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3月某日 食料室のほうに近よると、アリソンはぱっとドアをあけた。そしてなかをじろじろと見まわした。ナポレオンもきっとこんなふうに、勝利を前にして戦場を見わたしたにちがいない。 アリソンの視線は、マッシュポテトのボールに向けられた。 「あたし、ポテトケーキをつくるわ。」 ――「真夜中のパーティー」 ぼくはゆうゆう百歳ぐらいまで生きるかもしれない。 ――「アヒルもぐり」 | |
K子女史「やっぱりわたし、今日は調子が悪いです。お尻を便座にはさまれました」 土曜日の夜である。 冬ももう終わり。だいぶ暖かくなってきたけど、年度末で忙しいせいもあってか、体調を崩してる人が多い。と、風邪気味らしきK子女史から、辛い鍋を食べてしつこい風邪を治す所存だと連絡がきた。というわけで、二人で、真ん中のところで仕切られた赤と白の薬膳鍋を囲んでいる。 真剣な顔で、半身を振りかえらせ、いま出てきたばかりのトイレのドアをまっすぐに指さしているK子女史を見かえして、 わたし 「その場合、調子が悪いのはK子さんじゃなく、便器のセンサーのほうでしょう」 うーん、いまの流れでどうして言い負けたのか、またわからない……。向こうのほうがへんなことを言ってたはずなのに。なぜだ……? と、首をひねりながらも、お酒を追加して、鍋の具をまたワサワサと入れる。赤いほうは辛くて、白いほうはマイルド。どっちも骨付き羊肉の塊が合う。うまい。 赤いスープに揺れる絹ごし豆腐を救出しながら、 わたし 「お尻バーガーって、わたしもときどきありますよ。だいたい、自動的にフタを開け閉めしてくる便器たちの仕事ぶりって、フワッとしててどうも信用ならんのです」 羊肉をお代わりして、さんざん食べて、店を出た。 で、「K子さん、さっき首をぐるぐる回してるつもりのとき、ほとんど回ってなかったけど大丈夫ですか?」「そういう桜庭さんこそ今日は顔がすごく大きいですよ」「……エッ? 顔が? 今日は?」「フフン!」と互いに不安を増幅しあい、タイ古式マッサージで揃って肩と首のコリをほぐしてから、帰ってきた。 帰宅して、のんびりお風呂に入った。 最近は、児童書で読み逃してるのをサルベージしとこうと、紀伊國屋書店新宿本店の上のほうにある児童書コーナーをうろうろ、うろうろしてることが多い。そこでふとみつけた、フィリパ・ピアスの短編集(小学校高学年向け)『真夜中のパーティー』 ピアスは長編『トムは真夜中の庭で』 と、なんとなく読みはじめたら……。出だしの「よごれディック」が、あまりにも出来がいいのでビックリ仰天して、酔いも醒めて、ムクッと起きあがった。 奥さんに頭の上がらないメイシーのおじさんが、庭の隅の小屋でこっそり目の見えない老犬を飼い始める。犬は自由の象徴なのだ。でもやっぱり奥さんにみつかって「捨ててきなさいッ!」と怒られる。よごれディックがその老犬――またの名を自由――を拾ってくれる。だが、一人と一匹の貧しいが幸せそうな暮らしぶりに嫉妬したメイシーのおじさんは、ある日、よごれディックの汚い家に忍びこみ、大事なものを盗んでしまった……。 事件は起こるけど、起こってない。なのに読んでて胸狂おしくなるのは、メイシーのおじさんの嫉妬や悪事がまるで少年みたいだし、よごれディックのほうにもやっぱり、少年のような“なにかの切断面の如き潔癖さ”が隠されてるからだ。これは大人の中にある少年性に淡い光を当ててみたお話で、だから“大人のための少年小説”なのかもしれない。 続いての「真夜中のパーティー」は、一転、おっかしい。子供たちが夜中にゴソゴソ起きだして、台所を“秘密基地”にしてしまう。女海賊のように大胆不敵な姉アリソンの活躍が、危険なパーティーを盛りあげていく……。それと、夏、少年が池に潜ってブリキの箱を拾うだけなのに怖いほど素晴らしい「アヒルもぐり」。 読み終わって、ピアス、ピアス……と勇んで調べてみたら、ほかにも『幽霊を見た10の話』 |
本格ミステリの専門出版社|東京創元社





