戦後のSF史・古書史に燦然と輝く(あるいは、ほとんど
知られることのなかった)綺羅星のごとき奇書・珍本を網羅

読みに読んだ第一人者による、空前絶後のこの1冊。
07年8月刊『SF奇書天外』(キイ・ライブラリー)はしがき[全文]

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

 今我々は、21世紀に生きています。最早過ぎ去ってしまった20世紀には、大量の(本当に大量の)書物が刊行されてきました。SFも、またしかり。

 そんな中には、王道からは外れた「奇書」と呼ばれるものがあります。要するに奇天烈な書物です。本が出版されればされるほど、奇書も生み出されていくものなのです。最初から無茶苦茶なものもあれば、真面目な目的で書かれたはずなのに何故かおかしくなってしまったものもあり、とにかく色々です。

 わたしは正統派の作品も勿論好きですが、外道ゆえの奇想天外さにも、強く魅力を感じてしまいます。醗酵性の物質で魔物と化してしまう怪人の話や、光の3倍の速度でとぶ彗星が「しゅるしゅる」と音を立てて地球に向かってくる話や、有名人もどきが大暴れして三浦半島を独立させてしまう話を、読んでみたいじゃありませんか。虫歯やアルミニウムについて説明するために書かれたSFがあるなんて、思いもよらないじゃありませんか。食べ物だって、普通においしい物ばかりではなく、たまにはクサヤとかゲテモノを食べてみたくなるものです。

 そんなわけで、我が国で出版されたSF奇書の数々を紹介していこうというのが、本書『SF奇書天外』です。非SF作家による「こんな人がSFを書いていた!」というような作品はもちろん、SF作家の書いた非SF作品なども守備範囲としますので、その点ご了承下さい。内容的に「奇書」と言えるものを第一に扱うのは勿論ですが、一般には知られていない作家の情報は、奇書とは言いがたいものでも積極的に盛り込みました。一方、有名な作家の作品でも、あまり一般に認識されていないものは(あくまで“珍”なるものをですが)取り上げています。

 まじめな学術を目的としたものもあれば、えろえろなポルノもあります。文学の薫り高い作品もあれば、思わず唖然とする無茶苦茶な作品もあります。

 戦前(及び戦中)までの珍しいSFを扱ったものとしては、横田順彌氏の『日本SFこてん古典』(全3巻・早川書房/1980~81年→集英社文庫/84~85年)という歴史的な名著があります。ですので、こちらは終戦以降の出版物ということにさせて頂きました。進めるに当たっては、概ね年代ごとに区切ることにします。よって、まずは終戦後の1940年代後半から50年代まで。後は10年ごとにひと括りとなります。ただし、同じ作家の作品を関連して取り上げる場合、年代をまたいでいる場合もあります。

 基本的には、読んでから紹介しています。あまりにも読みにくくて、本当に頭痛が出てしまった本すら読みました。どうしてそこまでして奇書を読むかというと「こんな本があるんですよ」と人に話したいがためです。

 横田順彌氏は、外国語を読めるSF仲間が「こんな未訳のSFがあるんだぞ」と自慢げに話すのが悔しくて、みんなの知らない日本古典SFの研究を始めたといいます。現在では、海外のSFの情報も、簡単に入手できるようになりました。ですから、知られざるSF最後の秘境と言えるのが、SF奇書の世界なのです。

 もしや、ここに取り上げられた本の作者の方が本書をご覧になって、自作を奇書だ奇書だと言われて気分を害されるようなことがあるやもしれません。しかし、わたしはあくまで誉め言葉として「奇書」という言葉を使っているのです。わたしは奇書を心から愛しているのです。奇書は、普通の作品よりも格が一段上だと信じているのです。

 それでは、SF奇書の世界を、ごゆるりとご堪能下さい。

 

※本書は早川書房刊《SFマガジン》誌上で、2001年1月号から2005年12月号にかけて連載されたコラム「SF奇書天外」を改訂増補の上まとめたものです。

(2007年8月)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか。古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』(本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。