隔月刊でお届けしている『ミステリーズ!』に不定期連載中、編集部Fが出版業界のプロフェッショナルからいろいろ知識を授けてもらうインタビューコーナー「レイコの部屋」より、よりぬきで『Webミステリーズ!』に再掲いたします。

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 空前の客不足……以前もそんなことを書いたような気がしますが、歴史は繰り返すとはよく言ったもの。本当に!お客が!いない!終焉(しゅうえん)の時を迎えんとする「レイコの部屋」よりお届けします。
 必殺「身内を使い倒す」作戦はvol.61の第九回で使ってしまったし(読み直してる)……えーと、校正に営業、宣伝、総務……おや、「装幀室」は?そういえば、装幀についてはまだ具体的に扱ったことはありませんでしたね……
 というわけで、歴史は繰り返す。今日は東京創元社装幀室が、レイコの狩場に変貌します。

レイコの部屋第十二回
vs.東京創元社装幀室Y井さん

 ――本日は、装幀室長Y井さんにお話を伺います。私も担当書の装幀を何度もお願いしていますが、弊社ではカバーデザイン以外に、広告類や投げ込み(文庫や単行本に入っている刊行予定を書いたチラシのこと)も制作しているので、多方面でお世話をかけています。そういえば、Y井さんは何年度入社ですか?
Y井さん(以下Y)「九十年代前半ですね。ちなみに、新聞広告で『エディトリアル・デザイナー急募』という求人を見たのが入社のきっかけです」
 ――えっ、エディトリアルってMacの普及とともに広がった言葉だと思っていたんですが、その頃からよく使われていたのでしょうか。
Y「ほぼ使われてない(笑)。Macの普及とは関係なく存在していた言葉ですが、求人なら『グラフィック・デザイナー』と表記するのが普通でした。なぜ限定しているんだろうと。雑誌に興味があって編集の学校に通っていたのですが、本自体の編集ではなくデザインを介して出版の仕事をする、という方法もあるのか、と思って求人に応募しました」
 ――入社当時、まだ写植の時代ですよね。この頃すでに、装幀室があったんでしょうか。
Y「いや、私の入社後ある日突然できた(笑)。『今日から君が室長だ!』」
 ――それはすごい!つまりこの頃はまだ「装幀」のお仕事はしてなかったと。
Y「最初は広告宣伝に配属されました。すぐさま写植などを扱う部署と一本化したのですが、実はその頃、広告版下を作る専任がいなくて、当時の社長が写植の手配をしていたんですね(笑)。帯もカバーも、編集者の寄越した原稿に、文字の級数と書体の指定を入れて、印刷屋さんに写植をバラ打ちで印画紙に出力してもらい、それを版下に貼り付けて――そのまま貼るわけではなく、字間を詰めたり細かい調整をして――印刷所に納めていました」
 ――残念ながら私は写植を経験していないんです。いつからDTPに切り替わったのですか?
Y「えーと、これもある日突然(笑)。九五年か六年くらいに、現社長が知り合いのデザイナーさんから五万円でMacの中古機を譲っていただいたんです」
 ――筐体(きょうたい)一体型ですか?MacintoshClassicとか……。
Y「さすがにそこまでマニアックなものではないです。LC630とかそのあたり。ちなみにこの当時フォントは横書きのみ。ファイルを保存するだけで数十分とか、大変な時代でした。ちなみに現社長がこのMacを買ったとき、『こんな箱に五万も払いおって』とみんなに怒られたそうです(笑)」
 ――ははは。そういう意味では先人の犠牲のもとに、今のDTP環境が構築されたわけですね(適当)。で、そこからすぐにフルDTPに移っていったわけではないですよね。 Y「投げ込みの一部分だけフルデータ入稿に変えたりしつつ、徐々に移行していった感じです。えーと(ひきだしごそごそ)投げ込み全体がフルデータになったのは九八年八月からですね」
 ――案外最近だなあ。どれどれ。近刊予告に、エリザベス・フェラーズ『チンパンジーの死(仮)』!ヘレン・マクロイ『彼女はひとり行く(仮)』!(レイコ注・実際に刊行された際のタイトルを当ててみよう)なつかしい。
Y「カバーは二〇〇〇年代前半まで、写植とDTPが混じっていました。例えば、創元の文庫は表四(本の後表紙)に内容紹介が入りますが、ここや背の著者名のフォントが、DTPでは写植で使うものに揃えられないので、編集者の意向によっては、シリーズ既刊に合わせてその部分だけ写植にしました。ちなみに当時、写植でカバーの版下を作る場合、表一(いわゆるカバー表紙)を除いて一万円かかりました」
 ――た、高い!
Y「人の手が掛かっていましたから。ほかにも、網掛(あみかけ)一カ所につき数千円かかるから、あまり使えないとか(笑)色々制約がありました」
 ――カバー表一についてですが、こちらも帯や投げ込みと同じく、写植文字が入りますよね。ちなみに写真やイラストはどう扱っていたのでしょう?
Y「イラストは今と同じく、CMYKの四色分解ののち、カラーフィルムを製版します(今はフィルムではなくデータです)。トリミングの指定(絵の使用範囲指定)はトレスコープを使って、上に掛けたトレーシングペーパーに写植指定を入れました」
 ――トレスコープ?
Y「これも某デザイナーさん(先述の人とは別人)に譲ってもらった(笑)。レンズを通して絵の縮尺を変え投影した画像をトレースできる機械です」
 ――創元わらしべ伝説ですね。そんな苦労を経ながら、社外のデザイナーさんたちが相次(あいつ)いでDTPに対応し、社内で制作する部分のDTP化も進みます。
Y「読者の方にはわかりにくいと思いますので、一応注釈を入れますと、弊社の文庫はフォーマットが決まっているため、基本的に表一以外は装幀室で作成しているんです」
 ――DTPに移行して、何が具体的に変わりました?
Y「とにかく作業時間が短縮されましたね。製作費も安くなったし、DTPになって選択肢が圧倒的に増えました。昔の指定だと、文字色にしても、指定の数値からカラーチャートで該当する色を探し出して、文字の色が乗った状態を想像するしかなかったのが、実際に画面でシミュレートできる」
 ――今のように、仕上がり状態がはっきりわかった上で入稿できなかったので、編集者も自分で写植の指定を確認して、仕上がりを想像していたと。
Y「逆にデータ入稿の場合は、DTPの環境が整っていないと、データを開くことも出来ませんよね。なので、外部のデザイナーさんにお送りいただいた入稿データは、一度装幀室で開いてチェックします」
両シチリア連隊
 ――具体的にどのような点をチェックするのでしょう。今、単行本カバー(レルネットホレーニア『両シチリア連隊』)のデータを画面に開いてもらったので、これを参照しながら説明していただきます。
Y「まずは、オリジナルからコピーしたデータを開いて……心穏やかに全体を鑑賞する(笑)」
 ――侘び寂びですね。
Y「次に、細かいところを色々確認しますが、わかりにくいのでとばします。大きいところでは、レイヤの統合ですね。データでイラストやカバー入稿データを作る場合、複数枚のフィルムを重ねるように作ることが多いのですが、その一枚一枚をレイヤと呼びます。これがバラバラのままだと事故が起こりやすいので、統合して印刷所に渡します。
 あと、版ズレ防止ですね。印刷中、どうしても紙が水分を含んで伸びてしまうので、版がずれてしまう――カバーの地の色と文字の色の間に白い隙間が出来てしまうことがある。それを避けるために、色々と対策を施します。データを作ったデザイナーさんがすでに版ズレ防止処理を施してくださっている場合もありますが、人によって方法が違うので、大変勉強になります」
 ――そうか、印刷って元々水(と油)を使うから、どうしても紙が伸びちゃうんですね。インクも吸うし。
Y「あともちろん、サイズの確認もします。同じ四六判でも正寸と寸ノビがあったりしますので、カバー、帯、表紙、化粧扉、見返しなど、一通り確認してから印刷所とやりとりをする製作部に渡します」
 ――こういった装幀室や製作部の細やかな気遣いで、仕事が円滑に進むのですね……そして、装幀室なので当然カバーデザインそのものも手がけているわけですが、Y井さんが一番最初にデザインしたカバーはどの本ですか?
Y「それは見せられない(笑)。たぶん最初は創元ノヴェルスの一冊です」
遮断地区
 ――ちなみに私は、『淑(しと)やかな悪夢』(シンシア・アスキス他)文庫版のデザインをお願いしました。最近だと、ミネット・ウォルターズの『破壊者』『遮断地区』『養鶏場の殺人/火口(ほくち)箱』がY井さんのデザインですね。
Y「これは担当のSさんが、依頼時に、作品の雰囲気や希望する装幀コンセプトをまとめたメモを用意してくれました。何を求められているかが大変わかりやすく、スムーズに進められました」
 ――なるほど……イラストやデザインは、自分に出来ないことだからこそ他の人にお願いするわけで、想像を超えたものを見せていただける瞬間は、凄く高揚します。そうやってイラストレーターさんやデザイナーさんから、自分が思ってもいなかった方向を提案いただくのも本を作る上での楽しみの一つですが、やはり編集者は、「どんな本に仕上げるか、この本を届ける読者は誰か」を明確にイメージしておかなければならないので、その方法は参考になりますね。
ちなみに、思い出深い装幀などがあればお教えいただきたいのですが。
蜂の巣にキス
Y「うっとりと時間をかけて作ったのは、『蜂の巣にキス』(ジョナサン・キャロル)でしょうか。中川悠京さんの絵の色味が大変繊細だったので、雰囲気を壊さない文字の色味や書体を心がけました」
 ――うっとり……
Y「ちなみに普段は、字間を詰めて調整しているときが一番幸せです(笑)。うっとり」

 こうして、今回も一つ賢くなったレイコでした。そして何の役にも立たない、おまけの編集部日記です。うっとり。

 Y井さんが入稿に使ったあと、印刷所から戻してもらったMOを開いたら、自分が入れた覚えのない「あけるなおばけがでるぞ」というファイルが入っていたという。結局何が入っていたかを尋ねても、Y井さんはただにこやかに微笑むだけで何も語ってくれない。

『ミステリーズ!vol.67』2014年10月号より転載)



(2017年12月22日)




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