら「列島」なんだから。無理矢理ネーミングすれば、小さい陸地で「小陸」ですかね。……要するに、タイトルからもうお分かりの通り、この土地は「アトランティス」なのである。だからあくまで大陸であって、作者は「島」と呼びたくないのでありましょう。
 海上保安庁の観測ヘリが接近すると、アトランティス(と後でわかる土地)は昨日今日できたものではない、つまり海底から浮上したものではないことが見て取れた。
 豊かな緑の中に空き地を見つけ、ヘリコプターは着地し、乗員二人(福田と伊藤)は上陸する。やがて二人は建物を見つけ、古代の生活を送る人間たちと遭遇。住人たちはなぜか日本語を話し、ここはアトランティスだと言うのだった。福田が、なぜアトランティスが突然現われたのかと問うと、「突然現われたのは、そっちの方だ」という答えが返って来た。
 福田と伊藤は捕えられてしまうが、陸上自衛隊がヘリコプターで上陸し、改めて状況を説明すると、ようやく住人たちは納得し、捕虜を解放した。
 アトランティス出現の報道をニュースで知った関根は、今朝の地震と関係があるのでは、と考える。そこで地割れを目撃した現場へ行ってみたところ、おはじきが立った状態で、アスファルトに半分埋まっているのを見つけるのだった(←もちろん伏線)。
 やがて、アトランティス人の代表三人が名古屋空港へ運ばれ、記者会見が行われた。彼らは、自分たちの祖先はアトランティスに上陸して、先住民を支配し、彼らの言葉(=日本語)を使わせるようにしたのだ、云々と語った。
 その様子をテレビで見ていた関根は、会見場に大学の同期だった福田(=上陸したひとり)がいることに気づき、彼に連絡して会うことにする。そして、アトランティスは地球外の生命体によって地球から持ち去られていたのではないか、と自説を披露した。また関根は福田を例の地割れ現場へ連れて行き、そこへ行くと時計が狂うことにも気づいた。
 その頃、アトランティスには調査団が上陸していた。そしてアトランティスが地上から消えて千七百年以上が経過しているのに、アトランティス内では五百年ほどしか経過していなかったこと、アトランティスへやってきて先住民を征服した一族の女王はヒミコという名前だったことなどが判明する。……いよいよ邪馬台国まで絡んできましたよ。
 福田と関根は調査団の団長・竹の内教授に会う。この教授、「地球物理学の権威」ということになっているので、どう考えても〈ニュートン〉誌の竹内均がモデルですな。
 竹の内教授は、地割れ現場を調査。その結果、名古屋を中心とした半径二十キロの地帯が、実は地球から既に分離しているのだという結論を出した……。
 そして終盤、宇宙の永続のために働いているアース神とナース神(その身長たるや、なんと二千光年!)が、かつて実験のためにアトランティスを地球から持ち出し、人口が減少したために今度は邪馬台国からヒミコたちを導入し、それでもうまくいかないために名古屋近くに戻したのだ、ということが明かされるのだった。
 それ以外にも色々と驚くべき事実があるのだけれども、それはこれから読む(かもしれない)人のお楽しみに取っておくことにしよう。
 全体の物語はかなり無茶だが、わたしはこういう話、結構好きです。名古屋にこだわっているところも潔し。



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