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似顔絵
【似顔絵?】本棚の整理をしていたら、I垣女史から「プンプンしている桜庭さんにそっくりの挿絵が!」と送っていただいた本が出てきた。「魔女の物語」(ジョゼフ・ディレニー)。(桜庭撮影)

4月某日

「お許しください」
――『イマージュ』

「男と女は子供や戸籍でつながれるのではない。男と女は……肉でつながるのだ! 私とこの小百合のようにな!!」

「退屈…………
ああ 何という ぜいたくな感情!」

――『悪の華』

モスマンとシルエットとコメディアン、それに私が、大仰なコスチュームに身を包んで正義の味方を気取っている間に、ヨーロッパでは人間が人間を石鹸やランプシェードに変えていた。(略)狂っていて、変態で、ナチだった。そして、また一方で自分の信じる道を貫いた。

「あなたを味わいたいの、匂いを嗅ぎたいの。命があるうちに これは何の匂い? 何の香りなの?」
「ノスタルジア」


――『ウォッチメン』


K子女史「へえ、アメコミねえ……。いちばん面白かったのはなんです?」
わたし 「アラン・ムーアの『ウォッチメン』ですよ! 赤朽葉のときに自分も目指したことなんですけど、ファンタジー設定を使うことで自分の国の近代史、現代、そして未来までを語るという。そういったことはジャンクな物語でこそ可能な魔法で。あと、80年代後半に書かれてるんですが、章のあいだに新聞記事や広告をはさむっていうエルロイ的なやり方で社会全体を見せたりしてて、そこも面白いです。これってこの時代のアメリカの……流行……? えっ!!」
K子女史「これですか。読んでみよう」

 インテリ眼鏡に黒スーツのK子女史が、自信満々にアイパッドを差しだしてくる手元を見て、絶句する。
「ウォッチ面」とメモされている。

わたし 「……」
K子女史「ですよね(←自信がある)」
わたし 「……えっと、ぜんぶ……カタカナですよ」
K子女史「ハァッ?」

 と、こっちがおかしなことを言ったかのような空気の中、K子女史が憮然として書き直し始める。なんでだ……。「スーパー満」「スパイダー満」「デアデビ瑠」なんて表記だったことがあるというのか。(心の声)
 ――『GOSICK』シリーズの舞台がヨーロッパからアメリカに移ったため、相変わらず資料を大量に積んでは読んでいる。新しい国に移民して、必死で働き基盤を作る一世と、そんな父親を見ながら、紙の上に新しい神話を作っていく二世の若者たち。スーパーマンの作者は子供のころ、雑貨屋を営んでいた父親を強盗に殺された。青年になると、強盗から雑貨屋の店主を救う第一話からスーパーマンの物語を書き始めた、とか……。神話なき国の神話として、ギリシャ神話からへラクレスを借りてきて、遠い星から地球にやってきた“移民”版の英雄を書こうとしたのだ。しかしその“正義”の物語が、第二次世界大戦、ベトナム戦争などを経て、国とともに揺らぎ、失われていく未来を書いたのが「ウォッチ面」……ちがう、「ウォッチメン」なのかな。
 ジャンクな物語は、過去の権力を裁き社会の闇をあぶり出し現在の我々を肯定し、未来を探す。読みだすと業が深くて面白い。
 あと、戦争によって孤児になった少年が、それによって変質し、戦後ももとの日常にもどれない……自身の経験をもとに血文字で書かれた『ペインテッド・バード』がよかったという話もした。  ――ゴシックシリーズの再開と、『赤×ピンク』に続いて『私の男』の映画公開と、「バンブー」シリーズ全三話が書きあがったので全体の見直しと、〈野性時代〉で始まる新連載『敗戦国じきる』と……。なんだかずっと働いている。そりゃそうか。
 三日前に、とてもお世話になった編集長がなくなって告別式に行き、夕方から松本清張賞の選考会があった。
『赤い航路』『イマージュ』『悪の華』(上村一夫)……浴びるように読んで、その夜も寝た。
(2014年5月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』など多数。



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