6月某日 本を読む者にとって、生まれてはじめてほんとうに心にとどいた本ほど、深い痕跡を残すものはない。はじめて心にうかんだあの映像(イメージ)、忘れた過去においてきたと思っていたあの言葉の余韻は、永遠にぼくらのうちに生き、心の奥深くに「城」を彫りきざむ。そして――その先の人生で何冊本を読もうが、どれだけ広い世界を旅しようが、どれほど多くを学び、また、どれほど多くを忘れようが関係なく――ぼくたちは、かならずそこに帰っていくのだ。 「ダニエル、『忘れられた本の墓場』へ、ようこそ」 ――『風の影』 死体の手だけが生きている。 ――『変調二人羽織』 |
わたし「白髪が、染まらないんですよっ」 東京創元社の、会議室。 梅雨が明けたっぽい、天気のいい夕方。颯爽と入ってきてそうそうジャブをかました(?)わたしを、K島氏が好々爺バージョンのなごやかな返事でヒラリと躱す(?)。 わたし「こ、こんにちは……?(あれー?)」 気を取り直して、 わたし「見てください、ここに白髪が! で、染めようと思って、美容院に行けって言われたんだけどめんどうだなーと思って、薬局で買ったやつで染めてみたんですよ。そしたら、全体に黒いところは茶色っぽくなったんだけど、この白いのは……なぜかまったくもって染まらず、依然、真っ白なんです。つまり、わたしの白髪はただの白髪じゃなかったということですよ」 あれー。なんとなくまた勝てずに(?)終わった。 今日は久しぶりにゴハンの約束だったんだけど、その前に編集部にちょこっと顔を出したのだ。雑談から、新人S嬢……だったけどもう新人じゃないや、『犯罪』とか『罪悪』とかヒットをばんばん出してる……の実家の祖母が、一代で会社を興したパワフルな女性で、まさに、祖母、母、わたし、の家だと聞く。じゃ、S嬢のパワフルな仕事ぶりは祖母譲りなのかな……? こないだ作ってた『フランクを始末するには』も面白かったなー。 そこから、そういえば、平岩弓枝さんは代々木八幡宮の神主の娘さんだったような、とか、いろいろ話が飛んで盛りあがっていると、SF班K浜氏が颯爽と現れた。担当した『盤上の夜』(宮内悠介)でばたばたしてるみたい。 宮内くんがデビューした創元SF短編賞第一回からは、最終候補作を集めたアンソロジー『原色の想像力』が出てる(自由で面白い)んだけど、わたしは、山田正紀賞の「盤上の夜」と佳作の「うどん キツネつきの」がとくに好きだった。……と言うと、どうやらうどんの人も、「シキ零レイ零 ミドリ荘」という次作が〈ミステリーズ!〉に載ってたらしい。あと、じつは『NOVA 6』 しばらくして、K島氏、F嬢とゴハンに出かけた。ワインをグイグイ飲みながら、最近注目のものの話をする。K島氏はそろそろ映画公開される『少年は残酷な弓を射る』 K島氏「原作が、オレンジ賞っていう、比較的気の確かな賞がありまして、それの受賞作なんですよね」 あっ、好々爺じゃなくなってきた? F嬢は、最近出たばかりのキローガという南米の作家の短編集 先日亡くなった赤江瀑さんの話にもなった。わたしは「花夜叉殺し」 あと、先日、集英社の熊頭女史からフルーツゼリーと一緒に「読まなくてもいいけど、いちおう」と渡されたスペイン発の伝奇ロマン(?)『天使のゲーム』 K島氏「うーむ、『風の影』。確かあの本は、人によってすごくおもしろがる場合と、はまらなくて唸る場合に分かれてたような記憶がありますねぇ」 あれ。 ワインが回ってきて、だんだんぐだぐだになってきた。 二人の会話が聞こえているけど、聞き取れてなくて……。 K島氏「講談社のバンド……」 なんの話か、わたしだけわからなかった……。 さらに、K島氏が両手を掲げてくるくるしながら、笑顔で天井を見上げて、 K島氏「あのね、ぼくの呪いっていうのはね、あれはぼくがかけてるんじゃあないんです。じつは、神さまがね……」 あぁ、両手がくるくる、くるくる回ってる。あれ、輪ができてる……(好々爺はどこに……?)。 神さま、のところは聞き違えじゃなかったみたいだけど、後はワインで朦朧としてて……。 ぼへーっと帰宅して、床に倒れて、お酒が醒めてからお風呂に入ろうと、寝転がりながらもとりあえず読むものを探した。 連城三紀彦の最初のころの作品って、『戻り川心中』 開いた。落語家が、密室で殺される……。あぁ、確かに名作のオーラを感じる……。でも……。 限界。 本を持ったまま床で寝ていた。 (2012年7月) |
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■ 桜庭一樹(さくらば・かずき) 1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』など多数。 |
ミステリ小説、SF小説|東京創元社




