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10月某日 わたし「エッ、ロボットダンス……!? わたしとF嬢が!?」 夕方。 ひと仕事終えて、顔に装飾(比較的ちゃんとした化粧)をほどこした。今日は鮎川賞の受賞パーティーである。 今年から、短編の〈ミステリーズ!新人賞〉選考委員だったのだ。会場の入口近くで会ったK島氏と、さんざん、赤いくしゃくしゃの花つきの名札をどこにつけるかでもめた後、(「そうだ、ジャケットを羽織って、胸ポケットにつければ……」「桜庭さん、正直に言わせていただきますと、そのジャケット着ないほうがかっこいいですよ」「ええっ……(しぶしぶ脱ぐ。すると半袖)……K島さん、寒い!」「えっ寒い? 我慢なさい!」)壇の横にある選考委員の席に走っていったら、鮎川賞の選考委員、笠井潔、北村薫、島田荘司、山田正紀各先生が座っていて、見回すと、会場のあちこちにも作家の顔が! やはり、ミステリのお花畑みたいである。みんな写真と一緒だ……。興奮する……。 隣の辻真先先生と、晩酌でなにを呑むか小声で話していると、パーティーが始まった。選考委員の選評や受賞者の挨拶が終わって、乾杯して、たたーっと……本日だけの特製だという〈密室カクテル〉を取りに行った。 〈青い密室〉は焼酎ベースのライチカクテル。〈赤い密室〉はカンパリベース。ノンアルコールの〈鬼貫スペシャル〉はココアベース。誰のアイデアだろうと思いながら飲んでいると、顔見知りの方に「桜庭さん、さっきロボットダンスみたいで面白かったよー!」と声をかけられた。 壇上に上がって、受賞者に記念品の時計を渡すとき、わたしに時計の箱を渡す黒子係のF嬢と、後ろを向いて受け取って、向きなおるわたしの、一連の動きが……緊張して不自然にカクカクしていて……ロボットダンス大会の二人組みたいだった、というのだ!(F嬢はわたしがカクカク出てくるまでは普通だったので、作家につられたっぽい……)わりと、ショックを受ける。(いったい幾つになったら挙動不審が治るのだろう? もう、だいぶきたのに……) と思ったら、もっと挙動不審なひと(?)を発見! いろんな種類のごちそうをすこしずつ、最善のバランスで、しかも機能的に、つまり注意深く美的に盛りつけた白いおおきな皿を持ったまま、会場と会場(奥に小部屋がある)のあいだの廊下で、隅の壁を背に、騎士の甲冑みたいにぴしっと直立不動で立っている……米澤くんを……。 「なにしてるの?」と聞くと、銀縁の眼鏡を光らせ「ここで待っててねって、島田荘司先生に言われたんです」と、さらに背筋を伸ばす。「フォークは?」「もちろん必要です」会場に走っていって、フォークを一本取ってきて、渡す。 戸川さんが捜してたよー、と誰かに言われて、〈青い密室〉を持ったまままた走る。「おっ、いたいた! これを渡そうと思ってて」と、絶版の『魔性の森』を貸してくれる。戸川さんの手から本が渡されるとは……すごい、ここはほんとにミステリのお花畑だ……。さっそく読むぞ。 と、小路さんが「桜庭さん、たいへんだ……魔夜峰央先生がいる!」と教えてくれる。走る。ほんとだ……。本物だ……(写真も一回も見たことないけど、でも見た瞬間、なぜか本物だとわかった……)。辺りはすでに黒山の人だかりである。 おっ。隣に祥伝社の編集さんがいる。ミステリー漫画『May探偵プリコロ』シリーズの担当さんらしい。みんな静かに興奮していて、わぁ……、わぁ……、とつぶやいている。 と、壇上で、眼鏡をかけた、フリル王子二世のような服装の小柄な青年が、なぜか手品ショーを始めた。どうして!? 誰かが「去年の受賞者の相沢君ですよ。彼は手品が得意なんです」と教えてくれる。そうなのか……! あと、北村薫先生から、大好きなアンソロジー『名短篇、ここにあり』の三冊目と四冊目が来年出る、と教えてもらう。メモメモ! 小説のようでおもしろいエッセイ、の話になって、岸本佐知子、穂村弘のエッセイはおもしろい、と盛りあがる。 選考のお話になって、「評するのはむずかしい。いままで、これ好き、面白いー、できたけれど、なぜこれがいいのかを理論で説明したり、人の意見を聞いてちゃんと咀嚼することは、またちがう」とちょっと話す。選考会の日からずっと、自分を振りかえっては、ぐるぐると考えてたのだ。 お開きの時間になった。ロボットダンスのことは忘れることにして、会場を辞した。 帰り際にまた、誰かと、いや、全員と、大事な話をしていないという気がして、振りかえりたいような、いや振りかえってはいけないのだというような、なんともいえない気分に襲われた。 あの人に聞きたいことがなかったか? この人とわかちあうべきなにかがなかったか? 本にかかわって生きる、あの人たちと……? そう思いながら帰宅して、するとなぜかすごくジャンクなものが食べたくなって、唐突にお湯を沸かして、カップヌードルをすすった。勉強になると思って、鮎川賞の選評を舐めるように読んだ。自分のも読みかえした。そうしながら、ずーっと考えていた。 わたしは小説をずっと読んできたけど、はたして、本当に読めてるのかな? 大丈夫かな? 小説というものは、豊穣なでっけぇ泉のようなもので、その全貌を見ることはきっと、生きている誰にも、満足にできないのだろう、と思う。手前にある、手の届く、目に見えるところだけを見て、すくって飲んでみて、うまいとかうーんマンダムとかいろいろ言う。 ある人は、象の耳だけを。ある人は、鼻だけを。ある人は、ざらざらした胴体の、分厚い皮膚だけを。見る。 象を知る人はいない。 どこにも。 いままで、その豊穣さを崇めるような気持ちで、一冊、一冊、読んできたけれど、いざ評しようと思ったら、それをコロッと忘れて「上からえらそうに小説を見下ろす」気がして、とても怖い。 こうやって、すごい勢いで、傲慢にひろがっていくわたしの背中を神さまが後ろからじっと見ているような……。 銃を構えて、黒いコートの裾を翻して。神さまが、いい気になりつつある子羊の背中に、いままさに銃口を向けたところ。 神さまに撃たれて作家の魂が死んだことに、本人はちっとも気づかない。胸にちいさな穴の空いた死体が、そのまま大威張りで歩き続ける。 読むことはずっと祈ることだった。 評することもそうだろうか? 弱いから、とても危ない。だけど、きっと信仰心が、そして本を読む仲間たちの、鈍く光り続けるあの恐ろしい目が、自分を堕落から守ってくれるのだと思った。 |
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