去る2015年8月25日(火)、ベルサール飯田橋駅前において第1回創元ファンタジイ新人賞のトークイベントが行われました。多数のご応募をいただいた本賞ですが、残念ながら今回は大賞作なしとなりました。選考委員特別賞には羽角曜氏「砂の歌 影の聖域」、優秀賞に佐藤さくら氏「魔導の系譜」真園めぐみ氏「夢現のはざま~玉妖綺譚~」が決定いたしました。
選評は2015年10月発売の〈ミステリーズ!〉vol.73に掲載されます。
今回のイベントは第6回創元SF短編賞贈呈式&トークイベントと合同で開催されました。
SF短編賞の贈呈とトークが終わり、いよいよファンタジイ新人賞のトークイベントが始まります。登壇されるのは、選考委員の井辻朱美氏、乾石智子氏、三村美衣氏。司会進行役は三村氏です。

乾石 ファンタジーノベル大賞に、1回だけ。でも、系統が違うなと思ってやめました。それから、小樽の児童文学ファンタジー大賞。第3次まで残りました。
三村 早川書房さんにも作品を送っていらしたとか。
乾石 あれは投稿なんです。返信用封筒を同封して「お返しください」と書いて送ったんですが、なしのつぶてでした。迷惑な投稿者ですよね(笑)。もっと迷惑なことに、1ヶ月経っても返事かなかったので、電話をしてしまいました……。何年前のことでしょう。
三村 もしその頃、創元のファンタジイ新人賞があったらもちろん?
乾石 もちろん、応募していたと思います。だから、今回新人賞を設けてくださると聞いたときに、誰よりも嬉しかったのは私だと思うんです。
三村 事前にどんな作品が来ればいいと思っていましたか?
乾石 わくわくさせてくれるもの、夢中で読ませてくれるものを期待していました。私、わりと好き嫌いが激しいものですから。1ページ目を読んでこれ以上読めないと思ったら、ブックオフに売ってしまうんです。
三村 1ページ目を確認してから買いましょうよ(笑)。井辻さんはいかがですか。
井辻 もっとナンセンスというか、ちょっと笑っちゃうような不条理なものが来るかなと思っていました。私、万城目学さんが結構好きなんですけど、ああいったマジックリアリズム的な作品も来るかな、と思っていたのですが、わりとシリアスなものが多かったように感じました。
三村 児童書ではなく、大人向けという賞の性格もあったのかもしれませんが、『ハリー・ポッター』的なものも、ダイアナ・ウィン・ジョーンズっぽいエブリデイマジックも意外と少なかったですね。

乾石 能楽の世界を描いているので、能楽の幻想的な空間を使って、違う話になったら良かったのかな、と思いました。
井辻 漫画家の木原敏江さんの作品を連想させるところがあって、能楽の美学が語られるんですけど、そこに新しい解釈がなかったのが残念ですね。
三村 続いてときざわあきこさん「モノガミ狩り」。これ、設定はとても面白かったです。ただ、ストーリー展開がいまいちよく分からなかった。
乾石 複数の話が並列で語られていくのですが、それぞれの話の繋がりが見えづらかったですね。世界の設定も、戦国時代の日本の村を思わせるんだけど、どんな文化形態なのかが分からないんです。「台所の机の上に小麦粉が置いてあった」なんて描写があったりして、そういう小さいところで?がつきました。
三村 永遠にとさん「泉の城と星姫」は井辻さんが結構厳しいことをおっしゃっていましたよね。「まるで学生が書いてくるファンタジイのようだ」って。
井辻 うちの児童文化学科の学生が卒業制作で書く小説が、こんな感じなんです(笑)。もちろん、こちらのほうが作り込まれてはいるけど、どこか既視感があるんですよね。素敵な青年がたくさん出てくるんだけど、おじさんやおばさんが重石としてでもまったく出てこない。そこが世界の立体感を削いでいる気がします。
三村 名前が中国っぽい名前で、主人公の女の子が宿命を背負っている。で、すごい力を持っているらしい。「らしい」だけで、それが何なのかは最後まで明かされないんですよね。
乾石 最後の方に竜が出てくるのですが、これが何を象徴しているのか分からなかった。竜は、ファンタジイにおいては何かの象徴であるべきなんです。たとえば『ホビットの冒険』のスマウグは、強欲の象徴ですよね。〈ゲド戦記〉の竜は大自然の象徴。そういうふうに、何を表しているのかというのをちゃんと設定していないと。
三村 そのへんの中ボスみたいな設定で竜を出してこられると、ちょっと「おい、竜の扱いが雑だろ」って思っちゃいますよね。
さて、ここまではわりとスムーズに進んだのですが、評価が割れたのが弥生小夜子さんの「秋恋ふる鬼」でした。もうこれね、最初に読んだ時に、絶対おふたりは高得点をつけてくるだろうと思ったので、「これに取らせてはいかん」と思って選考会に臨みました(笑)。高評価というのは予想通りだったんですが……。
井辻 これ、実は前半はダメダメだったんです。まず、プロローグが擬音で始まる(笑)。けっこうグロテスクな流血シーンが多いんですが、その描き方が物語全体の耽美な雰囲気を壊してしまっていて。でもそれを忘れさせるくらい、後半が見事だったんです。どろどろした醜いものの中から至上の愛が立ち上がってくるような……。ここに向けてラインを引く感じで前半があったら良かったと思いますね。
乾石 私、最終候補の7作品の中で、これを最初に読んだんですよ。「みんなこんなに上手ならすごいな」って思いました。かなり筆力のあるひとだと思います。プロじゃないかと思うくらい。でも、これは幻想譚で、ファンタジイではないと思います。
三村 ところがおふた方とも高得点ではあったけれど、最初から「これはファンタジイではない」とおっしゃっていましたよね。
井辻 人魚の肉と都市伝説っていうのが、民俗学的な定型の中でしか動いていないんです。新しいオリジナルの発想がない。
三村 人魚の肉を食べて永遠の命を得るっていう、八百比丘尼そのもの。前半がその既存の設定だけに頼っているのは残念ですね。評価はすごく高かったんだけど、落とさざるを得なかったのがこの作品でした。

乾石 文章そのものはとても上手でした。構成もしっかりしていて。ただ、色がない、風がない、それから匂いがない。ファンタジイには空気感が必要だと思うのですよ。ミリタリー小説やアクション小説には合う文章だと思うんです。でも、ファンタジイ小説ではちょっと硬すぎるかな、と。
三村 確かに描写が全然ダメなのは分かるんです。魔法を使うシーンでも、稲妻がバリバリ走る、みたいな表現になってしまっている。
乾石 ファンタジイには、柔らかい気持ちで世界を受け入れる姿勢が大切だと思うんです。それが作品からは感じ取れませんでした。
井辻 全体に事実の羅列がずっと続いていて、世界に入っていきづらい。色んな人物の視点から語られるんだけれど、感覚的な描写がないので、身体というものが感じられない文章なんです。ファンタジイというのは架空なので、読者は作者が描く世界しか見ることができない。だから、その世界の空気感を文章が伝えてくれないと、読者は台割りを追っていくような読み方しかできなくなってしまう。でも、これ、魔法の設定は素晴らしいんです。
三村 そうそう! 魔法が面白いと感じさせてくれたのはこの作品だけで、私はもうその一点評価でした。
井辻 体内に「導脈」っていう特殊な器官を持って生まれてきた人間が魔導士になって、それを世界に流れる「魔脈」とつなげて魔法を生み出す、という、ものすごい設定なんです。類を見ない壮大な世界を描き出せるはずの設定。それがもっとうまく生かせていたらと思うんです。
三村 これをどうにかするには、もっと描写を充実させなくてはいけない。でもこの時点で800枚だから、書き足したら1000枚を超えてしまうんじゃないか、つまりそもそも規定枚数にネタが合ってないみたいな(笑)。
乾石 構成を緻密にして語ろうとしているのは伝わるんですが、私にとっては、読むのがつらい小説でした。
三村 このひと、将来性はあると思うんですがいかがですか?
乾石 800枚をとにかく書き上げる構成力と根性もあるしね。ただ、次回応募なさろうと思っている方に申し上げておきます。長ければ選考に残るということではありません。短くても大丈夫です。
井辻 ミクロコスモスとマクロコスモスがつながるという、この美味しい設定を生かして、壮大な物語に仕上げられると思います。
三村 色々と言いたいことはあるんだけれど、総じてこのひとには期待をしたい、ということで優秀賞に決定いたしました。
もうひとつの優秀賞、真園めぐみさん「夢現のはざま~玉妖綺譚~」は、ある意味ラノベっぽいというか、少女小説っぽい設定と語り口ですが、井辻さんは最初から高評価でしたね。
井辻 そんなに広がりのあるファンタジイではないんだけど、気持ちの良い小部屋があって、時々そこを訪ねてくつろぐことが出来る、みたいな作品ですね。石に精霊が宿っているという設定が、ある意味ワンポイントの魅力で、異世界への蝶番になっているような。
三村 この、石の精霊という設定がうまいですね。作品そのものと上手に結びついている。妖精郷みたいなものが出てくるんだけど、それはひとつの世界として存在するのではなく、玉妖と呼ばれる精霊たちがそれぞれ作り出す、箱庭のような世界なんです。
井辻 私、箱庭的なファンタジイが好きなのかもしれないです。世界の心地よさみたいなものを多くの人が共有できるファンタジイだな、と思いました。
三村 乾石さんは、つらかったですか?
乾石 はい。正直、評価はいちばん低かったです。若々しい文章で、楽しく書いていることがよく伝わってくるんですが、世界設定の曖昧さと、登場人物の描き方に疑問が残りました。どんな文化を持ってどんな暮らしをしているひとたちなのかが伝わってこない。それから、主人公は19歳の女の子なんだけど、あまりに幼すぎるのが気になりました。年頃の女の子なのに、お姉さんの恋心を理解しようとしないんです。文章に関して言うと、地の文は上手なんですけど、会話文が軽すぎてついていけませんでした。世界観が明治っぽいのに、そこでの会話が「てめーこのやろう!」だとやはり、違和感がありますよね。
三村 明治風の町の風景をもうちょっと語ってほしい、という要望もありましたね。そうやって背景を埋めていくと自然に登場人物の言葉遣いも変わってくるのかな、と。ラノベだと、その世界とは違って台詞は現代調でも構わない、と言われることはありますけど。ファンタジイにおいては言葉は世界と沿っていてほしいですね。

乾石 ものすごく心地よく物語に入っていくことができました。次はどこへ連れて行ってくれるんだろう、というワクワク感がとても楽しくて。現実と、夢や幻との境目が曖昧で、その曖昧さが心地よかった。小道具の使い方が上手で、伏線もしっかり張られていて。ファンタジイの醍醐味をちゃんと知っているひとだなと感じました。
井辻 私も、いちばん楽しく読めた作品がこれでした。こっちへついてきて、と作者が無理にひっぱろうとしていない。ゆったり歩きながら語っている、という感じで。
三村 出てくるモチーフひとつひとつがすごく魅力的なんですよね。砂漠の中に巨大な門がある、とか。
乾石 井辻先生は、しゃべる髑髏がお気に入りでしたね。
井辻 大好き。ちょっとダイアナ・ウィン・ジョーンズみたいで。
三村 髑髏を連れて歩くんですけど、こいつがもう余計なことばっかり喋る髑髏でね。
井辻 でも口の中に宝石を隠していたりね。
三村 お金がないって言ったら、いきなり髑髏が「奥歯に宝石があるから取ってみろよ」とか言い出す。「前はもっとあったんだけどこれしか残ってないんだ、悪いな」とかってあたりが洒脱ですごく楽しい。
井辻 これがいちばん、語りが明るかったような。内容は結構悲惨だったり、悲劇になっていく登場人物がいたりするんだけれど、地の文が内容に引っ張られず、揺らがない立ち位置から語っているという、語りの完成度がある感じ。
乾石 色がありますよね。水色と黄色という感じ。
三村 ……と、こんな感じで、この作品がいちばんだろうということで意見が一致していたんですよね。ところが、3人ともある部分が問題だと感じていて、それが作品の根源に関わる部分だっただけに、大賞にできなかったんです。たとえて言うなら、ファンタジイだと思って読んでいたらいきなり『ドクター・フー』みたいになってしまうといった感じで(笑)。
井辻 立体的な物語が、最後に一枚の平面になってしまって、くるくるっと巻いて片付けられちゃったような感じなんですよ。謎と不思議が、最後の最後で「実はね」って。
三村 その「実はね」がSFであって、ファンタジーの作法にのっとってない。
乾石 途中で、「タイムトラベル物じみてきたな」と思ったんですよ。伏線は張られていたんですけど、「……SF?」っていう感じ。「あれ、ファンタジイ……ではなくなった?」って。
三村 ここに手を加えて刊行されれば本当に傑作だと思います。でもみなさん、今回こうやって選考をしていて、楽しかったですよね?
乾石 とても勉強になりました!
井辻 どれも重量級なので、なかなかいっぺんには読めなくて、1本読んでは2、3日置いて、頭のなかに物語が染みていくのを待つ、という感じでした。普通に本を読むのとは全然違う、深い読み方ができて、いい体験をさせていただいたと思います。
三村 この創元ファンタジイ新人賞、実はもう第2回の募集が始まっているんですよね。2回目にこんなものを期待したい、というコメントをおひとりずつお願いします。
乾石 先ほどもお話ししたように、五感・六感を使って書いて欲しいと思います。それから、無意識で書いて欲しい。理屈を組み立てることに必死になりすぎず、自分の深層心理と仲良くして、思い切り書いて世界を広げて、冒険して欲しいと思います。今回、残念ながら大賞は出ませんでしたけれども、後に続くひとたちを心待ちにしておりますので、みなさんどうぞご応募ください。お待ちしています。
井辻 事実を述べていく透明な記録係になるのではなくて、語り手として自分の声で世界を作っていくことを意識してください。今回選考委員特別賞を贈らせていただいた羽角さんの文章は、その「語り」が見事でした。そういった作品が後に続くことを期待したいです。
三村 おふたりとも、文章と幻想が密接に繋がっているファンタジイを期待する、ということなんですけれども……頭でっかちなファンタジイも歓迎します(笑)。三村美衣がそれを推します(笑)。
ということで、また次回、どうぞよろしくお願い致します。
第2回創元ファンタジイ新人賞は、ただいま応募受付中です。みなさまのご応募をお待ちしております。
(2015年10月5日)
ミステリ・ファンタジー・ホラー・SFの専門出版社|東京創元社